生贄のオメガは孤独な黒龍に愛の刻印を刻まれる

たら昆布

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10話

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 ナギの懐妊が判明してから、神殿の警備は「鉄壁」という言葉ですら生ぬるいほどに強化された。
 
 クロム様は片時も僕の側を離れようとせず、政務や神殿の維持に必要な作業もすべて僕の寝室で行うようになった。サリアさんの「過保護すぎるとナギさんの毒になるわよ」という忠告も、今の彼には届かない。

「……ナギ、気分はどうだい? 少しでもお腹が張るようなら、すぐに僕に言って。……ああ、そのままで。動いてはいけないよ」
「クロム様、僕は病人じゃないんですから……。ちょっと窓を開けようとしただけですよ?」
「風が冷たい。……ヴォルグ! ナギのために、庭の温度を三度上げろ。それと、外の鳥が騒がしい。静かにさせろ」

 ヴォルグさんが「御意」と短く答え、外へ向かう。……鳥の声まで制限するなんて、流石にやりすぎだと思うけれど、クロム様の瞳はいつになく真剣だった。

 けれど、そんな静かな執着に満ちた午後、神殿の結界が「悲鳴」を上げた。

 ――ズズズ、と大地が鳴るような不快な振動。

「……来たか。身の程知らずの羽虫どもが」

 クロム様の表情から、瞬時に甘さが消えた。
 彼は僕を寝台の奥へ押し込むと、その周囲に何重もの不可視の障壁を張り巡らせる。

「クロム様? 何が起きているんですか?」
「隣国の魔導師軍団だ。……『龍の御子』が宿した強大な魔力を嗅ぎつけたらしい。僕から君を、そして僕たちの赤子を奪おうとしている」

 その言葉に、僕は血の気が引いた。
 村の人たちだけじゃない。今度は国が、僕を「道具」として狙っている。

「ナギ、ここでテトと一緒に待っているんだ。……いいかい、決して外を見てはいけないよ」

 クロム様は僕の額に一度だけ深く口付けると、翻って神殿の外へと歩み出た。

 窓の外から、爆発音と男たちの叫び声が聞こえてくる。
 僕は堪らず、テトを抱きしめながら窓の隙間から外を覗き見た。
 
 そこには、数百人の魔導師たちに包囲された、たった一人の黒衣の男がいた。

「龍神よ! そのオメガを渡せば、国を焼かずに済ませてやる! 龍の血を継ぐ子は、我ら人間が管理すべきだ!」

 魔導師たちの傲慢な叫びが響く。
 次の瞬間、クロム様が低く、地を這うような笑い声を上げた。

「……管理? 僕の番を、僕の魂を、お前たちのようなゴミが触れるというのか?」

 空が、一瞬で夜のように暗転した。
 クロム様の背中から、巨大な、あまりにも巨大な漆黒の翼が噴き出す。
 バキバキと音を立てて彼の肉体が膨れ上がり、人の形が崩れていく。
 
 現れたのは、山ほどもある巨躯を誇る、漆黒の鱗に覆われた『真の黒龍』だった。

「グォォォォォォォッ!!!」

 咆哮一閃。
 それだけで、魔導師たちが放った魔法の障壁がガラス細工のように砕け散った。
 
 龍の瞳が赤く燃え上がり、彼は一息に黒い炎を吐き出した。
 それは敵を焼くだけではない。彼らが持っていた武器も、欲も、存在そのものを虚空へと消し去る絶望の業火。

「あ……あぁ……」

 あまりの圧倒的な力に、僕は震えが止まらなかった。
 僕が毎日一緒に食事をし、甘い言葉を囁き合っていた人は、こんなにも恐ろしい「神」だったのだ。
 
 敵が一人残らず消え去った後、黒龍はゆっくりとその姿を人の形に戻した。
 返り血一つ浴びていない無欠の姿で、彼は僕のいる寝室へと戻ってくる。

「……ナギ。見てはいけないと言っただろう?」

 扉を開けたクロム様は、先ほどの怪物のような面影はなく、困ったような微笑を浮かべていた。
 けれど、その瞳の奥には、敵を殲滅した興奮と、僕への異常な執着が混ざり合った、暗い熱が灯っている。

「怖かったかい? ……でも大丈夫だ。僕がいる限り、この世界の何物も、君の指一本に触れることはできない」

 クロム様は、震える僕を毛布ごと抱きしめた。
 その腕の力は、骨が軋むほどに強い。

「君を、誰にも渡さない。……この子も、君も、一生僕だけの檻(ここ)で愛してあげるからね」

 神の力を見せつけられた後では、その言葉は甘い囁きではなく、逃れられない『呪い』のように聞こえた。
 けれど、僕は彼の腕の中で、恐怖と共に、どうしようもないほどの安堵を感じていた。
 
 世界を滅ぼすほどの力を持つ男が、僕一人にこれほどまで狂っている。
 僕は彼の腕に顔を埋め、ただ、運命の濁流に身を任せることしかできなかった。
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