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104.【それは精霊王の一手】
しおりを挟む騎士団が管理する病院は騎士団の関係者と、犯人や容疑者になった者達が利用する病院である。
罪を犯した者と接触する危険があるため、余程の理由がない限り一般人の利用は一切認められていない。
人の少ない病院内はとても静かだった。
「第2王子殿下も入院されて……」
「必要ない事を言うな」
アイル達を案内する2人組の騎士達は、片方は普通の態度であるのに対し、もう片方の騎士がとてもアイルに対して嫌悪感丸出しの雰囲気であった。
説明を遮られた騎士は首をすくめ軽くアイルに頭を下げると、苛立っている騎士が睨んでくる始末。
ここまであからさまな態度にはアイルも逆に感心するくらいだった。
存在する事自体は耳にしていたが、実際にフォルクロア家を嫌っている騎士など初めてで、今回はフィリオンを従者として連れているアイルは騎士団にはもう少し人選を考えて欲しかったと思った。
『精霊否定派ってのー!』
『何処でも精霊いるのになー』
神官のような強い女神信仰の結果排他的になったという場合もあるが、それとはまた違う。
精霊否定派は概ね精霊が人間に対して常に有利に働かない事に不満を持ち、精霊に人間への従属を強いたい人々の総称である。遠い過去から一定数存在する思想の集団だ。
彼らはフォルクロア家は優遇されるような家ではなく、人々の為に滅私奉公するべきだとも主張しているらしい。
強要されたら別の国に行くだけだね。
アイルも彼らを唆しているのがフォルクロア家を自国に呼び込みたい他国だと知ってはいても、嫌っている人間のために世話を焼く義理は感じなかった。
『剣を持って来なかったのが不満だってー』
『剣が欲しかったんだよなー』
事前にウォーゲンから聞いてはいたものの、精霊剣を求める人間の欲はアイルの想像以上だった。
目の前のフォルクロア家を嫌う騎士などはアイルから直接暴力に訴えてでも剣を奪う気満々でいたので、ウリックの忠告に従って屋敷を出る前に精霊に剣を預けたのは正解だったようだ。
苛々しながら見た目的に剣を所持していないアイルを度々振り返る騎士に同僚の騎士は困惑しきりで、アイルは関わらないよう素知らぬふりを貫いた。
フィリオンは不安げにアイルの側を歩いている。
普段から護衛も兼ねるスイレンが、この態度の悪い騎士にアイルとの同行を断られた為に急遽フィリオンを従者として連れて来たのだ。慣れない事もあり不安だろうとアイルは心配していたが、非友好的な騎士の前で下手に声をかけるとフィリオンに悪意の矛先が向く可能性が高く、非常に悩ましい思いだった。
途中、いくつかの騎士団の検査を通り抜け、ようやく病棟奥のデーリクのいる病室に辿り着いた。
不機嫌を隠さない騎士はアイルを睨み付けた。
「いいか。不審な事をやったら直ぐさま……」
「いい加減にしろ! そんなの不満ならお前が神殿に行って頼んで来い!」
あまりの態度に同僚の騎士も流石に我慢の限界であった。
自分が怒鳴られた事に態度の悪い騎士は非常に焦り、
「俺は騎士として……」
「騎士団がわざわざ招いた方に暴行するのがお前の言う騎士なのか。分かった、これは後で報告するからな」
忌々しげにアイルを見た後、通告された騎士は押し黙ってそっぽを向いた。
正義と思っていても、他の人間が正義とは考えていないとは理解しているようだ。
「そんなに嫌ならお前が神殿に行って、神官を寄越してくれるよう頼んで来い」
下を向いて騎士は黙っていた。
何がしたかったんだろうな?
終わった後なら兎も角、騎士団の依頼が始まる前に喧嘩を売るなんて、拒否が認められているアイルが嫌になって帰ったらどうするつもりだったのか。少なくとも不機嫌に黙っている騎士以外の3人には理解できなかった。
迎えに来た騎士達から罪に問われているデーリクが拘置所ではなく未だ病院にいる事を聞かされ、アイルは驚き不思議に思っていた。
事件では確かに謎の黒い手に抉られたものの直ぐにポーションで治療し、病院で更に手当を受けたと記憶している。アイルの知る限りではデーリクが長期間入院する理由はない筈だった。
事件後、久し振りに見たデーリクは、恐ろしいほどに痩せこけた体をベッドに文字通り縛り付けられていた。
天井を見る目だけが異様に強い光を宿しているのがチグハグで、アイルは部屋の入り口で固まってしまった。
『欲しがれ!』
『欲しがれ!』
アイルの目にはデーリクをどす黒く大きな精霊が笑いながら覆い尽くそうとしている姿が見えた。
あまりに増幅された強い負の感情に驚いたアイルの周囲の羽虫精霊達は、慌てたように精霊界に避難していった。
思わず一緒に入室した友好的な方の騎士を振り返ると、
「これは【魅了】の影響でしょうか?」
デーリクは【魅了】を受けていない。
そう言い切るつもりであった。
だが、デーリクのこの状態はデーリクに憑いている精霊の影響であった。
「……」
ここで【魅了】でない事も精霊の所為だと伝える事も、もう一人の不穏な騎士の動向が危険な気がして、アイルは肯定も否定もせず沈黙するに留まった。
「……ふん。どうせ分かるまい。やはり神官の方が……」
「だからお前が神官を連れて来いって言っただろう! いい加減にしろ!」
本当に不機嫌な騎士はしつこかった。
それ程にアイルの精霊剣が欲しかったのだと理解したものの、あれは正真正銘『精霊』の剣である。
「精霊でしかないのに、女神の与えたスキルが与えた効果の有無が分かる訳ないだろう!」
精霊を信じる事もない人間が使えるなど思っているのだろうか?
はっきり言って、精霊の力を否定しつつ精霊の力を欲する、ここまで矛盾した人間の欲はアイルには理解できない。
『ああ、欲しがれ!』
『もっと欲しがれ!』
間の悪い事に、デーリクに憑いていた精霊達が精霊否定派の騎士の感情をも煽り始めた。
「ああ、精霊の癖に人間の振りしやがって! 精霊なら人間様の為に働くのは当たり前だろう! お前も何で俺のために剣を持って来なかった!」
従者としてフィリオンがアイルの前に出ようとするも、流石に子供を盾にする気はないアイルはフィリオンを背後に押しとどめた。
精霊否定派の騎士がアイルに詰め寄ろうとしたのを間に入って庇ったのは同僚の騎士だった。
「お前こそ何言ってるんだ! 精霊は自然と一緒で人間に傅くものではないし、都合の良いものでもない」
「精霊は人間のために作られたんだよ! ダンジョンと一緒で、人間に与えて当然なんだよ!」
精霊否定派の心を精霊が煽るなんて、精霊の言動が見えると非常にシュールな光景ではある。
ただ、おかげで他国は精霊否定派を操るために『精霊とダンジョンは人間に与えられたもの』とすり込んでいるのが分かった。
これも自分達の首を絞めるだろうに……。
大喧嘩を始めている騎士達が目の前にいる上、精霊の女王達に伝える話を考えていたために、アイルは完全に注意が逸れていた。
『私も欲しい!』
『俺も欲しい!』
精霊でありながら人間と変わらぬ存在であるアイルは、精霊に取って魅力的な力を宿す存在であった。
取り込みさえすれば間違いなく上位になれるアイルの力を、本来同族同士は襲わない筈の精霊が欲してしまった。
精霊が、悪しき精霊がアイルに伸ばした手は、一発の破裂音に遮られた。
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