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9話
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村との因縁を断ち切ってから、僕の生活はより一層、クロム様の色に染まっていった。
けれど、最近どうも体の調子が優れない。
朝起きるたびにひどい倦怠感に襲われ、大好きなはずのクロム様が用意してくれた食事の匂いでさえ、鼻につくようになってしまったのだ。
「……う、ぐ……っ」
「ナギ! また吐き気がするのかい? ……ヴォルグ、まだか! サリアを早く連れてこい!」
洗面所に駆け込んだ僕の背中を、クロム様が青い顔をしてさすってくれる。
世界の覇者であるはずの彼が、僕の体調不良ひとつで、今にも神殿を壊しそうなほど狼狽している。
「主様、お連れいたしました」
ヴォルグの声と共に、コツコツと理知的な靴音が響いた。
現れたのは、赤い眼鏡をかけた、凛とした佇まいの美女だった。
「やれやれ。龍神様ともあろうお方が、番を不安にさせてどうするんですか。……ナギさん、初めまして。サリアです」
「あ……初めまして、サリアさん……っ。すみません、こんな姿で……」
「いいのよ。……クロム、少し席を外して。診察の邪魔だわ」
「……嫌だ。僕が側についている」
「アルファの圧が強すぎて、ナギさんの負担になってるのがわからない? 下がって」
サリアさんの毅然とした態度に、あのクロム様が「ぐぬぬ……」と唸りながらも、しぶしぶ寝室の隅へと退いた。
サリアさんは僕の手首を取り、脈を測りながら、優しく、けれど手際よく診察を進めていく。
彼女の指先から流れてくる温かな魔力が、僕の荒れた胃の腑を鎮めてくれるようだった。
「……なるほどね。ナギさん、少し驚くかもしれないけれど、聞いてちょうだい」
「はい……」
「あなたの今の不調は、病気じゃないわ。……あなたの中に、新しい命が宿っているの。それも、ただの人間じゃない。……『龍の御子』よ」
――えっ?
その言葉に、部屋中の空気が凍りついた。
「懐妊、……ですか? 僕が……?」
「ええ。あなたとクロムの魂が『番』として完全に結びついた証拠。おめでとう、ナギさん」
サリアさんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、クロム様が弾かれたように僕の元へ駆け寄り、床に膝をついた。
彼は震える手で、僕のまだ平坦なお腹にそっと触れる。
「……僕と、ナギの、子供……? ……本当なのか、サリア」
「私の診断に間違いはないわ。……けれど、いい、クロム。龍の御子を育てるのは、人間のオメガの体には相当な負担がかかる。これからは、今まで以上の加護が必要になるわよ」
クロム様は、信じられないものを見るような目で僕を見つめ、それから深い、深い感極まったようなため息をついた。
そのまま、僕のお腹に顔を埋める。
「ああ……ナギ……。ありがとう。なんて愛おしいんだ。君は、どこまで僕を幸せにすれば気が済むんだい……」
「クロム、様……」
彼の目から、熱い涙が零れて僕の服を濡らした。
龍神様が泣いている。
僕のような生贄だった少年のために。
僕の中に、クロム様との絆が形となって宿っている。
その事実が、怖くもあり、けれどそれ以上に、僕を誇らしい気持ちにさせた。
「ナギ。約束する。君も、この子も、僕が命を賭して守り抜く。……何があっても、絶対に離さない」
クロム様の瞳に宿ったのは、以前のような盲目的な独占欲だけではない。
一族を守り抜く『父』としての、そしてナギの『夫』としての、揺るぎない覚悟だった。
けれど、この「龍の御子」の宿りが、やがて世界を揺るがす大きな争いの火種になることを、この時の僕はまだ知らなかった。
けれど、最近どうも体の調子が優れない。
朝起きるたびにひどい倦怠感に襲われ、大好きなはずのクロム様が用意してくれた食事の匂いでさえ、鼻につくようになってしまったのだ。
「……う、ぐ……っ」
「ナギ! また吐き気がするのかい? ……ヴォルグ、まだか! サリアを早く連れてこい!」
洗面所に駆け込んだ僕の背中を、クロム様が青い顔をしてさすってくれる。
世界の覇者であるはずの彼が、僕の体調不良ひとつで、今にも神殿を壊しそうなほど狼狽している。
「主様、お連れいたしました」
ヴォルグの声と共に、コツコツと理知的な靴音が響いた。
現れたのは、赤い眼鏡をかけた、凛とした佇まいの美女だった。
「やれやれ。龍神様ともあろうお方が、番を不安にさせてどうするんですか。……ナギさん、初めまして。サリアです」
「あ……初めまして、サリアさん……っ。すみません、こんな姿で……」
「いいのよ。……クロム、少し席を外して。診察の邪魔だわ」
「……嫌だ。僕が側についている」
「アルファの圧が強すぎて、ナギさんの負担になってるのがわからない? 下がって」
サリアさんの毅然とした態度に、あのクロム様が「ぐぬぬ……」と唸りながらも、しぶしぶ寝室の隅へと退いた。
サリアさんは僕の手首を取り、脈を測りながら、優しく、けれど手際よく診察を進めていく。
彼女の指先から流れてくる温かな魔力が、僕の荒れた胃の腑を鎮めてくれるようだった。
「……なるほどね。ナギさん、少し驚くかもしれないけれど、聞いてちょうだい」
「はい……」
「あなたの今の不調は、病気じゃないわ。……あなたの中に、新しい命が宿っているの。それも、ただの人間じゃない。……『龍の御子』よ」
――えっ?
その言葉に、部屋中の空気が凍りついた。
「懐妊、……ですか? 僕が……?」
「ええ。あなたとクロムの魂が『番』として完全に結びついた証拠。おめでとう、ナギさん」
サリアさんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、クロム様が弾かれたように僕の元へ駆け寄り、床に膝をついた。
彼は震える手で、僕のまだ平坦なお腹にそっと触れる。
「……僕と、ナギの、子供……? ……本当なのか、サリア」
「私の診断に間違いはないわ。……けれど、いい、クロム。龍の御子を育てるのは、人間のオメガの体には相当な負担がかかる。これからは、今まで以上の加護が必要になるわよ」
クロム様は、信じられないものを見るような目で僕を見つめ、それから深い、深い感極まったようなため息をついた。
そのまま、僕のお腹に顔を埋める。
「ああ……ナギ……。ありがとう。なんて愛おしいんだ。君は、どこまで僕を幸せにすれば気が済むんだい……」
「クロム、様……」
彼の目から、熱い涙が零れて僕の服を濡らした。
龍神様が泣いている。
僕のような生贄だった少年のために。
僕の中に、クロム様との絆が形となって宿っている。
その事実が、怖くもあり、けれどそれ以上に、僕を誇らしい気持ちにさせた。
「ナギ。約束する。君も、この子も、僕が命を賭して守り抜く。……何があっても、絶対に離さない」
クロム様の瞳に宿ったのは、以前のような盲目的な独占欲だけではない。
一族を守り抜く『父』としての、そしてナギの『夫』としての、揺るぎない覚悟だった。
けれど、この「龍の御子」の宿りが、やがて世界を揺るがす大きな争いの火種になることを、この時の僕はまだ知らなかった。
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