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3話
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ヴォルフ陛下に抱き上げられたまま、僕は豪華な馬車へと運び込まれた。
「あの、陛下……。少し外の空気を吸いたいと言ったのは僕ですが、これでは……」
「これでは、何だ。お前を歩かせろとでも? 無理だな。昨夜の今日で、お前の足腰がまともに機能するとは思えん」
向かい合わせではなく、当然のように陛下の膝の上に座らされる。
皇帝専用の馬車は広く、外からは中の様子が一切見えない魔法がかけられているという。
けれど、すぐ間近に控える侍従たちの視線が気になって、僕は顔を上げることができない。
「……恥ずかしいです。皆に見られて……」
「見せびらかしているのだ。手出しをすればどうなるか、その身に刻ませるために。――おい、窓を開けろ」
ヴォルフ陛下が命じると、馬車の分厚いカーテンが引かれた。
帝都の活気ある街並みが視界に入る。
けれど、街の人々が馬車の紋章を見た瞬間、一斉に道を開け、深々と頭を下げる様子に僕は息を呑んだ。
この人は、本当にこの国の頂点に立つ支配者なのだ。
そんな人が、どうして僕のような、何も持たない「無能」を離さないのだろう。
「……ユキ。外など見るな。私を見ろ」
不機嫌そうな声と共に、グイと頬を掴まれて視線を固定される。
陛下の碧眼には、隠そうともしない独占欲が渦巻いていた。
「……すみません。ただ、空が綺麗だったので……」
「空よりも私の方がお前を愛でている。……ふん、やはり外に出すべきではなかったな。お前のその無防備な顔を、一秒たりとも他人の目に晒したくない」
陛下は僕の首筋に顔を埋め、深く呼吸をした。
昨夜、何度も繰り返されたその動作に、僕の身体は勝手に反応して熱を帯びる。
その時だった。
馬車が帝都の中央広場に差し掛かったところで、一団の騎士たちが道を塞ぐように立ちはだかった。
「ヴォルフ陛下! ザハト帝国への表敬訪問に参りました、エデン教国の使節団にございます!」
その声を聞いた瞬間、僕の身体は凍りついた。
エデン教国――僕を「無能」と呼び、地下に幽閉し、この国へ生贄として差し出した、僕の故郷。
「……っ、あの声……」
「知っている奴か、ユキ」
ヴォルフ陛下の声が、一瞬で温度を失った。
窓の外を見ると、そこには僕を散々いたぶってきた神殿の近衛騎士、ロイズが立っていた。
彼は僕が馬車の中にいることに気づくと、卑しい笑みを浮かべて叫んだ。
「おお、そこにいるのはユキではないか! 陛下、そいつは我が国が捨てた欠陥品。もしや、夜の相手も務まらずに粗相をしておりませんか? 必要であれば、私が代わりに躾け直して――」
ロイズの言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「――消えろ」
ヴォルフ陛下が短く呟いた瞬間、馬車の中から凄まじい魔力の奔流が溢れ出した。
大気が震え、広場にいた人々がその重圧に悲鳴を上げて膝をつく。
「な、何だ……っ!? この圧力は……っ!」
「私の所有物を、躾けるだと? ……その汚らわしい口、二度と開けぬよう引き裂いてやろうか」
ヴォルフ陛下が馬車から一歩、外へ踏み出した。
その背中は、山のように大きく、そして恐ろしい。
陛下の手には、いつの間にか漆黒の魔力が集い、鋭い刃のような形を成していた。
「ひ、ひいぃっ! も、申し訳ございません! ただの冗談で……っ!」
「冗談? 貴様ら教国の人間が、ユキをどれほど虐げてきたか。……その対価は、いずれ国ごと支払わせてやる。まずはその不敬な舌を寄越せ」
「陛下、待ってください!」
僕は思わず馬車から飛び出し、陛下の腕に縋りついた。
これ以上、僕のために血を流してほしくなかった。
それに、陛下の魔力がこれ以上高まれば、また昨夜のように理性を失ってしまうのではないかと怖かったのだ。
「……ユキ。止めるな。こいつは今、お前を侮辱した」
「……もう、大丈夫ですから。僕は今、陛下のそばにいます。だから……」
僕は必死に、陛下の大きな手に自分の手を重ねた。
すると、あんなに荒れ狂っていた陛下の魔力が、スウ……と僕の手のひらへ吸い込まれていく。
「……っ、はあ……。お前という奴は……」
ヴォルフ陛下の瞳に宿っていた狂気が、わずかに和らぐ。
彼は僕を再び抱き寄せると、震えるロイズたちを一瞥し、冷酷に告げた。
「失せろ。次にお前の主(あるじ)が私の前に立つ時は、首を洗っておけとな」
馬車は再び走り出す。
街の喧騒から離れた車内で、ヴォルフ陛下は僕をこれまでにないほど強く、壊さんばかりに抱きしめた。
「……ユキ。お前は甘すぎる」
「……陛下が、怖かったので……」
「フン……。だが、お前が私に触れるたび、私の狂気が鎮まるのは事実だ。――おい、魔力が昂ぶってきた。お前のせいだぞ」
「え……っ? あ、あの、ここは馬車の中で……」
「関係ない。……私の毒を吸い取れ。……いいな?」
強引な唇が、再び僕の声を奪う。
外では騎士たちが護衛しているというのに。
僕は、陛下の執着という名の熱に、またしても溺れていくしかなかった――。
「あの、陛下……。少し外の空気を吸いたいと言ったのは僕ですが、これでは……」
「これでは、何だ。お前を歩かせろとでも? 無理だな。昨夜の今日で、お前の足腰がまともに機能するとは思えん」
向かい合わせではなく、当然のように陛下の膝の上に座らされる。
皇帝専用の馬車は広く、外からは中の様子が一切見えない魔法がかけられているという。
けれど、すぐ間近に控える侍従たちの視線が気になって、僕は顔を上げることができない。
「……恥ずかしいです。皆に見られて……」
「見せびらかしているのだ。手出しをすればどうなるか、その身に刻ませるために。――おい、窓を開けろ」
ヴォルフ陛下が命じると、馬車の分厚いカーテンが引かれた。
帝都の活気ある街並みが視界に入る。
けれど、街の人々が馬車の紋章を見た瞬間、一斉に道を開け、深々と頭を下げる様子に僕は息を呑んだ。
この人は、本当にこの国の頂点に立つ支配者なのだ。
そんな人が、どうして僕のような、何も持たない「無能」を離さないのだろう。
「……ユキ。外など見るな。私を見ろ」
不機嫌そうな声と共に、グイと頬を掴まれて視線を固定される。
陛下の碧眼には、隠そうともしない独占欲が渦巻いていた。
「……すみません。ただ、空が綺麗だったので……」
「空よりも私の方がお前を愛でている。……ふん、やはり外に出すべきではなかったな。お前のその無防備な顔を、一秒たりとも他人の目に晒したくない」
陛下は僕の首筋に顔を埋め、深く呼吸をした。
昨夜、何度も繰り返されたその動作に、僕の身体は勝手に反応して熱を帯びる。
その時だった。
馬車が帝都の中央広場に差し掛かったところで、一団の騎士たちが道を塞ぐように立ちはだかった。
「ヴォルフ陛下! ザハト帝国への表敬訪問に参りました、エデン教国の使節団にございます!」
その声を聞いた瞬間、僕の身体は凍りついた。
エデン教国――僕を「無能」と呼び、地下に幽閉し、この国へ生贄として差し出した、僕の故郷。
「……っ、あの声……」
「知っている奴か、ユキ」
ヴォルフ陛下の声が、一瞬で温度を失った。
窓の外を見ると、そこには僕を散々いたぶってきた神殿の近衛騎士、ロイズが立っていた。
彼は僕が馬車の中にいることに気づくと、卑しい笑みを浮かべて叫んだ。
「おお、そこにいるのはユキではないか! 陛下、そいつは我が国が捨てた欠陥品。もしや、夜の相手も務まらずに粗相をしておりませんか? 必要であれば、私が代わりに躾け直して――」
ロイズの言葉が最後まで紡がれることはなかった。
「――消えろ」
ヴォルフ陛下が短く呟いた瞬間、馬車の中から凄まじい魔力の奔流が溢れ出した。
大気が震え、広場にいた人々がその重圧に悲鳴を上げて膝をつく。
「な、何だ……っ!? この圧力は……っ!」
「私の所有物を、躾けるだと? ……その汚らわしい口、二度と開けぬよう引き裂いてやろうか」
ヴォルフ陛下が馬車から一歩、外へ踏み出した。
その背中は、山のように大きく、そして恐ろしい。
陛下の手には、いつの間にか漆黒の魔力が集い、鋭い刃のような形を成していた。
「ひ、ひいぃっ! も、申し訳ございません! ただの冗談で……っ!」
「冗談? 貴様ら教国の人間が、ユキをどれほど虐げてきたか。……その対価は、いずれ国ごと支払わせてやる。まずはその不敬な舌を寄越せ」
「陛下、待ってください!」
僕は思わず馬車から飛び出し、陛下の腕に縋りついた。
これ以上、僕のために血を流してほしくなかった。
それに、陛下の魔力がこれ以上高まれば、また昨夜のように理性を失ってしまうのではないかと怖かったのだ。
「……ユキ。止めるな。こいつは今、お前を侮辱した」
「……もう、大丈夫ですから。僕は今、陛下のそばにいます。だから……」
僕は必死に、陛下の大きな手に自分の手を重ねた。
すると、あんなに荒れ狂っていた陛下の魔力が、スウ……と僕の手のひらへ吸い込まれていく。
「……っ、はあ……。お前という奴は……」
ヴォルフ陛下の瞳に宿っていた狂気が、わずかに和らぐ。
彼は僕を再び抱き寄せると、震えるロイズたちを一瞥し、冷酷に告げた。
「失せろ。次にお前の主(あるじ)が私の前に立つ時は、首を洗っておけとな」
馬車は再び走り出す。
街の喧騒から離れた車内で、ヴォルフ陛下は僕をこれまでにないほど強く、壊さんばかりに抱きしめた。
「……ユキ。お前は甘すぎる」
「……陛下が、怖かったので……」
「フン……。だが、お前が私に触れるたび、私の狂気が鎮まるのは事実だ。――おい、魔力が昂ぶってきた。お前のせいだぞ」
「え……っ? あ、あの、ここは馬車の中で……」
「関係ない。……私の毒を吸い取れ。……いいな?」
強引な唇が、再び僕の声を奪う。
外では騎士たちが護衛しているというのに。
僕は、陛下の執着という名の熱に、またしても溺れていくしかなかった――。
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