無能と捨てられた聖子は隣国の狂犬皇帝に初夜を奪われ執着される~魔力が昂ぶるたびに陛下に抱かれないと壊れてしまいそうです~

たら昆布

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8話

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嵐のような「上書き」の儀式から、二日が過ぎた。

教国の呪いを無理やり陛下の魔力で焼き切った代償は、僕の身体に新たな変化をもたらしていた。
陛下と肌を離して数時間が経つと、まるで呼吸の仕方を忘れたかのように胸が苦しくなり、指先が凍えるように冷たくなってしまうのだ。

「……はぁ、……っ、あ……」

離宮の長椅子に横たわっていると、またあの「渇き」がやってくる。
僕は無意識に、左手の薬指に嵌められた指輪を唇に押し当てた。
陛下の残り香を必死に探すその姿は、自分でも驚くほど、彼に依存しきっている。

「……困るな。そんなに兄上を欲しがるなんて、毒が回りすぎじゃないか?」

テラスの扉を開けて入ってきたのは、第二皇子のセルディク様だった。
彼は僕の青ざめた顔を見ると、呆れたように、けれどどこか楽しげに首を振った。

「セルディク、様……。陛下は……?」

「兄上なら、今ごろ謁見の間だよ。――君を捨てたはずの、あの傲慢な王子様が来ているからね」

「……っ! エドワード、様が……?」

心臓が嫌な音を立てて跳ねた。
あの人は、僕を地下牢に閉じ込め、最後には生贄としてヴォルフ陛下に差し出した張本人だ。
恐怖で震え出した僕の手を、セルディク様がそっと掴んだ。

「大丈夫だよ、ユキ君。今の兄上なら、あの王子をそのまま八つ裂きにしかねない勢いだから。……見に行こうか。君が『誰の所有物』なのか、はっきりさせるためにね」

セルディク様に支えられ、僕は初めて離宮の外へと足を踏み出した。
向かった先は、本宮の巨大な謁見の間。
重厚な扉の隙間から中を覗くと、そこには金色の装飾過多な衣装に身を包んだエドワード王子の姿があった。

「――ヴォルフ陛下! ユキは我が国の貴重な『聖子』です。一時的に貸し出したつもりでしたが、返却の時期が過ぎております。今すぐこちらへ引き渡していただきたい!」

エドワード王子の傲慢な声が広間に響く。
対するヴォルフ陛下は、高座に深く腰掛け、退屈そうに頬杖をついていた。
だが、その瞳に宿る光は、獲物を引き裂く直前の獣そのものだ。

「……返却だと? 聞き捨てならんな、小汚い鼠が」

「な、なんですと……!?」

「ユキは私が買い取った。その対価として貴様らの国の国境侵犯を黙認してやったはずだ。今さら返せなどと……どの口が抜かす?」

ヴォルフ陛下がゆっくりと立ち上がると、広間の温度が一気に氷点下まで下がったかのような錯覚に陥る。

「それに、ユキには既に私の『刻印』を刻んだ。今さら貴様らの元に戻したところで、あいつは私の魔力なしでは一日と持たぬ身体だ。……壊れた人形を、わざわざ持ち帰ってどうするつもりだ?」

「そ、それは……! 治癒の方法ならこちらで……」

「黙れ。貴様らが仕掛けたあの呪い……ユキの命を啜る汚泥のこと、忘れたとは言わせんぞ」

ドォォォォン……ッ!

ヴォルフ陛下が床を踏み鳴らすと、エドワード王子の足元の石畳が粉々に砕け散った。
悲鳴を上げて尻餅をつく王子を見下ろし、陛下は冷酷に言い放つ。

「ユキを、この私から奪おうとする者は……神であろうと、この私が殺す」

「ひっ、ひぃぃ……っ!」

僕はたまらず、扉を押し開けて広間へと駆け出した。

「陛下! もう、いいです、やめてください……っ!」

「……ユキ? なぜここに」

ヴォルフ陛下が驚いたように目を見開く。
僕は倒れ込むようにして陛下の足元に跪き、その太ももに縋りついた。
身体が冷たい。熱が欲しい。
王子の前だということも忘れ、僕は貪るように陛下の体温を求めた。

「ユキ! 貴様、何という姿を……! そんな無頼な男に色目を使って、教国の聖子としての誇りはないのか!」

エドワード王子の怒声に、僕は震えながら首を振った。

「……僕は、もう、教国の人間ではありません。……僕は、陛下の……ヴォルフ様の、もの、ですから……」

「……っ、ユキ……」

ヴォルフ陛下が僕を抱き上げ、皆の前で堂々と僕の唇を奪った。
深く、見せつけるような、所有の証明。
エドワード王子は屈辱に顔を歪ませ、絶叫した。

「貴様ら……! 覚えていろよ! 呪いが完全に解けたわけではないことを後悔させてやる!」

捨て台詞を吐いて逃げ去る王子を見送った後、ヴォルフ陛下は僕を腕の中に閉じ込めたまま、耳元で低く、けれど確かな独占欲を込めて囁いた。

「よく言った、ユキ。……お前は、一生私の腕の中で喘いでいればいい。……今夜は、一睡もさせんぞ」

僕は陛下の胸に顔を埋め、ただ、熱い涙を零した。
陰謀の影は消えていない。
けれど、この狂ったほどに力強い腕に抱かれている限り、僕はどこへでも堕ちていける。
そう確信した昼下がりだった。
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