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9,ポンコツは複数いる
しおりを挟む「ヴィンレー伯爵は息子の籍を抜いたのか?」
「いいえ。トーラスは私の、ヴィンレー伯爵家の次男のままです」
トーラス様もヴィンレー伯爵も真顔でお答えになりました。
流石の父も眉間に皺を寄せ、一端口を閉じました。
てっきりトーラス様の方に問題があったと思っておりましたが、これはヴィンレー伯爵自身にも問題がありましたね。
「今の会話、伯爵はおかしいと思わなかったのか?」
「はい?」
「伯爵も結婚を許可する書類を書いていないだろう。貴族籍にある自分の息子のために」
何年も伯爵家当主をやっていらっしゃるでしょうに、当主として知っていて当たり前の制度で驚くのはやめていただきたいです。
「貴方が許可しないと結婚できないって当たり前じゃない! 書いてないなんて嘘でしょ……」
長年連れ添った夫が実はかなりのポンコツだった……驚きの事実に取り乱したヴィンレー伯爵夫人が夫の腕を掴んで揺らします。
「つまりトーラス君は未だ貴族の身分でありながら、婚約者の貴族のレーニアとではなく、平民として平民のレーニアと結婚したと言うことだな」
平民は小難しい手続きもなく、当人達の意思で簡単に結婚できますものね。
「平民の……レーニア?」
呆然とトーラス様が呟きます。
「……私は、レーニアと何度も一緒に出かけた。お互いの誕生日だって、祝祭の日にもプレゼントを毎回贈りあった。私にはレーニアとの思い出がある。……それは、私のレーニアであって君じゃない」
怒っている声でなく、泣き出しそうな声でした。
けれど、いつまでも偽物の作った夢の中にはいられません。
「そのプレゼントは本当に貴方のレーニアから贈られた物でしたか?」
トーラス様の中の美しい思い出を壊すと分かっていても、はっきりさせておくべきことがあります。
「プレゼントは手紙とともに贈られていましたよね? 手紙の字は、貴方のレーニアさんと同じでしたか?」
会ったこともない婚約者のために、頑張って書いた手紙でした。
好みだって全く知らない方のために、私は時間とお金をかけてプレゼントを用意しました。
いつか将来をともにすると思っていたから。
「手紙もプレゼントも全て私、貴族のレーニア・フルレットから贈られたものです。平民のレーニアさんは何も貴方に贈っておりません」
前もってヴィンレー伯爵家の記録を確認していただきましたが、伯爵家でトーラス様宛にレーニアの名で届けられた全ての物は、当家が送った物の控えと完全に一致しております。つまりここから、私だけがトーラス様に送っていて、平民のレーニアさんは何も送っていないということが分かったんですよ。
「貴族のレーニアが贈り、平民のレーニアがお返しを受け取る。とんだ欲深いサイクルだな」
吐き捨てるように父は言います。
確かにどうしようもなく欲深いと私も思います。
平民のレーニアさんはお返しを受け取るだけでなく、自分が贈ったことにしていたのですからね。
「信じられない……レーニアが、そんなことをしていたなんて」
「別に君が信じなくても事実は変わらない」
「でも、レーニアは貴族しか通えない学園にレーニア・フルレットとして通っていたのですよ! フルレットの性だって貴族にはフルレット侯爵家以外存在しません」
あらあら、隣に座っている兄がちょっと震え出しましたね。
「それは学園側とうちの愚息が悪かったことだ。学園に通えない筈の者の書類を通し、通えない事情を忘れていた愚息が催促のままに学費を払ったからな」
学園に通うのは必須ではなく希望者のみが申請を出すことになっております。事情のある者ははなから申請しない前提なので、学園が来た申請を疑うことなくそのまま通していた事情も分からなくもありません。
でも、兄は全く駄目ですね。最初の学費を催促された時点で家族なのですから兄は当然気付くべきでしたし、その後も支払う必要のないお金を三年も支払って無駄な出費ばかり出したのですから。今後は心の中では愚兄と統一してお呼びいたしましょう。
「そして、トーラス君も食費や寮費を援助していたようだな」
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