【完結】ダンジョンに置き去りにされたのでダンジョンに潜りません!【本編・番外編】

夏見颯一

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番外編49.【混乱は女王にお任せ】

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 時計台を兼ねた尖塔からアイルに銃を向けていた暗殺者は、意識を失いミネルヴァ夫人の足下で転がっていた。
「ダンジョンを抱えている分、正規以外のルートが多くて困るわ」
 かつて教師をしていた頃に多くの抜け道は塞いでいたのだが、都合上全部を潰す事は出来なかった。今回はその上に新しいルートも作られていて、学園を束ねる者としては頭が痛かった。
 ミネルヴァ夫人に付き従う白い仮面は苦々しく、
「暗殺者も入るなら違法ルートは最早容認出来ません」
「ただね、完全にルートを潰せば一般冒険者を排除した事になって、ダンジョンの所有が認められなくなるのよ」
 ダンジョンの所有と管理を学園側が手に入れる条件が、使っていない時期などは『冒険者を入れる』であった。今回暗殺者達が使った裏ルートは、その王都の冒険者が学園のダンジョンに入るルートに他ならない。
「難しい事ね」
 貴族として成人してしまえばダンジョンに近付く機会すら失われる家の者もいるので、ダンジョンの利便性、危険性を生徒に伝える為に学園としてはダンジョンが必要だった。特に貴族子弟はどうしても冒険者と揉める可能性は高く、鉢合わせをしない為にもダンジョンの所有は必須と言えた。
 一応冒険者も学園のスケジュールを理解して生徒と接触しないよう配慮している手前、こちらも一方的に閉め出す事も出来なかった。
 ダンジョンの周囲の森に巣くう魔物が割と強く、森からも出て来ないので、安全はある程度は確保されているのが救いだ。

 白い仮面は懐から新しい白い仮面を取り出し、気絶している暗殺者に付けた。
 気絶している筈の体を大きく跳ねさせて、声にならない絶叫を上げた。
「残念だけど、王家やフォルクロア程私達は優しくないのよ?」
 慈愛は飽くまでも、女神に従う者に、聖女の意志に従う者だけに向けるものだった。

「指揮官殿、階下は駄目です」
 異常を感知して様子を見に行っていた白い仮面が短く報告した。
 行く時は3人で向かったのに、帰ってきたのは1人。
「そう。……結局退避になってしまったわね」
 校舎内で暴走している力は聖女の力である事は、ミネルヴァ夫人には異常が起きて直ぐに分かっていた。
 聖女の力は聖女に効かず、当然聖女であるミネルヴァ夫人には何の効果も出ないのだが、悲しいかな効かないだけなのだ。
 ミネルヴァ夫人は何も出来ない事に嘆息した。

「こっちにフォルクロアを連れてきてくれ!」

 騎士の叫びはミネルヴァ夫人達にもはっきりと聞こえた。
「…………校舎が爆発しないといいわね」
 小さな夫人の呟きに、前回爆発したのはミネルヴァ夫人達聖女の所為だったとは、夫人に忠誠を誓う白い仮面達は口にはしなかった。


 呼ばれたアイルは困っていた。
 何とか『何か』達に吐き出させる事は出来たが、怪我は勿論魔物の瘴気にやられているので応急処置が必要だった。
 次から次へと……。
 せめて廊下に転がせれば良いのだが、正気を失った者達は騎士科の生徒達が全力でかかってもなかなか気絶もせず、戦闘の邪魔になるので中庭に放置するしかなかった。
「うーん……」
 さっきの相談者も何とか逃げ切って神殿に駆け込めただろうか?

「フォルクロア! 来てくれ!」

 切羽詰まった誰かの声が聞こえるが、アイルも中庭から出られない。
 中庭に集まる者達の手は、際限なくアイルに向かって伸ばされていた。
「フォルクロア! フォルクロア!」
 騎士科の生徒達を振り切ってまたしても中庭に入り込む生徒。
 一瞬で消えた行方をアイルも追わなくなった。
 
『不味い……』

 ベッと吐き出された気絶した生徒の周りには『何か』達も離れていく。
「もう全員飲み込ませて気絶させる?」
「馬鹿言うな! そいつらは絶対1人や2人は消化するからな!」
 カインの声だった。
 精霊剣自体は手にはなくても所有者であり、祝福のおかげで動くのはまだ余裕があった。
「気絶しねぇ!」
 一般人ばかりだからと最初に全力を出さなかった事が悪かったのか、何か強化を受けているのかと疑う不審者達を騎士科の生徒達は思い切り殴ったり蹴ったりしているのだが、未だ数人しか昏倒させられていなかった。
「アイル! 何か手はないのか!?」
「全員巻き込むかも知れない最終手段ならある」
 ジリ貧となっていた騎士科の生徒達は頷き合った。
「アイル! それを出せ!」
 カインの叫びとルーティアの頷きで、アイルは今日何度目かの言葉を放った。

「誰か来て!」

『父が来たら母も来なければ筋が通りませんね』

 通る筋など何もない癖にそれっぽい事を言うのは精霊だからだ。
 突如アイルの前に巨大な光の球が現れて、予想通り中から屈強な武人精霊が現れた。

『勝手に退場した精霊王はやり逃げですか。何ともはしたない』

 精霊の女王の従える上級精霊達は、女王が鞘つきの剣を地面に突き刺したと同時に学園中に散っていった。

『ひゃっはー! 狩るぞ狩るぞ!』
『祭りだ! 狩猟祭だ!』
『人間の魂を寄越しやがれ!』

 上級精霊の声を聞いたアイルは精霊の女王を見た。

『全てを殲滅すれば丸く収まりますよ』

「そんな事だと思ったんだ!」
 慌ててアイルは走ってルーティアを抱き込んだ。
「きゃっ」
 流石のルーティアも驚くも、目の前で騎士科の生徒達が暴徒と同じく精霊達に昏倒させられるのを見て納得した。
 カインは精霊剣の持ち主だからか、ちょっと悔しそうに精霊達は避けていく。

 あっと言う間に中庭は静かになった。

「……まあ、取り敢えず、まあ……」
 何となくカインは釈然としなかった。

『取り敢えず、全員精霊界送りにしましょうか?』

「駄目だから。敵味方分かっていないでしょ」
 精霊は適当だ。特に王族は殊更適当だった。
 倒れている全員を仕分けが面倒だから連れて行くのは、女王なら特にやりかねない。

『たまには子供の我が儘を聞くのも親の務めですね。仕方ありません。妥協いたしましょう』

 アイルは親に振り回されている気がしたが、指摘するのも今更なので黙っていた。
「アイル様……あの方は?」
 腕に抱えられて真っ赤な顔になっているルーティアがそっと尋ねた。
 上級精霊は他に向かったので、失礼だったかと慌ててアイルは手を放した。
「あの武人精霊は、精霊の女王です」
「……じょ王ですか?」

『女性ですので、女王ですよ』

 ニルア将軍の例を知っているルーティアはそれ程驚かず、
「お初にお目にかかります。私はミリオス公爵家の長女、ルーティアと申します。アイル様の婚約者で御座います」

『ふふふ。良い感じに血に塗れた女性ですね。婚約には大いに賛成いたしましょう』

 遠くで聞いているカインは精霊の基準は分からねぇなと思っていた。

 精霊の女王の命令に従った精霊達は校舎中の人間の意識を刈り取ったらしい。
 周囲は本当に静かになり、アイルに助けを求めていた騎士の声も聞こえなくなっていた。
「……混乱は収まったのでしょうか?」
「いいえ。まだ微かに剣の交わる音がします」
 ルーティアの耳は校舎内の小さな物音を正確に捉えていた。

『単なる精霊では聖女の力は止められません』

 精霊の女王は空間に手を突っ込むと、リルトの竪琴を取り出した。
「あっ!」
 部屋にあった筈なのに、と一瞬思ったが、精霊の王族に距離は意味が無いと思いだした。

『これから先は、貴方の仕事ですよね』

 剣の鞘を『何か』にぶっ刺すと、何かは精霊王を吐き出した。
「消化してなかった!?」

『不味い時もあるんですよ』

 精霊王は時として不味い。
 意味の無い事を学習したアイルだった。



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