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15話
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セレス王子の強襲を退けた翌日。別荘の庭園にはまだ焦げた匂いが漂っていたが、ディルク殿下の行動は迅速だった。
彼は僕を片時も離そうとせず、その足で王都へと向かった。
僕を罠に嵌め、挙句の果てに「商品」として売り払ったヴァリエール侯爵家――僕の「実家」との決着をつけるために。
僕もまた、ディルク殿下の頑丈な腕に抱かれ、かつての忌まわしい記憶が眠る侯爵家の屋敷へと戻ってきた。
だが、そこに出迎える者は一人もいない。
すでに王立騎士団によって包囲された屋敷のホールには、鎖に繋がれ、見窄らしい姿で床に這いつくばる父と、僕を蔑んでいた義母たちがいた。
「レ、レアン……! 助けてくれ! お前からも殿下に言ってくれ、あれは家の存続のために仕方がなかったんだ!」
父が這いずり、僕の靴を掴もうと震える手を伸ばす。
だが、その手が僕に触れる寸前、ディルク殿下の軍靴が容赦なくその手を踏みにじった。
「――私のレアンに、その汚らわしい手で触れるなと言ったはずだ」
ディルク殿下の声は、大気を凍らせるほどに冷酷だった。
彼の背後から立ち上る魔力のプレッシャーに、父は悲鳴を上げて震え上がる。
僕の脳内には、殿下の研ぎ澄まされた、鋭利な刃物のような『本音』が流れ込んできた。
『……こいつらが、私のレアンを道具のように扱い、その心を凍らせていた元凶か。……生かしておく価値もない。……レアン、君が望むなら、今すぐこいつらの喉を裂いて、その醜い命を奪ってやってもいいんだ。……いや、それよりももっと残酷な、死さえ生ぬるいと感じるほどの絶望を与えてやろう。……君の受けた苦しみを、数千倍にして返してやる……!』
(……殿下、殺気が出すぎている。でも、僕のためにここまで怒ってくれるなんて……)
僕はディルク殿下の腕の中で、静かに父を見つめた。
かつてはこの人に愛されたいと願ったこともあったかもしれない。けれど、今の僕の耳に届く父の心の声は、最後まで自分勝手で醜悪なものだった。
(……くそっ、あの役立たずのレアンが、なぜ第一王子にこれほどまで溺愛されているんだ! あいつが殿下をたぶらかしたに違いない! 私がこんな目に遭うのは、全部あいつのせいだ……!)
「父様……いえ、侯爵様。僕はもう、あなたの息子ではありません」
僕は静かに、だが明確に告げた。
「僕は、ディルク殿下のものです。……あなたたちが僕に与えたのは苦痛だけでしたが、殿下は僕に、居場所をくれました」
「レアン、お前……っ!」
「――そこまでだ」
ディルク殿下が冷たく言い放つ。
「ヴァリエール侯爵家は本日をもって爵位を剥奪、財産はすべて没収とする。……貴様ら一族は、北方の魔物が出る過酷な鉱山での永久追放刑だ。死ぬまでそこで、己の罪を噛み締めながら泥を啜るがいい」
「ひ、ひいぃぃっ! お、お助けを! 殿下、レアン!!」
騎士たちに引き立てられ、絶叫しながら連行されていく彼らの後ろ姿を、僕は感情の動かない瞳で見送った。
『ざまぁ』と言えばそれまでだが、僕の心にあったのは、ようやく過去から解放されたという静かな安堵だった。
『……終わった。これで、レアンを縛る忌まわしい過去はすべて消えた。……これからは、私だけが君のすべてだ。……さあ、城へ帰ろう、レアン。……私たちの、誰にも邪魔されない、二人だけの愛の巣へ……』
ディルク殿下は僕を軽々と横抱きにし、王室の紋章が刻まれた馬車へと向かう。
馬車の扉が閉まり、密室となった車内で、殿下は僕を自分の膝の上に座らせた。
「レアン……。もう、君を傷つける者は誰もいない。……君のすべてを、私が守り、愛し抜くよ」
「……殿下。……ありがとうございます。……でも、心の声の独占欲が、相変わらず強すぎて……ちょっと息苦しいです」
僕が苦笑いしながら言うと、ディルク殿下は一瞬だけ驚いた顔をし、それから僕の首筋に顔を埋めて、深く、深く、僕の匂いを吸い込んだ。
『……ふふ、聞こえているなら仕方がない。……隠すつもりもないよ。……君が私なしでは一分一秒も耐えられないように、じっくりと、そして徹底的に愛してあげるからね。……今夜は、実家との決別の祝いだ。……明日の朝まで、私を拒絶することなんて許さないよ……』
(……結局、そっちの方向に行くんだ……!)
僕は殿下の首に腕を回し、降参のキスを贈った。
処刑回避という当初の目的は、最高の形で達成された。
けれど、代わりに手に入れたのは、最強王子の「一生逃げられない、甘くて重い溺愛の檻」だったのだ。
彼は僕を片時も離そうとせず、その足で王都へと向かった。
僕を罠に嵌め、挙句の果てに「商品」として売り払ったヴァリエール侯爵家――僕の「実家」との決着をつけるために。
僕もまた、ディルク殿下の頑丈な腕に抱かれ、かつての忌まわしい記憶が眠る侯爵家の屋敷へと戻ってきた。
だが、そこに出迎える者は一人もいない。
すでに王立騎士団によって包囲された屋敷のホールには、鎖に繋がれ、見窄らしい姿で床に這いつくばる父と、僕を蔑んでいた義母たちがいた。
「レ、レアン……! 助けてくれ! お前からも殿下に言ってくれ、あれは家の存続のために仕方がなかったんだ!」
父が這いずり、僕の靴を掴もうと震える手を伸ばす。
だが、その手が僕に触れる寸前、ディルク殿下の軍靴が容赦なくその手を踏みにじった。
「――私のレアンに、その汚らわしい手で触れるなと言ったはずだ」
ディルク殿下の声は、大気を凍らせるほどに冷酷だった。
彼の背後から立ち上る魔力のプレッシャーに、父は悲鳴を上げて震え上がる。
僕の脳内には、殿下の研ぎ澄まされた、鋭利な刃物のような『本音』が流れ込んできた。
『……こいつらが、私のレアンを道具のように扱い、その心を凍らせていた元凶か。……生かしておく価値もない。……レアン、君が望むなら、今すぐこいつらの喉を裂いて、その醜い命を奪ってやってもいいんだ。……いや、それよりももっと残酷な、死さえ生ぬるいと感じるほどの絶望を与えてやろう。……君の受けた苦しみを、数千倍にして返してやる……!』
(……殿下、殺気が出すぎている。でも、僕のためにここまで怒ってくれるなんて……)
僕はディルク殿下の腕の中で、静かに父を見つめた。
かつてはこの人に愛されたいと願ったこともあったかもしれない。けれど、今の僕の耳に届く父の心の声は、最後まで自分勝手で醜悪なものだった。
(……くそっ、あの役立たずのレアンが、なぜ第一王子にこれほどまで溺愛されているんだ! あいつが殿下をたぶらかしたに違いない! 私がこんな目に遭うのは、全部あいつのせいだ……!)
「父様……いえ、侯爵様。僕はもう、あなたの息子ではありません」
僕は静かに、だが明確に告げた。
「僕は、ディルク殿下のものです。……あなたたちが僕に与えたのは苦痛だけでしたが、殿下は僕に、居場所をくれました」
「レアン、お前……っ!」
「――そこまでだ」
ディルク殿下が冷たく言い放つ。
「ヴァリエール侯爵家は本日をもって爵位を剥奪、財産はすべて没収とする。……貴様ら一族は、北方の魔物が出る過酷な鉱山での永久追放刑だ。死ぬまでそこで、己の罪を噛み締めながら泥を啜るがいい」
「ひ、ひいぃぃっ! お、お助けを! 殿下、レアン!!」
騎士たちに引き立てられ、絶叫しながら連行されていく彼らの後ろ姿を、僕は感情の動かない瞳で見送った。
『ざまぁ』と言えばそれまでだが、僕の心にあったのは、ようやく過去から解放されたという静かな安堵だった。
『……終わった。これで、レアンを縛る忌まわしい過去はすべて消えた。……これからは、私だけが君のすべてだ。……さあ、城へ帰ろう、レアン。……私たちの、誰にも邪魔されない、二人だけの愛の巣へ……』
ディルク殿下は僕を軽々と横抱きにし、王室の紋章が刻まれた馬車へと向かう。
馬車の扉が閉まり、密室となった車内で、殿下は僕を自分の膝の上に座らせた。
「レアン……。もう、君を傷つける者は誰もいない。……君のすべてを、私が守り、愛し抜くよ」
「……殿下。……ありがとうございます。……でも、心の声の独占欲が、相変わらず強すぎて……ちょっと息苦しいです」
僕が苦笑いしながら言うと、ディルク殿下は一瞬だけ驚いた顔をし、それから僕の首筋に顔を埋めて、深く、深く、僕の匂いを吸い込んだ。
『……ふふ、聞こえているなら仕方がない。……隠すつもりもないよ。……君が私なしでは一分一秒も耐えられないように、じっくりと、そして徹底的に愛してあげるからね。……今夜は、実家との決別の祝いだ。……明日の朝まで、私を拒絶することなんて許さないよ……』
(……結局、そっちの方向に行くんだ……!)
僕は殿下の首に腕を回し、降参のキスを贈った。
処刑回避という当初の目的は、最高の形で達成された。
けれど、代わりに手に入れたのは、最強王子の「一生逃げられない、甘くて重い溺愛の檻」だったのだ。
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