[完結]加護持ち令嬢は聞いてはおりません

夏見颯一

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13,愚兄を超えることは並大抵では無理

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 その日の夜は、伯母一家に愚兄一家も加えての親族同士が集まった初めての会食となりました。

 フルレット侯爵家、特に愚兄はオラージュ公爵とは血の繋がりがないため大事なプライベートな会食でありましたのに、偽レーニア周りの事実を知ってから再び寝込んでしまった義理の姉は欠席となりました。故に、社交を義理の姉に頼り切っている愚兄は本日も置物と化しております。

 当たり障りのない会話を交えつつ、一通り食事を楽しんだ後、
「で、フレイ様と偽の叔母様についての話を伺いたいのですけど」
 流石シェリア、ストレートに尋ねました。

「こら! 失礼だろう」
「身内だからって度々その辺りの話を振られるのですよ。きちんとお父様も社交をしているなら御存知でしょう?」
 返す言葉が出て来ず、愚兄はそのまま子供に言い負けて撃沈しました。
「いいのよ。そもそもこの話をしに来たのだから。ねえ、フレイ」
 満面の笑顔を浮かべた伯母に振られ、従兄は大きなため息をつきました。


「私はあの偽者とは学園で出会った」

 従兄の語るところによると、国を救うために領地に引き籠もらざるを得なかった奇跡の加護持ちの令嬢がとうとう学園に入学したと、入学当初から話題になっていたそうです。
 物静かで控えめ、話しかけるときは誰にでも優しく、美しいその姿は神秘的な女神の化身のように見えたとか。まして、当時の学園にはフルレット侯爵家以上の家格を持つ令嬢は偶然にも在籍しておらず、多くの生徒から『姫』として崇められていたということです。

 へー、という感想しか私には出てきません。

「彼女がいずれ何の爵位も持たない、行く行くは平民となる令息に嫁ぐことになっていると知って、流石に救国の令嬢なのに不憫過ぎると皆で腹を立てた。自分こそ姫を守りたいと思って、私や第三王子は求婚したんだ。彼女の婚約は王家の仲介で成立していることは有名だったから、それを覆せるとしたら公爵家であるうちか王家ならと」
 既に彼女が偽者だった事を知っている従兄の声には感情がありません。

「学園中で悲劇の令嬢って盛り上がっていたのよね」
 一方で、伯母は楽しそうです。息子の失敗が面白いって、なかなかいい性格をしておられますね。
「ええ。奇跡で国を支えているにも関わらず、王都のフルレット家の屋敷から閉め出されて寮に追いやられ、食費さえも出してもらえない。家族から非常に冷遇されているって誰もが思っていました」

 ……先日伺った状況と同じと言えば同じなのですが、実際目で見た人が語ると随分酷い状況になっていた気がしますね。

 ちらりと見ると、愚兄は反論しようとする様子もなくぼんやり従兄の話を聞いているので初耳ではなさげです。恐らく以前に何らかの機会で同じ事を言われておりますね。
 少し離れた場所に座る父が指先で机を叩いております。

「厳しい状況にも関わらず、親の決めた婚約者を「愛しているから」と選んだ彼女を貴族の鑑だと思いました」
 親の決めた婚約を守り通すことは当たり前なのですが、理不尽なことがあれば解消も破棄もありえます。それが近年増えてきたと不満を感じていたお年を召した方達が彼女を褒めたたえ、若い者達は高位貴族や王族を選んで楽をするより愛をとった彼女を物語のヒロインのように捉えたと言うことらしいです。

「共に学園を卒業するときには、私と王子は彼女に何かあったら力になると約束したんだ」

 美しい思い出と約束ですね。
 飽くまで傍から聞いていると、ですが。

 言い終わった従兄はちらちらと私を見てくるのですが、付き合いがないのでアイコンタクトごときではそちらの言いたいことは全く分かりませんよ。はっきりご自分で言って下さい。
 私が促すように視線に力を込めても、私の言わんとすることも同様に相手に伝わりません。

 察して欲しいと期待するのもすぐに面倒に感じてさっさと諦め、
「ところで、私はそもそも二歳年下ですので、絶対に一緒に卒業はありませんよ」

 私はようやく今年十八歳で、学園に通っていたら今年度の卒業ですか。
 そう言えば先日の叔母様からの誕生日プレゼント、従兄の名前もあった気がしますが、あれは伯母か誰かが気を遣って従兄の名前を入れていた疑惑が出てきましたね。
 従兄は顔も合わせていない従妹に本当にまるっきり興味がなかったことが証明されてしまいました。

 ぽかんと口を開けて固まってしまった従兄を伯母がバシバシ叩いて、
「だから、きちんと確認しなさいって言ったでしょ!」
「年齢が違うって最初に言えばいいだろ、くそババア!」
「隙を見せるなってことをいい加減に理解しなさい。このままだとベルンを酷使してでも下の子を産んで跡取りを変えますよ」
 酷使されるのは伯父ですか。
 というか、酷使とは一体……。
「ほらほら二人とも止めなさい。余所のお宅で話す内容ではないよ」
 少し顔を赤らめた伯父が止めます。
「そうね。愚息の乱暴な言葉遣いには困るわね」
 しれっと伯母は全てを従兄のせいにします。
「くそババア……」
 小さい声ですが、静かなので少し離れた位置にいる私にもよく聞こえます。
 当然従兄は伯母の扇でバシンと頭を叩かれました。

 後は私の両親と伯母夫婦が私の養子縁組について別室で話し合う予定でしたが、父は話し合いを母に任せて愚兄を引きずって行きました。連れて行かれるとき目が合った私に「助けて」と言わんばかりに愚兄は見てくるのですが、愚兄が今後フルレット家の当主になるつもりがあるのなら、正しく危機管理ぐらい理解していないと自分だけでなく家の没落を招きかねないので、そっと見送ることにしました。
「これから兄妹になるし、私のことはフレイでいい。こっちもレーニアと呼ぶから」
 相変わらず不貞腐れたまま私を見ずに従兄から兄になるフレイ様は言います。
「承知しました」
「敬語も適度でいい」
 適度と言われても分かりませんよ。まあ、愚兄よりましだと思うので、私は今後にさして不安を感じてはおりません。

 伯母達との話し合いは短い時間であっさり終わり、伯母達とフレイ様は帰っていきました。
 一方で父と愚兄の話し合いは夜遅くになっても終わらず、途中で母も参加し明け方近くまでかかったようです。その頃、私と泊まっていく事になったシェリアは、ぐっすりと寝ておりましたよ。
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