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19話
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「……っ、う、あ、頭が……割れる……っ!!」
国民の熱狂的な歓声が地鳴りのように響き渡るバルコニーで、僕は突如、脳を直接灼熱の針で何度も刺されるような激痛に襲われた。
周囲の色彩がぐにゃりと歪み、青空は赤黒く濁って見える。
代わりに、僕がこの世界で得た「心の声を聞く能力」が、防波堤を失った濁流のように制御不能な暴走を始めたのだ。
『……ふふ、聞こえるだろう? レアン。君に贈る、親愛の旋律(メロディ)だ』
銀髪の死神、セレス王子の冷笑が脳内で鼓膜を直接震わせる。
彼はどこからか、禁忌の魔導具「真実の琴」を奏でているらしい。
その音色は、周囲の人間が理性という鎖で繋ぎ止めている「最も醜い本音」を強制的に解放し、極大化させ、対象に浴びせかけるという最悪の精神汚染呪いだ。
(やめて……聞きたくない。みんなの声が……っ!!)
先ほどまで「尊い」「聖女様」と無邪気に叫んでいた国民たちの心の声が、一瞬にしてどす黒い泥のような悪意に書き換えられていく。
((((……結局は、男の癖に色香で王子をたぶらかしただけじゃないか。……不気味だわ、あの白すぎる肌、呪いよ。……死んでしまえばいい。……悪役令息が、いつまでも被害者のふりをするな。……あんな薄汚い男が、我らの王妃になるなど断じて認めない。……消えろ、消えてしまえ……!!))))
「あ、ああああああっ!!」
僕は耳を塞いで、石造りの床に激しく蹲った。
数万人の「負の本音」が、僕の脳内に土足で踏み込んでくる。
それは幻聴ではない。セレスの呪いによって引き出された、人間の底に眠る「無意識の嫉妬、差別、そして攻撃性」だ。
僕を称賛していたはずの熱狂は、今や僕を呪い殺そうとする呪詛の塊となって襲いかかってくる。
「レアン!? どうした、しっかりしろ!! 私を見ろ!」
ディルク殿下が僕の肩を強く抱きしめる。
その腕の強靭な温もりに縋ろうとした僕の脳内に、一番聞きたくなかった、愛する人の「暗黒の独執」が響き渡った。
『……そうだ、レアン。もっと壊れろ。もっと周囲を拒絶しろ。……そうすれば、君には私しか残らなくなる。……国民の愛なんて、最初から砂の城だ。……私の魔力で、君の聴覚を完全に焼き潰してやろうか? そうすれば、君は一生、私の声だけを、私の愛の言葉だけを聴いて生きていける。……ああ、絶望し、涙を流す君はなんて美しいんだ。……ずっと、ずっと、私の腕の中だけで震えていればいい……!!』
「……っ!? 嘘だ……殿下……!?」
僕は、目を見開いてディルク殿下を全力で突き放した。
殿下の端正な顔は、表面上は心配そうに潤んでいる。表向きの声は「大丈夫だ、私がついている、誰も君を傷つけさせない」とどこまでも優しい。
けれど、今聞こえた本音は、僕の精神崩壊を「好都合だ」と悦び、僕から自由を奪う機会を虎視眈々と狙っている狂気そのものだった。
「レアン様! お下がりください!! 私が守ります!」
駆け寄ってきた近衛騎士ユストスの心の声も、すでに呪いに冒され、どろどろに歪んでいた。
『……好機だ。殿下の愛に絶望したレアン様を、今こそ連れ去る。……殿下の手から救い出すという大義名分で、私の地下私牢へ繋ぎ止める。……殿下も国民も信じられないなら、私という『絶対的な支配』だけを信じればいい。……逃がさない、逃がさないぞ、レアン様……。あなたのその白い脚を、二度と歩けないように私の重い鎖で……』
(……誰も、誰も信じられない……! 世界中が、僕を食い尽くそうとしている!)
「来ないで……誰も、僕に触らないで!!」
僕は狂ったように叫ぶと、バルコニーから城内へと、もつれる足で走り出した。
背後からディルク殿下の焦燥に満ちた叫び声と、それを嘲笑うセレス王子の「愛しているよ、レアン。君をこの醜い世界から、私の地獄へ招待してあげる」という粘り気のある本音が、影のように追いかけてくる。
僕は、一番安全だと思っていた場所が、世界で最も恐ろしい「欲望の坩堝」であったことを、最悪の形で突きつけられたのだ。
逃げ場はない。けれど、走るのを止めることはできなかった。
国民の熱狂的な歓声が地鳴りのように響き渡るバルコニーで、僕は突如、脳を直接灼熱の針で何度も刺されるような激痛に襲われた。
周囲の色彩がぐにゃりと歪み、青空は赤黒く濁って見える。
代わりに、僕がこの世界で得た「心の声を聞く能力」が、防波堤を失った濁流のように制御不能な暴走を始めたのだ。
『……ふふ、聞こえるだろう? レアン。君に贈る、親愛の旋律(メロディ)だ』
銀髪の死神、セレス王子の冷笑が脳内で鼓膜を直接震わせる。
彼はどこからか、禁忌の魔導具「真実の琴」を奏でているらしい。
その音色は、周囲の人間が理性という鎖で繋ぎ止めている「最も醜い本音」を強制的に解放し、極大化させ、対象に浴びせかけるという最悪の精神汚染呪いだ。
(やめて……聞きたくない。みんなの声が……っ!!)
先ほどまで「尊い」「聖女様」と無邪気に叫んでいた国民たちの心の声が、一瞬にしてどす黒い泥のような悪意に書き換えられていく。
((((……結局は、男の癖に色香で王子をたぶらかしただけじゃないか。……不気味だわ、あの白すぎる肌、呪いよ。……死んでしまえばいい。……悪役令息が、いつまでも被害者のふりをするな。……あんな薄汚い男が、我らの王妃になるなど断じて認めない。……消えろ、消えてしまえ……!!))))
「あ、ああああああっ!!」
僕は耳を塞いで、石造りの床に激しく蹲った。
数万人の「負の本音」が、僕の脳内に土足で踏み込んでくる。
それは幻聴ではない。セレスの呪いによって引き出された、人間の底に眠る「無意識の嫉妬、差別、そして攻撃性」だ。
僕を称賛していたはずの熱狂は、今や僕を呪い殺そうとする呪詛の塊となって襲いかかってくる。
「レアン!? どうした、しっかりしろ!! 私を見ろ!」
ディルク殿下が僕の肩を強く抱きしめる。
その腕の強靭な温もりに縋ろうとした僕の脳内に、一番聞きたくなかった、愛する人の「暗黒の独執」が響き渡った。
『……そうだ、レアン。もっと壊れろ。もっと周囲を拒絶しろ。……そうすれば、君には私しか残らなくなる。……国民の愛なんて、最初から砂の城だ。……私の魔力で、君の聴覚を完全に焼き潰してやろうか? そうすれば、君は一生、私の声だけを、私の愛の言葉だけを聴いて生きていける。……ああ、絶望し、涙を流す君はなんて美しいんだ。……ずっと、ずっと、私の腕の中だけで震えていればいい……!!』
「……っ!? 嘘だ……殿下……!?」
僕は、目を見開いてディルク殿下を全力で突き放した。
殿下の端正な顔は、表面上は心配そうに潤んでいる。表向きの声は「大丈夫だ、私がついている、誰も君を傷つけさせない」とどこまでも優しい。
けれど、今聞こえた本音は、僕の精神崩壊を「好都合だ」と悦び、僕から自由を奪う機会を虎視眈々と狙っている狂気そのものだった。
「レアン様! お下がりください!! 私が守ります!」
駆け寄ってきた近衛騎士ユストスの心の声も、すでに呪いに冒され、どろどろに歪んでいた。
『……好機だ。殿下の愛に絶望したレアン様を、今こそ連れ去る。……殿下の手から救い出すという大義名分で、私の地下私牢へ繋ぎ止める。……殿下も国民も信じられないなら、私という『絶対的な支配』だけを信じればいい。……逃がさない、逃がさないぞ、レアン様……。あなたのその白い脚を、二度と歩けないように私の重い鎖で……』
(……誰も、誰も信じられない……! 世界中が、僕を食い尽くそうとしている!)
「来ないで……誰も、僕に触らないで!!」
僕は狂ったように叫ぶと、バルコニーから城内へと、もつれる足で走り出した。
背後からディルク殿下の焦燥に満ちた叫び声と、それを嘲笑うセレス王子の「愛しているよ、レアン。君をこの醜い世界から、私の地獄へ招待してあげる」という粘り気のある本音が、影のように追いかけてくる。
僕は、一番安全だと思っていた場所が、世界で最も恐ろしい「欲望の坩堝」であったことを、最悪の形で突きつけられたのだ。
逃げ場はない。けれど、走るのを止めることはできなかった。
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