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第十三章〜怠惰の顕現〜①
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出発を翌日に控えたその日、エルクはそっとルーインを訪ねた。
剣を佩いたまま中央教会の中庭を歩いていたルーインは、エルクの姿に気がつくと穏やかな笑みを浮かべる。
「どうしました、若き剣士」
その言葉に、エルクは姿勢を正し、頭を下げる。
「……少し、手合わせを願いたい。もう……誰も失わないために」
ルーインは、一瞬だけ目を細めた。
その表情には、どこか懐かしさと痛みがある。
「……いいでしょう、少しだけですよ」
「はい!」
二人は言葉少なに歩き、教会の奥にある修練所へと向かった。
石造りの建物に囲まれたその場所は、陽の光が差し込む静かな空間だ。
そこで二人は木剣を手に取り、少し距離を取る。
金属の重みこそないが、そこに込める覚悟は―――本物だ。
「構えなさい、エルク。まずはお手並み拝見といきましょう」
ルーインの声を合図に、エルクは踏み込んだ。
木剣が打ち合い、鈍い音が空気を震わせる。
「へぇ……」
「くっ……!」
幾度の斬り返しのなかで、ルーインの動きは無駄がなかった。
だが、エルクはただ真っ直ぐに前へと進んでいる。
「そのままでは、相手の力に呑まれるだけですよ」
その瞬間、ひとつカツンっと音がして、エルクの木剣が弾かれた。
勢いを殺され、エルクは小さく息を吐く。
「悪くはないんですけど、焦りすぎですね。力を込めてはいけません。剣は、意志のままに振るいなさい」
「はい!」
エルクは再び構え直し、今度は踏み込みの瞬間に呼吸を整えた。
そして、流れるように斬りかかると、ルーインの口元が少し緩んだのだ。
「少し、よくなりましたね」
「本当か!?」
「えぇ、ですが今、無駄な力が入ったので減点」
「くっ……!」
ルーインの冗談交じりの一言に、エルクは思わず肩を落とした。
一朝一夕で強くなれるとは、毛頭思っていない。
だが、アドバイスを得ることで自分の中に『変化』が芽吹いていることを感じていたのだ。
ルーインの的確な指摘と重ねられる一打ごとの経験が、確かにエルクを形づくっていく。
「エルク、あなたが守りたいと思ったものを、最後まで諦めないでください。自分を信じ、そして―――剣を信じるのです」
その言葉は、エルクの胸に静かに響いた。
澱のように心に溜まっていた迷いを風が薙ぎ払うように―――何かが変わる気配がする。
「あなたなら、大丈夫です」
ルーインの、確信に満ちた声にエルクは頷く。
そして、再び木剣を構えると何度も何度も打ち込んだ。
木の打ち合う音だけが修練所に響き、エルクは助言を聞き入れながら集中を研ぎ澄ませていく。
「……ここまでにしましょう。疲労は判断を鈍らせることになります」
そう言ってルーインが木剣を下ろすと、エルクも小さく息を吐いて剣を引いた。
額には汗がにじみ、両腕はじんわりと疲れている。
だが、気持ちは不思議と澄みきっていた。
「ありがとう。……少しだけ、進めた気がするよ」
その言葉に、ルーインは穏やかに微笑み、二人は肩を並べて歩き出した。
修練所をあとにする二人の背には、夕暮れの光があたっている。
エルクは短い時間に得たものを忘れぬよう、握った拳を見つめて旅の支度を始めた。
脳裏に浮かぶのはクロスの言葉だ。
『少年の姿をしているサタン』『ベルフェゴールと対になる天使はガブリエル』―――
自分が果たすべき役割を改めて胸に刻み、エルクは顔を上げた。
窓の外では月が天に昇っており、淡い光が教会の屋根を照らしている。
「……見ててくれよ、父さん。俺は必ず―――……」
こうして旅立ちの決意を固めたエルクは、準備を終えると眠りについたのだった。
剣を佩いたまま中央教会の中庭を歩いていたルーインは、エルクの姿に気がつくと穏やかな笑みを浮かべる。
「どうしました、若き剣士」
その言葉に、エルクは姿勢を正し、頭を下げる。
「……少し、手合わせを願いたい。もう……誰も失わないために」
ルーインは、一瞬だけ目を細めた。
その表情には、どこか懐かしさと痛みがある。
「……いいでしょう、少しだけですよ」
「はい!」
二人は言葉少なに歩き、教会の奥にある修練所へと向かった。
石造りの建物に囲まれたその場所は、陽の光が差し込む静かな空間だ。
そこで二人は木剣を手に取り、少し距離を取る。
金属の重みこそないが、そこに込める覚悟は―――本物だ。
「構えなさい、エルク。まずはお手並み拝見といきましょう」
ルーインの声を合図に、エルクは踏み込んだ。
木剣が打ち合い、鈍い音が空気を震わせる。
「へぇ……」
「くっ……!」
幾度の斬り返しのなかで、ルーインの動きは無駄がなかった。
だが、エルクはただ真っ直ぐに前へと進んでいる。
「そのままでは、相手の力に呑まれるだけですよ」
その瞬間、ひとつカツンっと音がして、エルクの木剣が弾かれた。
勢いを殺され、エルクは小さく息を吐く。
「悪くはないんですけど、焦りすぎですね。力を込めてはいけません。剣は、意志のままに振るいなさい」
「はい!」
エルクは再び構え直し、今度は踏み込みの瞬間に呼吸を整えた。
そして、流れるように斬りかかると、ルーインの口元が少し緩んだのだ。
「少し、よくなりましたね」
「本当か!?」
「えぇ、ですが今、無駄な力が入ったので減点」
「くっ……!」
ルーインの冗談交じりの一言に、エルクは思わず肩を落とした。
一朝一夕で強くなれるとは、毛頭思っていない。
だが、アドバイスを得ることで自分の中に『変化』が芽吹いていることを感じていたのだ。
ルーインの的確な指摘と重ねられる一打ごとの経験が、確かにエルクを形づくっていく。
「エルク、あなたが守りたいと思ったものを、最後まで諦めないでください。自分を信じ、そして―――剣を信じるのです」
その言葉は、エルクの胸に静かに響いた。
澱のように心に溜まっていた迷いを風が薙ぎ払うように―――何かが変わる気配がする。
「あなたなら、大丈夫です」
ルーインの、確信に満ちた声にエルクは頷く。
そして、再び木剣を構えると何度も何度も打ち込んだ。
木の打ち合う音だけが修練所に響き、エルクは助言を聞き入れながら集中を研ぎ澄ませていく。
「……ここまでにしましょう。疲労は判断を鈍らせることになります」
そう言ってルーインが木剣を下ろすと、エルクも小さく息を吐いて剣を引いた。
額には汗がにじみ、両腕はじんわりと疲れている。
だが、気持ちは不思議と澄みきっていた。
「ありがとう。……少しだけ、進めた気がするよ」
その言葉に、ルーインは穏やかに微笑み、二人は肩を並べて歩き出した。
修練所をあとにする二人の背には、夕暮れの光があたっている。
エルクは短い時間に得たものを忘れぬよう、握った拳を見つめて旅の支度を始めた。
脳裏に浮かぶのはクロスの言葉だ。
『少年の姿をしているサタン』『ベルフェゴールと対になる天使はガブリエル』―――
自分が果たすべき役割を改めて胸に刻み、エルクは顔を上げた。
窓の外では月が天に昇っており、淡い光が教会の屋根を照らしている。
「……見ててくれよ、父さん。俺は必ず―――……」
こうして旅立ちの決意を固めたエルクは、準備を終えると眠りについたのだった。
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