異世界少女は仮想世界で夢を見る

工事帽

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閑話6 運営さんは待ちぼうけ

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 静かな室内に、カタカタとキーボードを叩く音だけが響く。
 窓のない事務所の中は、空調が効いていて季節を感じるものは一切ない。
 それでも一日の、朝、昼、夜の区分けだけは存在する。主に、出社する時間と、昼食の時間と、夜勤の一人だけが残っている時間だ。

「班長~」

 昼を少し過ぎた頃、室内の静寂を破ったのは、別の部署まで出掛けていたはずの部下だった。
 ゲーム好きが高じてこの会社に入ったという男は、ゲーム自体への理解度は高いものの、あまり仕事をしているとは思っていないようだ。報告書一つでも、口語と文語が入り混じっていて、修正に苦労させられる。それなのに、いや、それだからだろうか、ユーザーに当てた文面だけはキチンとしたものを書く。

「どうした」
「開発チームのやつら、おかしいっすよ」

 今更だろう、とは思いつつも聞いて見ると、開発チーム全員がログイン状態で、用事がまったく終わらなかったそうだ。

 フルダイブのVRMMOであるということは、ログイン中は五感全てが仮想世界に接続される。逆に言えば、リアル世界の音も振動も、感覚から遮断されて届かない。
 事故や危険防止のために、ある一定以上の衝撃でゲーム内に通知したり、強制的にログアウトする仕組みもあるが、基本的にはリアル世界から遮断されることになる。

「全員か?」
「全員っすよ」
「全員がログインするのは止めてくれと、何度も言ってるんだがな」

 それだけに、チーム全員がログインした状態だと、ちょっとした質問や確認も滞ることになる。

「話が出来ないなら、メールを投げとくしかないだろう」
「あいつらメールなんて読んでないっすよ。だから直接聞きにいったのに」
「あー……」

 そのあたりは多少同情するところはある。
 日に数通ならともかく、日に数百通となると返信どころか、読む気もなくなるものだ。
 班長という立場上、部下のメールには全て目を通すようにはしているが、自分にしたところで全てのメールを読んでいるわけでもない。

 メールがダメならチャットだLINEだ、Discordだとツールばかりが増えるが、いくら手軽になっても量が減らなければ意味がない。

「……まあ、なんか進展があったんじゃないか? ログ機能とか」
「全員でデバックに入らなくても、カメラでいいじゃないっすか」
「……そうだな」
「それより、不正ログインってIDなかったんすよね。ログって取れるもんですか。もう監視とか止めてもよくありません?」
「その辺は、開発チームとも相談だなあ」

 電話で聞いてみようかと思い、端末に手を伸ばしかけて止める。
 束の間の静寂に、カタカタと誰かのキーボードの音が響く。

「……全員ログインしてるんだっけ」
「全員っす」
「向うの班長も?」
「全員っす」
「そうか」

 ターン!

 力強い打刻音が響いた。
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