終焉の召喚術師〜悪魔の蔓延る世界に立ち向かう少年たち〜

NovaPro

文字の大きさ
14 / 97

第三章 〜再会の森〜⑤

しおりを挟む
その言葉に、エルクは思わず目を見開いた。

「まさか……」

胸に走るざらついた感覚。
それは、かつて聞いた声の奥にある『何か』が呼び起された瞬間だった。

「兄貴……?」

今度はハッキリと聞こえた怪物の声。
凍りつく空気に、フィールも目を見開いていた。
ヴァンの手の中でリボルバーの弾倉がカラリ…と小さく音をたてたとき、エルクが一歩、無意識にあとずさる。

「…話を聞かせろ」

その言葉は、剣を振るうよりも重かった。
その後、怪物を取り囲んでいた稲光がふっと収まり、その巨体を震わせる。

そして…低く、確かな言葉で怪物はこう言ったのだ。

「俺は…ライナスだ」
「―――っ!」

その名を聞いた瞬間、胸の奥にしまい込んでいた感情の蓋がきしむような音をたてた。
思い出すのはあの夜―――村を襲った大洪水の日だ。

家々が流され、何もかもに絶望したあの惨劇の中心に立っていた弟の姿が鮮明に思い出される。

「ふざけるな……っ!俺は……信じない…!」

エルクの瞳には、怒りと混乱が宿っていた。
「ライナス」だと言われても、その事実を受け止めるにはあまりにも痛みが深すぎたのだ。

「そんなはずはない!お前が…お前がライナスなんて……」
「信じてくれ!!俺は…俺は……っ!」

目の前にいるのは怪物だ。
それも獣のような姿で手足も長い。
エルクの知っている弟とは、似ても似つかないその姿に、認められるはずはなかった。

しかし―――

「エルク、もう少し詳しく話を聞いてみようよ」

フィールにたしなめられ、エルクは吐き出しかけた言葉を飲み込む。

「そこまで言うのなら…何か証拠があるんだろうな」

そう聞くと、怪物―――ライナスと名乗る存在は、ゆっくりと語り始めた。
それは、二人にしか知り得ない、故郷の村での日常の断片だった。

「兄貴が薪割りしてるあいだ、俺がこっそり木の実盗んで食ったことあったよな。…で、結局バレた…母さんに」
「!!」

エルクは歯を噛んだ。
その話は誰にも話していない、小さな懐かしい記憶だ。

「あとは…そうだ、あのときのことを覚えてるか?村の裏山に隠れ家作って…雨の日はそこでよく遊んだよな。木で組んで作ったあの小屋…壁には―――」
「……二人で描いた絵を飾っていた」

エルクがそう言うと、ライナスと名乗る存在は、

「―――へったくそだったけどな、兄貴の絵」
「うるせぇ!」

そう言うと、ライナスと名乗る存在はぽつりぽつりと3年前のことを語り始めた。

「兄貴…あの日、3年前のあのとき…俺は何もしていないんだ。あれは―――」

その言葉に、エルクの瞳が強張る。

「なら、洪水を引き起こしたのは誰だっていうんだよ!!お前以外にいないだろ!?」
「俺じゃない!信じてくれ!俺は…封印の場所にいただけなんだ!あの日あの夜…俺は物音で目を覚ました。それと同時に誰かに口を塞がれて…そのまま封印の祠に連れていかれたんだ…!そしたら封印がいつのまにか…」
「そんなわけあるか!!」
「本当なんだよ!!」

大剣を持つエルクの手が震える。
信じるには事足りる昔話にくわえ、その状況が起こる可能性がゼロではないからだ。

(まさか…本当に…?)

「俺は、あいつらに捕まってただけだった、何もしてない。…気づいたときにはもう嵐が起きてて、村が…」

その瞳に浮かぶ苦悶と後悔が、嘘ではないことを示していた。

「祠を壊したのは、黒いローブの集団だった。何人もいた。でも、奴らの目的が何なのかわからなかった。ただ…アイツらの中で『サタンの復活』と『大罪の悪魔』って言葉が聞こえたんだ」

その名に、エルクとフィールの表情が一瞬固まった。
しかし、ライナスは続ける。

「俺はそのあと怪物になっちまってた。そのあとはただただ逃げたんだ。人に見られるのが怖くて…ここに辿り着いてからは人目を盗んで生きてきた。霧の夜を選んで村の倉庫に忍び込んでは食料を…それだけが生きる術だったんだ」

沈黙のなか、エルクは視線を落としていた。
あの日から憎み続けた相手が、ただ『被害者だった』という現実に、心の置き場が見つからない。

「じゃあ…なんで黙ってたんだ…?どうして言わない…?俺を…あの村を置いて……」

消え入りそうな声に、ライナスは歯をぐっと食いしばる。

「俺だって助けたかった…。でも…俺の姿は怪物だ。誰も信じてくれないだろ…?」

その言葉に、今度はフィールが前に出た。

「ライナス、じゃあ聞くよ。『気がついたらその姿になってた』って言ってたけど、何か覚えてない?些細なことでもいいんだ」
「……」

フィールに言われ、ライナスは地面を見つめた。

「わからない…わからないんだ…」
「……」
「この森に来て、この洞窟を見つけて…何度も考えた。人間に戻る方法はないのかって。―――でも」

ライナスはハッと思い出し、大鎚に視線を移す。

「声が…聞こえたんだ」
「……『声』?」
「『ライナス、その武器を手に取り、我と契約をせよ。されば我が守護神となろうぞ』」
「それって…」
「誰かと契約をしていることは間違いなさそうだな」

エルクたちは、ライナスの側にある大鎚を見つめた。
ライナスがその武器を側に置いてる時点で、契約は結ばれていると考えたのだ。

そこまで話を聞いたとき、ヴァンがリボルバーに手をかけた。
その手をフィールがそっと下ろさせ、首を横に振る。

そのとき、高みの見物をしていたロキが口を開いた。

「やっと真実がわかったのかい?あまりにも時間かかってるから、昼寝しちゃおうかと思ったよ」

ロキの言葉に、エルクは驚いたと同時に彼を睨みつける。

「はぁ!?おまっ…知ってたのか!?」
「もちろん」
「だったら最初に言えよ!!」
「えー?だってエルク、キレてたしー。そんなエルクがおもしろかったしー?」
「ふざけんな……!」

険しい顔をしたまま、エルクは拳を握るが―――そのまま力を抜いた。

「……チッ。明日、こいつを教会に連れて行く。経過観察と…何か答えが得られるかもしれない」

その言葉に、ライナスが反応する。

「それって…」
「人に戻れる可能性が、ゼロじゃないってことだ」
「!!」

ライナスの顔が緩むなか、ヴァンは最後までリボルバーに手をかけていた。
その目はライナスとエルクを行き来している。

「ヴァン、もう大丈夫だ。こいつは―――敵じゃない」

すると、ヴァンはしぶしぶながらに銃をしまう。
こうして彼らは静かに夜を超え、彼らの旅はまた新たな局面を迎えるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~

空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。 もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。 【お知らせ】6/22 完結しました!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

処理中です...