籠の中の少女

工事帽

文字の大きさ
1 / 1

籠の中の少女

しおりを挟む
「今日からここがお前の家だ」

 そう言って連れてこれらたのは、マンションの一室だった。
 いままで住んでいたところとは、比べ物にならないくらいにキレイな部屋だ。こんなキレイな所に、物心ついた頃から住んでいたなら、もっと違った人生があったのかもしれない。そんなことを妄想したくなるくらいに。
 だけど、ここは私の牢獄だ。
 キレイに見えても、勝手に出ることは出来ない牢獄だ。
 なぜなら、私はここへ、売られてきたのだから。

          *

「はーい。今日は荷物が届く日です。今、届きました。早速開けて中を見ていきましょう」

 テープを引き剥がして箱を空ける。

「えーっと、まずは、木の棒? なんでしょう、武器でしょうか。今度来た人を殴ってみましょうか。あとは、木の板。デカいですね。まな板の倍くらいの大きさがあります」

 よくわからない道具が続いて、その後に粉の入った袋が出てくる。

「えっと、これは、『そば粉』って書いてありますね。粉をどうすればいいんでしょうか。吸うのかな」

          *

 1LDKの二部屋のうち、リビングとダイニングキッチンを兼ねた部屋にはカメラが置いてある。
 システムキッチンを斜め前から映すのが一台。
 部屋の入り口から中央を狙うように一台。
 そして部屋の隅からテーブルを見下ろすように一台。
 三台のカメラで部屋中を映している。

 映像はネットで公開されるらしい。なんでもそれが金になるらしく、稼いだ分だけ借金から引いてくれるらしい。どうせ見るのは、ハダカ目当ての変態どもだろう。
 そう思っていた。だが、案内した男は下着姿でうろつかないようにとか、お風呂の後もパジャマを着てから部屋に入るようにとか、そんなことばかりを言ってくる。じらす趣向なんだろうか。面倒臭い。

          *

「それでは、『そば粉』を使った料理をしていきたいと思います。コメントくれた方、ありがとうございます。麺を作るのは難しいとのことなので、まずは『蕎麦がき』に挑戦です」

 キッチンでそば粉とお湯を、均等になるまで混ぜる。
 それを強火にかけて、水分が飛んで粘りが出るまで。そうレシピサイトには書かれていたけど、粘りというのがどのくらいなのかサッパリだ。なんか固くなってくるのは分かっても、どこまでやればいいのかが分からない。適当に手が疲れたくらいで止める。

「あっと、少し焦げたところが出ていますね。大丈夫でしょうか。とりあえず、ツユにつけて頂いてみましょう」

「……うーん、微妙。味のない煎餅みたいです。これツユだけ舐めてても変わらなくないですか?」

「それでは午後は『手打ちそば』に挑戦してみたいと思います」

          *

 隣にある寝室には、目に見える所にはカメラはない。
 ベッドとタンスがあるだけの殺風景な部屋だ。
 どうせ、どっかに隠してあるんだろうけど。
 それともカメラには映さずに、ここで売りをやれとでも言われるだろうか。そのためにカメラの前では服を着た姿で興味を引く。ありがちな話だ。

 だが、部屋を案内した男は、売りの話をしない。
 食べ物は二日に一度届けるとか、必要なものがあればその時に言えだとか、暮らしていくための話しかしない。
 タンスの中には数着の衣服とパジャマ、そして下着。すべて地味なものばかりだ。楽な恰好ってやつだ。楽ではあっても釣れる・・・服じゃない。頭悪いのかあのおっさん。

          *

「それでは、今日は、このゲームで、運動を、していきたいと、思います。もう、やる前から、疲れてます」

 ガッシャンガッシャンとコントローラーを動かす。固い。

「んぎいぃぃぃ」

 早く攻撃しろよ、待たせんがあぁぁぁ。

「ぜえ、ぜえ、ぜえ」

 無理。もう無理。

「んにゃあぁぁぁぁ」

 ばたり。

「はい、なんとか、勝てました。これで、今日は、おしまい、です」

 這うように寝室に移動して、ベッドに倒れる。

          *

 届いた食べ物・・・てやつは、材料だった。
 なんだよ弁当じゃないのかよ。こんなもの寄越しやがって。料理なんて出来るわけないだろうが。
 玉ねぎにかじりつく。

「ばっ、ごほっ、ごほっ」

 ありえないくらい辛い。食えないじゃねえかよ。
 キュウリにかじりつく。こっちは平気だ。一本食い切れば、とりあえず腹は一杯になる。
 あと2本ある。2日に一度だっけ。まあ、そこまでは死なずには済むな。でも文句は言ってやんないと。
 あとは、米? 固いな。弁当に入ってる米とは違う。とりあえず口に入れてみる。

 ガリッ。

「ペッ」

 固くて食えたもんじゃねえ。なんだこれ。

          *

「お゛あよー」

 ずるずると足を引きずるように寝室から出て、かすれた声で挨拶だけ口にする。
 なにを求めてるのかは知らないが、朝の起きる時間あたりでも見ているヤツらが結構いるらしい。挨拶くらいしろ。この前の荷物と一緒に、そんな話をされた。

 なんとかキッチンまで辿り着き、パーコレーターをセットする。
 初めからキッチンにあったものだけど、使い方が分からずに放置してあったやつだ。分からないまま、暇に飽かせていじってたら、コメントで教えてくれる人がいた。
 コーヒー豆も荷物の中に入っていたのがそうだった。
 お湯を入れても溶けないから、変だとは思ってたんだ。

「あ゛ーーーー」

 ずずっとコーヒーを口にすると生きてることを思い出す。
 タブレットを取り出して見ると、見覚えのある名前のヤツらが挨拶を返してくれる。
 ……結構、いるな。こんな時間に、なにしてんだこいつら。

          *

 文句は聞き流された。
 この部屋の映像は見ていたらしく、足りないものは入れておいたという。荷物が入った箱だけ残して、男は去っていった。

「なんだこれ」

 入っていたのは食べ物の他には料理の本と、タブレット。
 タブレットには、ご丁寧にも使い方がついている。そんなものなくても使えるんだよ。スマホの画面がでかいだけのもんだろ。
 電源を入れるとアイコンが一つだけあって、タップすると米の炊き方の説明動画が流れ出す。

「料理を覚えて下さい、だと。くそが」

 それでも空腹よりはマシだ。調べてみると、キッチンに炊飯器があった。

「なんだよ。簡単なんじゃねえか」

 米と水を入れてスイッチを押すだけ。それで固かった米が柔らかくなる。食えるようになる。
 料理なんてチョロいな。

          *

 この部屋に来て、何日も経った。
 何日なのかは数えてないから知らない。
 二日毎の荷物は今も届いている。
 ただ暮らしているだけの映像なんて、誰得なのかわからない。それは今でもだ。食料が届いているってことは、その分くらいは儲けがあるのかね。

 荷物が届いた時に、一言、二言程度には会話がある。足りないもの、そろそろなくなりそうなもの。まだ脱げとも、売れとも言われてはいない。逆にだらしない恰好をするなとか、朝は何時ころには起きろとか、そんなことを言われる。

 カメラ越しの見世物。
 インターネット型の動物園。
 格子の見えない籠の中。
 私はここで飼われている。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

処理中です...