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20話
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王城の奥深く、埃の舞う禁書庫の隅で、僕は膝を抱えて震えていた。
あまりにも膨大で醜い「本音」の嵐に晒された僕の精神は、自己防衛のために、ある「禁断の鍵」をかけてしまった。
魂に刻まれた刻印が、僕自身の生存本能と過剰に反応し、精神の崩壊を避けるために僕の記憶回路を一時的に強制封鎖したのだ。
「……ここは、どこ……? 僕は、誰……? なぜ、こんなに胸が痛いの……?」
記憶が、白い霧の中に溶けていく。
前世の日本の記憶も、この世界での「悪役令息レアン」としての波乱に満ちた日々も。
ただ、胸にある「星の刻印」が、得体の知れない熱を持ってドクドクと不快な脈動を繰り返し、僕の体温を異常なほど上げていることだけが、不気味で仕方がなかった。
自分の名前すら思い出せない。ただ、自分が何かに「追い詰められている」という動物的な恐怖だけが、全身を支配している。
「レアン! 見つけたぞ……! もう、どこへも行かせない」
図書室の重厚な扉が魔法の衝撃で粉砕され、肩で激しく息をするディルク殿下が入ってきた。
彼は僕を見つけるなり、獲物を捕らえた猛獣のような歓喜と、底知れない執着に満ちた安堵を瞳に宿し、ゆっくりと近づいてくる。
「……誰、ですか? 近寄らないで……っ、怖い……嫌だ……」
僕の拒絶の言葉に、ディルク殿下の動きが、凍りついたように止まった。
その黄金の瞳が、一瞬だけ悲しげに揺れたが、すぐにその奥にどろりとした闇が戻る。
「……レアン? 何を言っている。……私だよ、君のディルクだ。君のすべてを支配し、守る、君の主(あるじ)だ。……さあ、冷えてしまっただろう。私の部屋へ戻ろう」
『……嘘だ。忘れたというのか? 私を? 私のつけた愛の刻印まで否定するのか? ……いや、そんなはずはない。……ああ、だが、セレスの呪いがレアンの記憶を焼いてくれたのなら、これは神が私に与えた慈悲か。……私のことを『本音がエロすぎる』と避けていた生意気な記憶が消えたのなら、一から、私の魔力なしでは指先一つ動かせない従順な体に教え込んでやればいい。……君の奥深くまで、私の色に染め直してやる……』
殿下は震える手で、僕の頬に触れようとした。
記憶はない。けれど、僕の「心の声を聞く能力」は、呪いの副作用で以前よりも鮮明に、かつ残酷に機能していた。
殿下の指先が触れる寸前、彼の「内側」から漏れ出す、僕を圧殺せんばかりの支配欲が脳に直接流れ込んできた。
「ひ……っ! やだ、怖い……! あなたの頭の中、真っ黒で、何かが蠢いてる……! 獣みたいだ……っ!!」
僕は悲鳴を上げて、殿下の手を必死に振り払った。
その瞬間、ディルク殿下の黄金の瞳から、最後の理性がパリン、と硝子が砕けるような音を立てて消え去った。
「……そうか。……私の本音が、そんなに怖いんだね。今の君には、私の愛が暴力に見えるのか」
殿下の声は、驚くほど静かだった。
だが、その背後から溢れ出す金色の魔力は、城全体を震わせるほどの圧倒的な威圧感を放っている。
「ならば、レアン。……言葉での対話は、もう必要ない。……君の魂に刻んだ私の紋章が、君を強制的に私へと従わせる。……記憶がなくても、体は覚えているはずだ。……私がいなければ、君の心臓は苦痛で止まってしまう。……私がいないと、君は呼吸すら満足にできないように、私が作り替えたのだから」
『……逃がさない。忘れたというなら、その肌に、その骨の髄に、私の刻印を何度でも、深く、激しく、刻み直してやる。……君が絶望の淵で、私の名前を泣きながら呼ぶまで。……いや、思い出さなくてもいい。……私の物言わぬ人形として、永遠に私の腕の中で愛でられていればいいんだ。……愛しているよ、レアン。……君のすべてを、今、完全に私のものにする。もう、誰の視線も、誰の声も届かない場所へ連れていく』
ディルク殿下の手が、僕の首筋を優しく、だが逃げられない強さで掴み上げた。
胸の刻印が、殿下の魔力に呼応して、かつてないほど激しく――そして、僕の意志に反して淫らな熱を帯び始めた。
記憶を失った僕は、かつてないほど「最強王子の本音」という名の、底なしの深淵へと引きずり込まれていく。
処刑を回避し、自由を求めたはずの物語は、誰も予想しなかった「狂気の独占監禁エンド」へと、猛スピードで転落し始めたのだ。
あまりにも膨大で醜い「本音」の嵐に晒された僕の精神は、自己防衛のために、ある「禁断の鍵」をかけてしまった。
魂に刻まれた刻印が、僕自身の生存本能と過剰に反応し、精神の崩壊を避けるために僕の記憶回路を一時的に強制封鎖したのだ。
「……ここは、どこ……? 僕は、誰……? なぜ、こんなに胸が痛いの……?」
記憶が、白い霧の中に溶けていく。
前世の日本の記憶も、この世界での「悪役令息レアン」としての波乱に満ちた日々も。
ただ、胸にある「星の刻印」が、得体の知れない熱を持ってドクドクと不快な脈動を繰り返し、僕の体温を異常なほど上げていることだけが、不気味で仕方がなかった。
自分の名前すら思い出せない。ただ、自分が何かに「追い詰められている」という動物的な恐怖だけが、全身を支配している。
「レアン! 見つけたぞ……! もう、どこへも行かせない」
図書室の重厚な扉が魔法の衝撃で粉砕され、肩で激しく息をするディルク殿下が入ってきた。
彼は僕を見つけるなり、獲物を捕らえた猛獣のような歓喜と、底知れない執着に満ちた安堵を瞳に宿し、ゆっくりと近づいてくる。
「……誰、ですか? 近寄らないで……っ、怖い……嫌だ……」
僕の拒絶の言葉に、ディルク殿下の動きが、凍りついたように止まった。
その黄金の瞳が、一瞬だけ悲しげに揺れたが、すぐにその奥にどろりとした闇が戻る。
「……レアン? 何を言っている。……私だよ、君のディルクだ。君のすべてを支配し、守る、君の主(あるじ)だ。……さあ、冷えてしまっただろう。私の部屋へ戻ろう」
『……嘘だ。忘れたというのか? 私を? 私のつけた愛の刻印まで否定するのか? ……いや、そんなはずはない。……ああ、だが、セレスの呪いがレアンの記憶を焼いてくれたのなら、これは神が私に与えた慈悲か。……私のことを『本音がエロすぎる』と避けていた生意気な記憶が消えたのなら、一から、私の魔力なしでは指先一つ動かせない従順な体に教え込んでやればいい。……君の奥深くまで、私の色に染め直してやる……』
殿下は震える手で、僕の頬に触れようとした。
記憶はない。けれど、僕の「心の声を聞く能力」は、呪いの副作用で以前よりも鮮明に、かつ残酷に機能していた。
殿下の指先が触れる寸前、彼の「内側」から漏れ出す、僕を圧殺せんばかりの支配欲が脳に直接流れ込んできた。
「ひ……っ! やだ、怖い……! あなたの頭の中、真っ黒で、何かが蠢いてる……! 獣みたいだ……っ!!」
僕は悲鳴を上げて、殿下の手を必死に振り払った。
その瞬間、ディルク殿下の黄金の瞳から、最後の理性がパリン、と硝子が砕けるような音を立てて消え去った。
「……そうか。……私の本音が、そんなに怖いんだね。今の君には、私の愛が暴力に見えるのか」
殿下の声は、驚くほど静かだった。
だが、その背後から溢れ出す金色の魔力は、城全体を震わせるほどの圧倒的な威圧感を放っている。
「ならば、レアン。……言葉での対話は、もう必要ない。……君の魂に刻んだ私の紋章が、君を強制的に私へと従わせる。……記憶がなくても、体は覚えているはずだ。……私がいなければ、君の心臓は苦痛で止まってしまう。……私がいないと、君は呼吸すら満足にできないように、私が作り替えたのだから」
『……逃がさない。忘れたというなら、その肌に、その骨の髄に、私の刻印を何度でも、深く、激しく、刻み直してやる。……君が絶望の淵で、私の名前を泣きながら呼ぶまで。……いや、思い出さなくてもいい。……私の物言わぬ人形として、永遠に私の腕の中で愛でられていればいいんだ。……愛しているよ、レアン。……君のすべてを、今、完全に私のものにする。もう、誰の視線も、誰の声も届かない場所へ連れていく』
ディルク殿下の手が、僕の首筋を優しく、だが逃げられない強さで掴み上げた。
胸の刻印が、殿下の魔力に呼応して、かつてないほど激しく――そして、僕の意志に反して淫らな熱を帯び始めた。
記憶を失った僕は、かつてないほど「最強王子の本音」という名の、底なしの深淵へと引きずり込まれていく。
処刑を回避し、自由を求めたはずの物語は、誰も予想しなかった「狂気の独占監禁エンド」へと、猛スピードで転落し始めたのだ。
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