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14話
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平和なナギの村に、馬の嘶きと重々しい甲冑の音が響いた。
王都から派遣された公式の使者――フリッツという名の騎士が、数人の部下を連れて『どんぐり小道亭』の前に現れたのだ。
フリッツ様は真っ赤なマントを翻し、厳格な表情で宿の入り口に立った。
「魔王討伐の英雄、アレク殿! ヴィンス殿! ガイル殿! 王からの緊急の召喚である! 至急、王都へ帰還し、凱旋パレードへの参列と、新たな隣国との外交交渉の親善大使を務めよとの命令だ!」
宿の中にいた村人たちは「おお、ついにお迎えが来たか」とざわめき立った。
僕も、ついにこの騒がしい日常が終わるのだと、少しだけ寂しく、それ以上に「これでやっとまともに仕事ができる」と安堵の溜息をついた。
ところが。
奥のテーブルで、僕が淹れたお茶を啜っていた三人の反応は、予想の斜め上を行っていた。
「……聞こえなかったことにしよう」
アレク様が、ティーカップを持ったまま無表情で言った。
「そうですね。……ちょうど今、テオの淹れた茶の温度を計算している最中だ。国家の存亡よりも、この茶葉の開き具合の方が重要ですよ」
ヴィンス様は使者の方を見向きもしない。
「俺、王都のメシ嫌い! テオがいないところには一歩も行かねーぞ!」
ガイル様は椅子の背もたれを逆さまにして、僕の腰にしがみついている。
フリッツ様は顔を真っ赤にして宿の中に踏み込んできた。
「な、何を言っているのだ! これは王の勅命だぞ! テオ……とかいう給仕の少年など放っておいて、即刻準備を……」
その瞬間、店内の温度が氷点下になった。
アレク様が、ゆっくりと立ち上がる。その瞳には、魔王と対峙した時以上の、鋭利な「拒絶」が宿っていた。
「……フリッツ。今、テオを『放っておけ』と言ったか?」
「ひ、ひぃ……!? あ、いや……それは……」
「ヴィンス。王からの書状はどこだ?」
「ここですよ。……あ、手が滑りました」
ヴィンス様が指先を少し動かすと、フリッツ様が持っていた豪華な羊皮紙の書状が、一瞬にして青白い炎に包まれ、灰も残さず消滅した。
「ああ! 王の印章が! 私の出世が!!」
「フリッツ。王にはこう伝えておけ。……我々は現在、世界平和の根幹を支える『究極の平穏』を保護するための極秘任務に就いている。……一歩でもここを離れれば、我々の魔力が暴走し、王国が灰燼に帰すだろう、とな」
アレク様が、爽やかな笑顔でとんでもない脅し文句を吐いた。
フリッツ様は腰を抜かし、部下たちに抱えられながら命からがら逃げ帰っていった。
「……あの、みなさん。それ、反逆罪とかにならないんですか?」
僕が心配して聞くと、アレク様は僕の肩を抱き寄せ、優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、テオ。俺たちがいないと困るのは王の方だからね。それより、さっきの茶菓子のお代わりをくれないかい?」
英雄たちの「居座り」の意志は、王の命令よりもずっと固いものだったらしい。
僕は、遠ざかっていく使者の馬車を見送りながら、「都会の組織運営って、大変なんだなあ」と他人事のように思うことにした。
王都から派遣された公式の使者――フリッツという名の騎士が、数人の部下を連れて『どんぐり小道亭』の前に現れたのだ。
フリッツ様は真っ赤なマントを翻し、厳格な表情で宿の入り口に立った。
「魔王討伐の英雄、アレク殿! ヴィンス殿! ガイル殿! 王からの緊急の召喚である! 至急、王都へ帰還し、凱旋パレードへの参列と、新たな隣国との外交交渉の親善大使を務めよとの命令だ!」
宿の中にいた村人たちは「おお、ついにお迎えが来たか」とざわめき立った。
僕も、ついにこの騒がしい日常が終わるのだと、少しだけ寂しく、それ以上に「これでやっとまともに仕事ができる」と安堵の溜息をついた。
ところが。
奥のテーブルで、僕が淹れたお茶を啜っていた三人の反応は、予想の斜め上を行っていた。
「……聞こえなかったことにしよう」
アレク様が、ティーカップを持ったまま無表情で言った。
「そうですね。……ちょうど今、テオの淹れた茶の温度を計算している最中だ。国家の存亡よりも、この茶葉の開き具合の方が重要ですよ」
ヴィンス様は使者の方を見向きもしない。
「俺、王都のメシ嫌い! テオがいないところには一歩も行かねーぞ!」
ガイル様は椅子の背もたれを逆さまにして、僕の腰にしがみついている。
フリッツ様は顔を真っ赤にして宿の中に踏み込んできた。
「な、何を言っているのだ! これは王の勅命だぞ! テオ……とかいう給仕の少年など放っておいて、即刻準備を……」
その瞬間、店内の温度が氷点下になった。
アレク様が、ゆっくりと立ち上がる。その瞳には、魔王と対峙した時以上の、鋭利な「拒絶」が宿っていた。
「……フリッツ。今、テオを『放っておけ』と言ったか?」
「ひ、ひぃ……!? あ、いや……それは……」
「ヴィンス。王からの書状はどこだ?」
「ここですよ。……あ、手が滑りました」
ヴィンス様が指先を少し動かすと、フリッツ様が持っていた豪華な羊皮紙の書状が、一瞬にして青白い炎に包まれ、灰も残さず消滅した。
「ああ! 王の印章が! 私の出世が!!」
「フリッツ。王にはこう伝えておけ。……我々は現在、世界平和の根幹を支える『究極の平穏』を保護するための極秘任務に就いている。……一歩でもここを離れれば、我々の魔力が暴走し、王国が灰燼に帰すだろう、とな」
アレク様が、爽やかな笑顔でとんでもない脅し文句を吐いた。
フリッツ様は腰を抜かし、部下たちに抱えられながら命からがら逃げ帰っていった。
「……あの、みなさん。それ、反逆罪とかにならないんですか?」
僕が心配して聞くと、アレク様は僕の肩を抱き寄せ、優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ、テオ。俺たちがいないと困るのは王の方だからね。それより、さっきの茶菓子のお代わりをくれないかい?」
英雄たちの「居座り」の意志は、王の命令よりもずっと固いものだったらしい。
僕は、遠ざかっていく使者の馬車を見送りながら、「都会の組織運営って、大変なんだなあ」と他人事のように思うことにした。
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