[完結]加護持ち令嬢は聞いてはおりません

夏見颯一

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26,その美女は

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 春と秋に王城で起きる恐ろしい自然現象を知り、もどき2号を始めとしたもどき軍団が闊歩している可能性に、早く家に帰りたいなと私は願うのです。
 それでも王女様との入れ替わり生活は始まったばかりで、まだまだ折角来たのですから王城の少しくらいの探検は入れ替わりの対価ですよね。対価。

「あら、これは……」
 何気なくウィルマを連れて歩いていたところ、私は廊下の窓の一部に違和感を感じて立ち止まりました。
 そっとガラスに指を近づけてみると、不鮮明ですが鏡のように反転して私の指が映っておりました。
「そこの部分は『反転の鏡』となっております」

 ウィルマの説明に首を傾げます。
 窓のガラスとしてはめ込まれていることは勿論、そもそも鏡とは反転する物なのに、わざわざ『反転の鏡』とは?

「加護持ちの方以外の前では少し曇ったガラスにしか見えないのですが、これらは加護が付与されたガラスなんですよ」
「加護って物に付与できたの!?」
 私の加護は豊穣、実らせること自体が加護の効果なので、実らせた作物の方には何の加護も備わっておりません。実って終わりです。他の方の場合でも似たような物らしいです。加護は効果が全てで、物には付与できないことは加護持ちと関係者には常識となっておりました。
 よくよく加護が付与出来たら作物がもっと売れるのにと思っていたので、加護が付与された現物が存在することに驚きを隠せませんでした。
 幸い人通りの少ない場所でしたので、ウィルマの他の誰にも大声を出してしまった私の姿を見られてはおりませんでしたが、ちょっと油断してしまいました。
「これも我が国の過去の王族の遺物ですよ。では、少し昔話をいたしましょうか」


 かつて、この王国に麗しい王がいました。
 優秀な上大変な美男子として知られ、結婚して子供が生まれてからも遠くの国から釣書が届く程でした。
 その釣書の中に、我が国とは長年付き合いのない名前も知らない国の王女がいたそうです。その王女も大変美しく高い能力を持っているので、是非王妃にとのお話になりました。
 けれど、王には既に愛する王妃と子供がいるので、王女を新しく王妃として迎え入れる気にはなりませんでした。
 お断りをしても何度も何度も相手から申し入れがありました。
 王達が嫌になっていた頃、王妃様が倒れました。続いて王子様も。更には国民が病に倒れていきました。
 王達が助けたくても奇妙な病には打つ手がなく、日々弱り続けていたとき、幼い王女の1人が加護を得られて言いました。
「これは魔女の仕業です」
 王女は作らせたガラスに次々加護を付与して城中に設置させました。
「私の加護を付与したガラスで魔女の悪い魔法を反射させます」
 設置すると直ぐにガラスは光って反射し、悪い魔法ドンドンを魔女に送り返しました。
 やがて全ての魔法が返されてガラスが光らなくなると、王妃達は回復しました。
 反射で一斉に悪い魔法を自らの身に受けざるを得なかった魔女は、自分の魔法で滅んでしまい、国ごと消滅していたそうです。


「これらはかつての女王の残された貴重な物なのです。その事件の後、割れずに残った多くは取り外されて宝物庫にしまわれたそうですが、一部は今でも万が一のために設置したままになっているのです」
「悪い魔法、ですか」
 現実にあった昔話と言われても、魔法なんてお伽噺以外で耳にしたことはありません。
「そういうことになっております」
「何かあるの?」
「神殿は全ての加護を神々からの贈り物で祝福された物としておりますから」

 ああ、そういうことですか。
 本当に加護には色々なものがあります。加護と言いつつ、人を苦しめる効果しかない加護も存在します。
 お話の王女も加護持ちで、加護の力でこの国の人々を倒れさせたのでしょう。ですが真実をそのまま語ることはできず、魔女と悪い魔法になった。
「私の指が映っているのは、私の加護に反応しているのかしら」
「加護持ちは全員なので、恐らくは」
 跳ね返っても人間には何の効果もない加護なのですが、ちょっと不安ですね。
「この『反転の鏡』を使って別の場所に加護を与えた方もおられましたよ」
「その話、詳しく」

 それが本当なら、私が移動しなくても離れた場所に加護を届けられるようになります。
「もし遠くにまで届けられるのなら、フルレット侯爵領から遠く離れた北や西の地域でも実りの加護が……」
「西の地域は見放された地域だから、貴女がどんなに頑張っても無理よ」
「でもやってみたら」
「貴女がわざわざ頑張る価値のない地域よ。レーニアさん」
 私の言葉に返答していたのは、ウィルマの声ではありませんでした。

 振り返った先にいたのは、同じ現実に存在するとは思えない、美しすぎる女性でした。
「初めまして。側妃のケイティよ。レイチェルにそっくりなレーニアさん」
 側妃を名乗る女性は声音も響きの良い美しく、あまりに全身全てが人間離れした美しさで構成されていて、圧倒された私は呆然と立ち尽くしました。

「あら、驚かせてしまったかしら」
「ケイティ様、この話は……」
「大丈夫よ。私も誰にも言わないわ。レイチェルの娘のことですもの」

 以前、王妃様のお茶会で出てきたケイティとは、側妃様のことだったようです。
 側妃様の容貌は第3王子殿下と似ておられました。

「……先日、第3王子殿下にお目にかかりました」
「ふふっ。違うでしょ。王女の方が年上なのだから、セイリスって言わないと。第3王子のセイリスは私の息子よ。見かけたら構ってあげてね」
 そう言えば、確かに王女様にとって第3王子殿下は弟に当たりますね。私からしたら王子は年上なので、なかなか呼びづらいところがあります。
「こうして話し込んでいると、通りかかった誰かに不審に思われるわね。じゃあ、私はそろそろ行くわ」
 実母達の知り合いと覚しき側妃様。
 でも、私は実母からケイティ様の名前を聞いたことはありません。

「ああ、そう言えば、聞いておかなくてはいけないことがあったわ」
 振り返ったと側妃様は、
「貴女は女王になりたい? どこかの国の王族に嫁ぎたい?」

 一瞬、何を訊かれたのか意味が分かりませんでした。
「はい?」
「答えはそのうち出してね」
 問いかけの理由を語らず答えも待たず、側妃様は廊下の向こうに消えて行かれました。

 王妃様から私は厳重に注意されております。
『側妃には気を付けろ』
 今のところ私には、その理由については分かりません。
 ただ、側妃様の少女のような笑みの中に悲しみが浮かんでいたのが、私には強く印象に残りました。

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