勇者パーティーを追放された「生きた宝箱」、無愛想な騎士団長に拾われて宝石のように愛でられる

たら昆布

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7話

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 雪山を抜ける行軍は、昨日よりも幾分か足取りが軽かった。
 フィノの体内空間の「特等席」には、今もウォルターから預かった銀の匙が鎮座している。それは単なる荷物ではなく、主から託された信頼の証のように思えて、意識を向けるたびに胸の奥が温かくなった。

「フィノ、顔が緩んでいるぞ。中身が溢れたか」

 隣を歩くウォルターが、無表情のまま声をかけてくる。銀髪を揺らす風はまだ冷たいが、彼の纏う空気はどこか穏やかだった。

「いえ、溢れてません。……ただ、団長さんの大切なものがここにあるんだなと思ったら、なんだか嬉しくて」
「……そうか。なら、その幸福感で中身の鮮度でも保っておけ」

 ウォルターはふいと視線を逸らしたが、その歩幅はフィノの小さな歩みに完璧に合わせてある。
 やがて、部隊は切り立った岩陰の野営地に到着した。
 騎士たちが手際よく天幕を張り、焚き火の準備を始める。これまでの遠征なら、ここで硬い干し肉と凍ったパンが配られるのが常だった。

「カミル。今夜は俺がやる」

 ウォルターが籠手を外しながら、調理場へと歩み寄る。
 副官のカミルは、待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。

「おっ、団長の気まぐれキッチン開店ですか!フィノちゃん、期待していいよ。団長、料理に関しては騎士団一の偏屈だから」
「カミル、余計なことを言うな。フィノ、……例のものを出せ」

 ウォルターがフィノの前に立つ。
 彼の大きな掌が、フィノのミルクティー色の髪を軽く撫でた。それだけで、フィノの体内空間に溜まっていたわずかな疲れが、魔法のように霧散していく。

「はい!一番いいやつですね」

 フィノは体内空間の「食糧庫」へ意識を潜らせた。
 そこには、王都を出る前にカミルが用意した食材だけでなく、フィノが道中で「ついでに」とウォルターに許可をもらって回収したものが詰まっている。
 フィノが空間に手を差し入れると、虚空から瑞々しい大根や、丁寧に下処理された鹿肉、そして色鮮やかな香草が次々と現れた。

「……ほう。この香草、まだ露が残っているな」

 ウォルターが鹿肉を手に取り、その弾力を確かめる。
 彼は大きなナイフを抜くと、迷いのない手つきで肉を切り分けた。焚き火の上の大鍋では、フィノが収納していた「王都の湧き水」が勢いよく煮え立っている。

 フィノは、ウォルターの背中を見つめながら、その横で野菜の皮を剥く手伝いを始めた。
 無骨な騎士団長が、繊細な手つきでハーブを刻み、スープに香りを乗せていく。
 周囲では、他の騎士たちが「今夜は豪華だぞ」「団長の鹿肉スープが食えるのか!」と、まるでお祭りの前のような騒ぎになっている。

「フィノ、そこのスパイスは」
「これですか?ええと、一番奥に隠してあった……」
「そうだ。……お前の空間は、温度が一定なのがいい。特にこのスパイスは湿気に弱いが、完璧な状態だ」

 ウォルターがフィノの手からスパイスを受け取る。その際、指先同士がかすかに触れ合った。
 ごつごつとした節くれだった指。けれど、その感触は驚くほど優しく、フィノの指先に微かな熱を残していった。
 フィノは、どきりとした心臓の音を悟られないよう、必死に大根の皮を剥く作業に集中する。

 やがて、森の中に暴力的なまでに食欲をそそる匂いが立ち上った。
 肉の旨味とハーブの爽やかさが溶け合い、冷えた空気を美味しく塗りつぶしていく。

「……味を見ろ」

 ウォルターが木匙でスープを掬うと、フィノの口元に差し出した。
 彼は昨日と同じように、熱くないよう丁寧に息を吹きかけてから、フィノが食べるのを待っている。

「あっ、はい……」

 至近距離に、ウォルターの灰色の瞳がある。
 フィノは緊張で喉を鳴らしながら、一匙のスープを啜った。

「――っ!おいしい……。お肉がすごく柔らかくて、体が中から燃えるみたいです」
「そうか。お前の空間で熟成が進んでいたようだな。……いい箱だ」
「箱だけじゃなくて、中身も褒めてください」

 つい口を突いて出た言葉に、フィノは自分でも驚いた。
 ウォルターは一瞬、呆気に取られたように目を見開いたが、すぐに口元を歪めて小さく笑った。

「……そうだな。……よくやった、フィノ」

 大きな手が再びフィノの頭を包み込み、わしゃわしゃと乱暴に、けれど慈しむように揺らした。
 
 配膳が始まると、野営地は歓喜の渦に包まれた。
 騎士たちは熱々のスープを吸い込み、フィノの「収納」の素晴らしさと、団長の腕前を交互に称賛している。
 男たちの笑い声が響き渡る。

「団長、これ本当に最高ですよ!フィノちゃんが来てから、遠征がピクニックみたいだ」
「カミル。口を動かす暇があるなら、明日の進軍路を再確認しておけ」

 ウォルターはぶっきらぼうに返したが、その手元には自分用の食事はなく、代わりにフィノの皿へ、一番大きな肉の塊を盛り付けていた。

「団長さんも食べてください。私の『中身』より、団長さんの体の方が大事ですから」
「……俺は最後でいい。お前が満たされなければ、明日からの供給に支障が出る」
「また、そんな理屈ばっかり……」

 フィノは膨れっ面をしてみせたが、ウォルターが自分のために必死に「最高の一杯」を作ってくれたことは、言葉がなくても伝わっていた。
 前の主であるエリックは、いつも「一番いい肉」を自分で食べ、フィノには骨や余り物しか与えなかった。
 けれどウォルターは、自分を「性能のいい道具」として使い勝手を褒める一方で、その実、フィノという一人の存在に一番栄養のあるものを食べさせようとする。

 フィノは、温かいスープを胃に流し込みながら、じわじわと広がる幸福感を噛み締めた。
 美味しい。
 そして、この人の隣は、どんな豪華な宝箱の中よりも居心地が良い。

「……あの、団長さん。食べ終わったら、またあのお菓子を収納してもいいですか?」
「お菓子?……ああ、昨日の残りか」
「違います。団長さんがさっきこっそり焼いていた、新しいやつです。匂いで分かっちゃいました」

 フィノが鼻をひくつかせると、ウォルターは雷に打たれたように固まった。
 彼は気まずそうに咳払いをし、焚き火の火を弄り始める。

「……ただの試作だ。捨てるのが忍びなかっただけだ」
「嘘ばっかり。私にくれるために、準備してくれてたんですよね?」
「…………寝ろ。これ以上喋るなら、明日の朝食は抜きだ」

 赤くなった耳を隠すように、ウォルターが背中を向ける。
 フィノはくすくすと笑いながら、自分の空間にまた一つ、甘い秘密が増えることを確信していた。

 夜が更け、騎士団が静まり返る頃。
 フィノはウォルターから預かった銀の匙に、そっと指先で触れた。
 ここには今、食べ物だけじゃない、たくさんの「温かいもの」が詰まっている。
 
 道具として拾われたはずの自分が、いつの間にか、この無愛想な主の胃袋と心を支える唯一の存在になりつつあることに、フィノはまだ、自分でも気づいていなかった。
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