終焉の召喚術師〜悪魔の蔓延る世界に立ち向かう少年たち〜

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第十章〜天使と悪魔〜④

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その後、人が出払った中央教会は、廊下に響く足音だけがやけに大きく感じられた。
夜の帳が降り、教会の廊下には灯りがまばらに灯っている。

「……おやすみ、マリア。イーネ。」
「エルクたちも、おやすみ。今日もありがとう」

マリアとイーネを部屋に送り届けたあと、エルクとライナスは廊下に残っていた。
柔らかな灯りに照らされた扉が静かに閉じられたあと、夜番の教会員たちが現れる。

「このあとは、我々が担当します。しばらくお休みください」

丁寧に告げられたその言葉に、エルクとライナスは頷いた。
そして、交代の準備が完全に整ったことを確認し、彼らは廊下をゆっくりと歩き出したのだ。
その足取りには、悔しさと自分への問いが感じられる。

「俺たちじゃ……まだ足りないんだな」

ライナスがぼそりと呟くと、エルクは拳を握ったまま頷いた。
そして、二人が無言のまま歩いていくと、彼らに向かって近づいて来る足音がひとつ、廊下の奥から響いてきたのだ。
振り返ると、そこにロイドの姿がある。

「エルク、ライナス。少し来てくれ。話がある」

その声音には、いつもと違うどこか切実な響きがあった。
二人は無言で頷き、並んで廊下を歩き始める。
夜の教会は静まり返っており、時折、外を吹き抜ける風の音だけが窓をかすかに揺らしていた。

そして、しばらく歩いたのち、ロイドが口を開く。

「……お前たち二人には、そろそろ伝えなければならないと思っていたんだ。この先、俺もいつ命を落とすかわからんからな」

あまりに唐突な言葉に、エルクとライナスは思わず顔を見合わせる。

「何の話だよ」
「意味がわからないんだけど……」

困惑の表情を浮かべる二人にロイドは立ち止まり、振り返った。
そして、二人にある質問を投げかける。

「俺の名前はなんだ?」
「は?名前って……『ロイド=フリージア』だろ?」

エルクが戸惑いながら答えると、ロイドはわずかに笑みを浮かべた。

「『表向きは』な。だが、本当の名は―――『ロイド=フリードマン』だ」

その言葉に、エルクとライナスの周りの空気が止まる。
まるで、空間そのものが一瞬凍りついたかのように、二人の表情から言葉が消えたのだ。
聞き間違いなどではなく、エルクたちと同じ『フリードマン』という姓が、たしかにそこにあった。

「お、おい……それ、どういう―――」
「俺たちと……同じ……」

まるで冗談のような話に、理解が追いつかない。

「な、何言ってるんだよ、そんな冗談……」

エルクが苦笑いするものの、ロイドは真剣な眼差しではっきりと言った。

「冗談ではないし、嘘でもない。俺は―――お前たちの父親だ。ずっと隠していて、すまなかった」

その瞬間、二人は時が止まってしまったかのように息をするのを忘れた。

「は……?」

エルクは一瞬、まばたきすらも忘れ、そして―――

「はぁ!?何言ってんだよ、いきなり……!!」

と、声を上げてロイドに詰め寄ったのだ。

「意味がわからねぇ!俺たちには物心ついたときから父親なんていなかった!母さんとライナスと三人でずっと暮らしてきたんだ!今さら……今さら父親だなんて言われて、納得できるわけねぇだろ!!」

顔を真っ赤にして叫ぶエルクの隣でライナスも唇を引き結び、怒りを滲ませる。

「なんで今……そんな話を……?」

ライナスの言葉に、ロイドは二人の視線を正面から受け止め、ゆっくりと語り始める。

「……俺は元々『神持ち』のサマナーとしてリーンズ村の祠を守る任に就いていたんだ」

その言葉に、エルクとライナスは目を見開いた。
自分たちの故郷の名がロイドの口から出るとは思ってもみなかったのだ。

「そこで出会ったのが、お前たちの母親―――『ラファエル』のサマナー、リーシャだ」

告げられたその名に、二人は思わず息を呑んだ。
母の名を、ロイドが知っている―――それだけで『作り話』ではないとわかってしまったのだ。

「俺たちは惹かれ合い、結婚した。そして……エルク、お前が生まれ、翌年にはライナスがリーシャの腹にいた」
「……っ」

二人は言葉が出なかった。
自分たちの生まれに、こんな物語があったなど想像したこともなかったのだ。

「だが―――その矢先、中央教会である異変が起きた。……当時の教皇が崩御し、混乱のなか次期教皇候補として俺の名が挙がったんだ」

ロイドはオーディンと契約していることから、教会のなかでも最上級の『神持ち』として教会から求められる立場にあった。

「オーディンって……」
「同じころ、教会はリーシャが『美徳の天使』のサマナーであることに気づいた。彼女が契約していた謙虚のラファエルは、教会にとってあまりにも大きすぎる存在だったんだ」

その言葉のあと、ロイドはふと顔を上げた。
夜の教会の窓には、ほのかに月明かりが差し込んでいる。
その光に照らされながら、彼はまるで遥か昔の景色を見るかのように、遠くを見つめた。

「そして……教会は俺に『選択』を迫ったんだ。家族を取るか―――それとも『教皇』としての使命を取るか、とな」

静かながらも、その言葉には明らかな苦味がある。
まるで、そのときの選択を悔いるかのように、ロイドは目を伏せた。

「俺は……迷った。どちらを選んでも、誰かを傷つけることになる。……だが、リーシャは俺に言ってくれたんだ。『私はここで祠を守るから、あなたはあなたの使命を果たして』ってな」

その後、教皇としての任を受け入れたロイドは、改革のために奔走したと語った。
夜の教会は、相変わらず静かで、廊下にある灯りが廊下の影をゆっくりと揺らしている。
その光のなか、ロイドの声だけが低く響いていたのだ。

「当時の枢機卿たちは、己の保身ばかり考える連中だった。責任は押しつけ合い、民の命よりも自分の座を守ることに必死だったのだ。……教皇という立場も、正直『与えられた』というより『押しつけられた』ようなものだった。

苦笑しながらも、その瞳には深い疲れが滲んでいた。
それは、立つものが背負うものの重さ、そして家族を残してきた男の後悔の色でもあったのだ。

「それでも……やっぱり心配だった。リーシャとお前たちのことが」

ふいに視線を戻したロイドは、エルクとライナスに視線を合わせた。
それは、『教皇』としての視線ではなく、ただの……『父親』のように見える。

「だから俺は、オーディンに頼み込んだ。二人の子に、それぞれ『神の見張り』を―――」
「見張り……?」
「あぁ。エルクには『狡知神ロキ』、ライナスには『雷神トール』。お前たちのそばに、常に神の目があるようにしてもらったんだ。いざというときには、その目が導いてくれるように、と」

エルクは目を見開き、そしてぽつりと呟いた。

「……だから、俺たちみたいなガキでも神と契約できたのか……ライナスがこうなったときも……」

その言葉に、ロイドは頷く。

「そうだ。教会を立て直すことばかりに夢中になって……ロキやトールにお前たちのすべてを任せきりにしてしまった。そして、三年前のあの日、リーンズ村で災害が起きた」

その瞬間、ライナスが小さく息を呑んだ。
ロイドの声が、さらに低くなる。

「あの日、すぐに西支部のバズに連絡を取り現地に向かわせた。だが……そこはもう、ほとんど何も残っていなかった」

ロイドの拳に力が入る。
その目には、あの日を追体験しているかのような痛みが見えそうだった。

「エルクとフィールが生き残ったと聞き、俺は決めたんだ。今度こそ、この手で守って見せる、と」

そう言ってロイドはエルクとライナスに向き直り、深く―――頭を下げた。

「二人とも、本当に悪かった。不甲斐ない父で……すまない」

その姿に、エルクとライナスは初めて『父』を見た気がした。
しばらくのあいだ沈黙が流れ、エルクは強く握っていた拳を緩める。
そして―――

「……『父さん』、でいいのか……?」

その声は、怒りでも疑念でもなかった。
ただ―――確かめたかっただけだった。

その声に続くように、ライナスも声を震わせながら言う。

「……父さん」

二人から初めて言われた『父』という言葉に、ロイドはゆっくりと顔を上げた。
目元にはうっすらと涙が滲んでいるものの、表情は笑顔だ。

「ああ……」

その一言に、張り詰めていた空気が解けていく。
まるで、長い旅路の果てにようやくたどり着いたようなぬくもりが、そこにあったのだ。

だが―――その穏やかな時間は、突如として破られることになる。

「へぇー……なるほどね。彼も面白いことを考えるなぁ……」
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