監視社会

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監視社会

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「反対だ!」

 ドカン。と大きな音を立てて机が叩かれる。
 さして広くもない会議室には、中央の机を囲んで十数人が席についている。机をその拳で叩いたのは、その中の一人。その男は30代だろうか、思わず机を叩くほど激昂しているのかと思えば、顔は意外に冷静だ。机を叩いたのは恫喝か、パフォーマンスか。罪なき机に救いはないのか。

「そう言うがな。既に過半数の賛同をもらって、監視カメラの設置は決まっただろうに」

 年配の男は面倒そうな顔を隠さずに、もう決まった事だと言う。
 周囲の人達もいささか疲れた顔をしている。それもそのはず、議論は予定時間を大幅に超えて行われていた。
 その上、やっと採決に至ったかと思えば、結果に反発する。
 これでは何の為に決を取ったのか分かったものではない。

 その日の議題は「監視カメラの取り付け」についてだった。

 都心からもそう離れてはいないベッドタウンの一つ。駅前の商店街はその地理的な優位から、日々そこそこの人出を迎えていた。まれにニュースで流れるような、寂れたアーケード街といった雰囲気はない。
 だが、どこにでも問題はあるもので、この商店街では監視カメラの導入を議論するに至った。

 場所柄、人の入れ替わりが多いのもある。海外からの入居者も増えた。
 テレビでは、無差別の通り魔事件の報道も少なくない。
 年を取り、体の不自由を感じることも増えてきた店主たちは、この商店街にも自衛のための何かが必要ではないかと話し合っていたのだ。

「だから、監視カメラなんて客を信用していないと言ってるようなものじゃないか。そんなことをして客が離れて行ったらどうするんだ」

 反対だと叫んでいた男が言う。
 店を親から継いだばかりのこの男は、店主達の中でも飛び抜けて若い。
 男の熱弁とは裏腹に、他の店主達の顔は渋いままだ。なにせ、先ほどまでの議論の中で何度も聞かされた言葉だからだ。
 こればかりは若い男と同じく監視カメラの設置に反対していた少数の店主達でさえ面倒な顔を隠さない。議論は十分にしたし、決も採った。

 自分の支持したものとは逆の結果になったからと言って、今更議論を蒸し返す。それは長時間の会議そのものが無駄だったと言っているに等しい。
 それが若さ故の過ちなのか、他の店主達が時代について行けていないのかはここで決めることではないが、時間を都合して集まった会議の結果にまで文句を言ってくるのでは立ち行かない。

 だから年配の男はあえて言う。

「なあ、タケ坊。会議で決まったことを蒸し返してどうするよ。そいつは買って買ってと泣き喚くガキと一緒だ。お前も店を継いだんだ。ガキみたいな真似は止めな」

 若い男が口ごもる間に、別の男が声を上げる。

「今日はここまでにしよう。カメラの台数と位置の案が出来たら回覧板で回す。次はいつも通り来月の第一月曜だからな。忘れないでくれ」

 その言葉を皮切りに次々と店主達が席を立つ。最後にタケ坊と呼ばれた男が席を乱暴に蹴りつけ、会合は終わった。おお、罪なき椅子に平穏を。

 それから数回の会合で着々と詳細が決まっていった。監視カメラの台数、設置場所、初期費用に維持費、それを誰がどう負担していくのかも。
 そんな中でも男は納得が出来ないらしく、一人反対を続けていた。

「お客を信用していないと言っているようなものだ」
「この街に犯罪者は居ない」
「自由な買い物の妨げになる」

 そう言って反対しては、監視社会だ、ディストピアだと言って騒ぐ。挙句の果てにはSNSでこんなに反対している人がいると言って、印刷した紙を配る。

 いつになってもそう言って聞かないものだから、あれと同じように見られるのは嫌だと、監視カメラの設置に反対していた他の店主たちは何も言わなくなった。

 一人だけ反対を貫こうとしたのか、単にそういう気質だったのか。
 監視カメラの設置工事の最中に事件を起こす。
 反対していた男は、工事に来た作業員に「設置するとは決まってない」「工事をするな」と言っては作業を妨害し、怒鳴り散らす。

 その怒鳴る様は、たまたま通り掛かった人がSNSに投稿。「なんかすっごい怒鳴ってるんですけど警察呼んだほうがいい?」とのコメントと一緒に投稿された数十秒の動画には、「**店の人じゃね」「俺も店に入ろうとしただけで怒鳴られたことある」「商品殴って壊してた」とコメントが付き、炎上した。壊れた商品に安らかな眠りを。

 無事に設置された監視カメラは、大半が反対していた男の店周辺に設置されていた。
 だが、カメラ設置よりも早く、男は店を追い出された。
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