生贄のオメガは孤独な黒龍に愛の刻印を刻まれる

たら昆布

文字の大きさ
11 / 20

11話

しおりを挟む
 隣国の軍勢を退けたあの日から、神殿は再び静寂を取り戻した。
 けれど、ナギの身体の中では、静かな、けれど激しい「嵐」が吹き荒れていた。

「……はぁ、……っ、あ、……クロム、さま……」

 寝台の上で、ナギは激しい熱に浮かされていた。
 通常のΩの発情期(ヒート)とは違う。内側から焼き尽くされるような熱に加え、時折、身体の芯を雷が走るような鋭い衝撃が走る。

「……ナギ! しっかりしてくれ、ナギ!」

 クロムは、ナギの痩せた手を握りしめ、必死に呼びかける。
 傍らで診察を続けていたサリアが、厳しい表情で首を振った。

「クロム、やっぱり早すぎたのよ。人間のオメガの器に、龍の王位を継ぐ子の魔力は強大すぎる。……このままだと、ナギさんの魂が御子の魔力に飲み込まれて、身体が壊れてしまうわ」
「……そんなことはさせない! 僕の命を削ってでも、ナギを助けろ!」
「薬や魔法では限界があるわ。……残された道はひとつ。あなたの『命の核(コア)』を半分、ナギさんに移し替えるしかない。……でも、そんなことをすれば、あなたは龍としての力の半分を失い、ナギさんと一生、痛みも悦びも共有することになるのよ?」

 それは、龍神にとって死にも等しい弱体化を意味していた。
 万が一、クロムが傷つけばナギも傷つき、ナギが苦しめばクロムも同等の苦しみを味わうことになる。
 
 けれど、クロムの決断に迷いはなかった。

「……構わない。僕の力など、ナギの指先一つほどの価値もない。……今すぐ、儀式の準備を」

 クロムはナギを抱き上げ、神殿の最深部にある、万年氷に閉ざされた聖域へと向かった。
 そこは、龍の魔力の源泉が湧き出る場所。

 クロムはナギを氷の祭壇に横たえ、自らもその隣に身を横たえた。
 
「ナギ……聞こえるかい? 今から、僕の魂を君に分ける。……怖くないよ。これで、僕たちは本当に、死ぬまで離れられない『ひとつ』の存在になるんだ」

 ナギは朦朧とした意識の中で、クロムの頬に触れた。

「……クロム、さま……、そんなことをしたら、あなたが……」
「いいんだ。君のいない永遠なんて、僕にはただの地獄でしかないからね」

 クロムが呪文を唱えると、彼の胸元から、眩いばかりの漆黒の光が溢れ出した。
 それがゆっくりと、ナギの胸の中へと吸い込まれていく。

「……っ、あ、ああぁぁぁぁっ!!」

 ナギの絶叫が聖域に響き渡る。
 膨大な魔力が血管を駆け巡り、細胞一つひとつを龍の加護で書き換えていく。
 あまりの苦痛にのけ反るナギを、クロムは逃がさないように強く、強く抱きしめた。

「……くっ、……あ、……ぁぁ……!」

 同時に、クロムの口からも苦悶の声が漏れる。
 サリアの言った通りだ。ナギの味わっている裂けるような苦痛が、そのままクロムの神経を焼き焦がしていく。
 
 けれど、クロムは笑っていた。
 ナギと同じ痛みを感じている。ナギと同じ熱に浮かされている。
 その事実が、独占欲に狂う彼にとっては、何よりの悦楽だった。

「……はぁ、……はぁ、……ナギ……。感じるかい? 僕の、鼓動が……君の中で……鳴っている……」

 やがて光が収まった時、ナギの呼吸は劇的に穏やかになっていた。
 顔色は赤みを帯び、肌からは先ほどまでの不吉な熱が消え、代わりに神々しいまでの輝きを放っている。

 ナギはゆっくりと目を開けた。
 翠の瞳の中に、微かにクロムと同じ真紅の光が混ざっている。

「……クロム、さま……? なんだか、あなたの気持ちが……流れてくる……みたいです……」
「ああ……僕もだよ、ナギ。君が今、僕を愛おしいと思ってくれているのが……痛いほど伝わってくる」

 二人は、どちらからともなく唇を重ねた。
 それは以前のどの口付けよりも深く、濃密だった。
 心臓が二つ、けれど魂は一つ。
 
 ナギをこの世界から完全に切り離し、自分だけの番として完成させたクロムは、その疲弊した身体で、最高に幸福な微笑みを浮かべるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

手切れ金

のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。 貴族×貧乏貴族

処理中です...