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8話
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神殿の結界が、外部からの不浄な気配を察知して微かに震えた。
報告を持って現れたのは、ヴォルグだった。彼は神殿の謁見の間の入り口で跪き、低い声で告げた。
「主様、ナギ様。……かつてナギ様がいた村の使者が、神殿の麓まで来ております。隣国との戦火に追われ、龍神様の加護を求めて泣きついてきているようです」
その言葉を聞いた瞬間、僕の指先が冷たく強張った。
地下室の冷気、投げつけられた石、罵倒の声……。忘れようとしていた記憶が、泥のように足元から這い上がってくる。
「……ナギ?」
隣に座っていたクロム様が、僕の異変にすぐさま気づき、その大きな手で僕の肩を抱き寄せた。
彼の真紅の瞳は、一瞬で温度を失い、凍てつくような冷徹さを宿す。
「ふむ……。生贄として君を谷底へ突き落とした者たちが、今度は助けを求めてきた、か」
「……」
「ヴォルグ。その使者とやらをここに連れてこい。ナギを傷つけた報いを、直接教えてやらなければならないからね」
しばらくして連れてこられたのは、かつての村長だった。
豪奢な神殿の威容に腰を抜かし、床に這いつくばっている。
「おお、龍神様! どうか、どうか我らをお守りください! 隣国の軍勢がすぐそこまで……ひっ!?」
村長が顔を上げた瞬間、僕と目が合った。
彼の顔が驚愕と、醜い期待に歪む。
「お、お前は……ナギ! 生きていたのか! ああ、神よ! ナギ、お前から龍神様に頼んでくれ! お前を育ててやった恩を忘れたわけではあるまい!?」
恩――。その言葉が、僕の胸を深く抉った。
僕を地下に閉じ込め、生贄として差し出した人たちが、今さら僕を「家族」のように呼ぶ。
あまりの身勝手さに声も出ない僕の肩に、クロム様の指が食い込んだ。
「……面白いことを言う。ナギ、君はこの男に『恩』があるのかい?」
クロム様の声は、静かすぎて逆に恐ろしかった。
僕は震える唇を噛み締め、ゆっくりと首を振った。
「……ありません。僕には、帰る場所も、恩を返す相手も……もう、いないんです」
「よく言ったね、ナギ」
クロム様は満足げに目を細めると、立ち上がった。
その瞬間、神殿内の空気が圧倒的な重圧(プレッシャー)に支配される。
村長は悲鳴を上げて床に顔を押し付けた。
「聞いたか、虫ケラ。ナギに帰る場所などない。彼は僕に見初められ、僕の番として、この神殿で一生を過ごす存在だ」
「ひ、ひぃぃっ!」
「君たちの村が焼かれようと、蹂躙されようと、僕の知ったことではない。……だが、ナギを傷つけた罪だけは清算してもらうよ」
クロム様が軽く指を鳴らすと、ヴォルグが静かに剣を抜いた。
「ま、待ってください! 助けて、ナギ! 助けてくれぇ!」
「ヴォルグ。二度とその汚い口でナギの名を呼ばせないようにしろ。……つまみ出せ。村ごと、僕の視界から消してしまえ」
ヴォルグによって引きずられていく村長の絶叫が、遠ざかっていく。
静寂が戻った謁見の間で、僕は膝をついて崩れ落ちそうになった。
それを、クロム様が力強く抱きとめる。
「……怖かったかい? でも、これでいいんだ。君の過去は、今この瞬間にすべて焼き尽くされた」
「クロム、様……」
「これからは僕だけが君の家族で、君の世界だ。……ねえ、ナギ。僕がいれば、何もいらないだろう?」
クロム様は僕を抱き上げたまま、深く、深く口付けた。
そのキスは、救いのようでもあり、鎖のようでもあった。
僕は彼の首に手を回し、自分からその熱に縋り付いた。
過去を捨て、僕は本当の意味で、この龍神様の囚われ人になったのだ。
報告を持って現れたのは、ヴォルグだった。彼は神殿の謁見の間の入り口で跪き、低い声で告げた。
「主様、ナギ様。……かつてナギ様がいた村の使者が、神殿の麓まで来ております。隣国との戦火に追われ、龍神様の加護を求めて泣きついてきているようです」
その言葉を聞いた瞬間、僕の指先が冷たく強張った。
地下室の冷気、投げつけられた石、罵倒の声……。忘れようとしていた記憶が、泥のように足元から這い上がってくる。
「……ナギ?」
隣に座っていたクロム様が、僕の異変にすぐさま気づき、その大きな手で僕の肩を抱き寄せた。
彼の真紅の瞳は、一瞬で温度を失い、凍てつくような冷徹さを宿す。
「ふむ……。生贄として君を谷底へ突き落とした者たちが、今度は助けを求めてきた、か」
「……」
「ヴォルグ。その使者とやらをここに連れてこい。ナギを傷つけた報いを、直接教えてやらなければならないからね」
しばらくして連れてこられたのは、かつての村長だった。
豪奢な神殿の威容に腰を抜かし、床に這いつくばっている。
「おお、龍神様! どうか、どうか我らをお守りください! 隣国の軍勢がすぐそこまで……ひっ!?」
村長が顔を上げた瞬間、僕と目が合った。
彼の顔が驚愕と、醜い期待に歪む。
「お、お前は……ナギ! 生きていたのか! ああ、神よ! ナギ、お前から龍神様に頼んでくれ! お前を育ててやった恩を忘れたわけではあるまい!?」
恩――。その言葉が、僕の胸を深く抉った。
僕を地下に閉じ込め、生贄として差し出した人たちが、今さら僕を「家族」のように呼ぶ。
あまりの身勝手さに声も出ない僕の肩に、クロム様の指が食い込んだ。
「……面白いことを言う。ナギ、君はこの男に『恩』があるのかい?」
クロム様の声は、静かすぎて逆に恐ろしかった。
僕は震える唇を噛み締め、ゆっくりと首を振った。
「……ありません。僕には、帰る場所も、恩を返す相手も……もう、いないんです」
「よく言ったね、ナギ」
クロム様は満足げに目を細めると、立ち上がった。
その瞬間、神殿内の空気が圧倒的な重圧(プレッシャー)に支配される。
村長は悲鳴を上げて床に顔を押し付けた。
「聞いたか、虫ケラ。ナギに帰る場所などない。彼は僕に見初められ、僕の番として、この神殿で一生を過ごす存在だ」
「ひ、ひぃぃっ!」
「君たちの村が焼かれようと、蹂躙されようと、僕の知ったことではない。……だが、ナギを傷つけた罪だけは清算してもらうよ」
クロム様が軽く指を鳴らすと、ヴォルグが静かに剣を抜いた。
「ま、待ってください! 助けて、ナギ! 助けてくれぇ!」
「ヴォルグ。二度とその汚い口でナギの名を呼ばせないようにしろ。……つまみ出せ。村ごと、僕の視界から消してしまえ」
ヴォルグによって引きずられていく村長の絶叫が、遠ざかっていく。
静寂が戻った謁見の間で、僕は膝をついて崩れ落ちそうになった。
それを、クロム様が力強く抱きとめる。
「……怖かったかい? でも、これでいいんだ。君の過去は、今この瞬間にすべて焼き尽くされた」
「クロム、様……」
「これからは僕だけが君の家族で、君の世界だ。……ねえ、ナギ。僕がいれば、何もいらないだろう?」
クロム様は僕を抱き上げたまま、深く、深く口付けた。
そのキスは、救いのようでもあり、鎖のようでもあった。
僕は彼の首に手を回し、自分からその熱に縋り付いた。
過去を捨て、僕は本当の意味で、この龍神様の囚われ人になったのだ。
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