【本編完結】ダンジョンに置き去りにされたのでダンジョンに潜りません!

夏見颯一

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76.【無事からの暗転?】

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 騎士団からの応援の部隊も到着し、第5ダンジョンの周辺は大きな照明も用意されて一気に物々しくなった。
 第2王子とデーリク、デーリクを庇った騎士の3人はポーションでほぼ見える傷は癒えていたものの、ポーションではどうにもならない失血などがある可能性からひとまず病院へと運ばれていった。
 騎士団から連絡を受け、第5ダンジョンの管理を担当している学園の教師は今にも気を失いそうな程真っ青な顔で現れた。
「ああ、君達は大丈夫だったのか!」
 ミネルヴァ夫人の篩に残った教師は、無事なアイル達の姿にとても喜んだ。
 どう教師に騎士団が説明したのかアイル達には分からない。恐らくは生徒達がダンジョンに入り込んだと聞いたのだとは思うが、
「ええと……」
「私達は騎士の方々のおかげで無事でした」
 色々と説明に困ったアイルの横で、ゼオリスが簡素に纏めた。
 まだ騎士達が確認作業を行っている最中という事もある。
 アイル達が状況説明しても多くの部分が憶測混じりになるので混乱を避けるためにも余計な事は話すべきではないと、2人とも口を閉ざした。
「……他の子達は大丈夫だろうか?」
 心配そうにする教師に、今は言えなかった。
 表情が出てしまうアイルは俯いた。
 感情のそぎ落とされた声でゼオリスが、
「……今、騎士の方々がダンジョンに確認に入っておりますので」
「そうか……無事であるといいのだけど」
 彼らの結末は知っていたけれど、ゼオリスもアイルも口には出せなかった。
 一介の生徒にはあまりに重すぎる話であった。


 先程入り口ではあれ程大騒ぎをしていても、ダンジョンの中は静かだった。
『こっちだね』
 それとも喋る巨大なミミズが這っている所為で静かなのか。。
 最早自分の知る常識からかけ離れてしまった年配の騎士は、案内の道中言葉も出なかったが、
「ミミズ早!」
「どうなってるんだ?」
 一緒にいる若い騎士達はあっさり受け入れていた。
 いくら精霊に守られた国に住んでいるとは言え、多くの者にとっては精霊など遠い存在である筈だ。
 若い騎士達が姿を見せている精霊に特に拒否感も持たないのは、良い事なのか悪い事なのか。
 結局は若者の順応性の高さが恨めしい年配の騎士だった。

 こうして騎士達が精霊の案内を受ける事になったのは、確認のために騎士達がダンジョンに入ろうとしたときの出来事が切っ掛けだ。
『折角だから道案内するよ』
 にゅっとどこからともなく現れた巨大なミミズ。
 年配の騎士の目には魔物以外の何者でもなく、とっさに手にした剣で真っ二つに切ってしまったのだ。
「それ精霊だから!」
 背後からのアイルの焦った声に騎士も精霊を殺してしまったと焦ると、
『良い感じの腕だね』
『良い感じに増える事が出来たね』
 切ったそれぞれが起き出して、結果2匹に精霊は増えた。
 年配の騎士は精霊とは分かっても目の前の謎の現象を頭が理解する事を拒否し、もう一度切るかどうか真面目に迷った。
 騎士の心情を知ってか知らずか、巨大なミミズはうねうねしながら、
『良い腕だね。折角だから憑こうか?』
『当然土地は持っているね?』
 左右から年配の騎士に迫った。
 今回の部隊には年配の騎士が最も格上であり部下の騎士達が助ける事は難しく、唯一出来そうな元教え子であるスイレンは思いっきり元教官の年配の騎士から視線を逸らしていた。
 諦めて年配の騎士は腹を括って精霊に対峙した。
「……王都住まいで土地は持っていない」
『なる程。買え』
 ギリギリまで顔を近付けて謎の要求をしてくるミミズだった。
 ミミズだから土地なのだろうか、年配の騎士にはそれくらいしか分からない。
『そして、ボク達は増えるね。ミミズ算方式にね』
 精霊とは何ら付き合いのない年配の騎士は困惑していた。
 精霊が増える事は良い事なのか、悪い事なのか。長らく騎士をやっていた程度の経験ではさっぱり分からないし、学のない身ではミミズ算など聞いた覚えもなかった。
「色々人間は難しいんだよ。ほら、土地も権利もあれこれあるし」
『そうか。人間は面倒だね』
 フォルクロア家であるアイルが近付いて会話に入ってきたので、年配の騎士は助けが入ったとほっとした。
 離れた場所で待機しているゼオリスは、単にアイルがミミズが喋る様子を見たかったんだなと思って眺めていた。わざわざ駆け寄ってまで突っ込む必要はなく、放置であった。
『まあ、折角増えた事だし、ボクは案内して』
『ボクが状況を伝えよう』
 2匹のミミズは人間の意見など全く聞く様子もなく、
『さあ、行くよ』
 と、出発を促した。

 そして、現在に至る。
 年配の騎士にしたら、精霊も魔物もどっちでも怪異に他ならない。
「俺も年を取ったんだな……」
「明らかに老けましたね」
 確認のために騎士達に同行しているスイレンがきっぱり言った。
 道中のミミズの話によると、フィリオンは現時点で既に騎士達と入れ替わりでダンジョンの外に出ているらしく、スイレンもようやく安心していた。今は元教官とも軽口を叩く程度には余裕を取り戻している。
 では、フィリオンではないスイレンの確認とは何なのか。
「しっかし、ダンジョンでやるかねぇ……」
 この場の全員が魔物となったクラークという少年の姿を見ている。
 それが指している事実から最早手遅れと知っている騎士達は、焦って現場に向かってはいなかった。
「ベルネの時より分かり易いですね」
 ベルネの事件の当時、教官をしていた年配の騎士は言い返さなかった。
 あの時の年配の騎士を始めとした教官達が当初事件のもみ消しを選んだ結果、未来の被害が広がった事は責められても仕方ない事であった。
 後に騎士に復帰してダンジョンに潜ったときに魔物化したベルネに対峙し、騎士は自分の罪の重さを痛い程悟った。
「……ダンジョンの犯罪は何度言っても誰かがやる。止める方法があるなら教えてほしいものだ」
 やがて彼らが辿り着いた現場は、凄惨な状態であった。
 この状態で取り巻きの顔を覚えている自分が確認しなくてはいけないとは、流石に仕方ないとは言えうんざりするスイレンであった。


 ここから少しだけ時間は遡る。


 暗闇の中、じっと1人の少年を見ていた。
 ダンジョンの入り口の闇は、世界がそこで隔絶しているように入り口前を煌々と照らす照明の明かりを通さず、ひたすらに暗かった。
 佇むものも照らされず、周囲を行き交う人々に気付かれないままにじっと見続けていた。
『うわーん!』
 突然の精霊の声にアイルは振り返った。
「どうした?」
 スイレンを待っている間アイルに付き添う事になったゼオリスが止める前に、アイルはダンジョンの前に移動してしまった。
 時々妙にアイルは素早いのだ。
「どうしたの?」
 泣いているのは一匹の羽虫精霊だった。
 フォルクロア家でアイルも会った事があるような、ないような、微妙な感じだった。
『こいつが皆を食べたんだ!』
 羽虫精霊の声は他の者には聞こえない。
 何故かアイルがダンジョンの入り口に近付いている事に気付いた騎士達が、慌てて駆け寄って来た。
 ダンジョンに入れないアイルが暗闇に目を凝らしていると、暗闇からそれはずるりと這い出してアイルの前に自らの姿を現した。
『食ベレナイ……子供……』
「ベルネさん!?」
 アイルの側に集まった騎士の1人がその名前を聞いて硬直した。
 どうやらベルネの事件を知る騎士だったようだ。
 暗闇から這いずり出て来たのは、まさしく『何か』であった。
 何事かあったのかベルネの白い仮面は割れ、ローブも失い、魔物としか言いようのない姿だった。
「お下がりください!」
 強引にアイルは騎士に引き離されるが、アイルは必死に抵抗して藻掻いた。
「ベルネさんは用事があるから出て来たんですよ!」
「これは魔物ですよ!」
『うわーん!』
「精霊も訴えているんですよ! ちょっとだけ待ってください!」
 精霊と言われると騎士も流石にそれ以上強行は出来ず、散々迷った末にアイルから少し距離を取った。
 何かあったら騎士が直ぐに動ける範囲なのだろう。
 もう一度アイルはベルネに近付いた。
「ベルネさん……」
 久しぶりに会ったベルネはじっとアイルを見て、
『食ベテハ……イケナイ……』
 目の前でぐっとベルネの顔があり得ない程中にめり込んだかと思うと、大きな破裂音と共に白いローブに包まれた子供がダンジョンの外に放り出された。
『びっくり!』
『驚き!』
 ローブの中のフィリオンにくっ付いていた精霊が楽しそうに言った。
 騎士が抱き起こしたフィリオンは気絶して頬に殴られたような跡があったが、見た限り他は外傷などなさそうだった。
「嘘だろ……」
 魔物が獲物として食べた者を返すなど、騎士達には信じ難かった。
 勢いが余ったのか、遅れてダンジョンの外にゴロゴロと転がり出たベルネ。
「ありがとう、ベルネさん!」
『食ベレナイ……食ベレナイ……』
 アイルの腕の中で体を揺らすベルネ、『何か』は、騎士にとっては討伐対象だった。 直ぐさまアイルが抱きかかえてしまったため、下手に手を出すとアイルも傷付ける事になるので、騎士達は手を出せずに困惑するしかなかった。
 遅れてフィリオンの救助に来た救護班はフィリオンの体を軽く見て、
「魔物の瘴気に侵されていますが、大丈夫でしょう」
 その場の誰もがほっとした。

『一段落したなら、ちょっと入れ替わるぞ』

 ウリックの声が耳元で聞こえた瞬間、アイルは以前にウリックと強制的に入れ替えられた時と全く同じく、突然精霊界に引きずり込まれた。
 何の心の準備も出来なかった。


「今より天秤会議を始める!」
 放り出された広間で、アイルは高らかな宣言を聞いた。
 
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