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11話
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隣国の軍勢を退けたあの日から、神殿は再び静寂を取り戻した。
けれど、ナギの身体の中では、静かな、けれど激しい「嵐」が吹き荒れていた。
「……はぁ、……っ、あ、……クロム、さま……」
寝台の上で、ナギは激しい熱に浮かされていた。
通常のΩの発情期(ヒート)とは違う。内側から焼き尽くされるような熱に加え、時折、身体の芯を雷が走るような鋭い衝撃が走る。
「……ナギ! しっかりしてくれ、ナギ!」
クロムは、ナギの痩せた手を握りしめ、必死に呼びかける。
傍らで診察を続けていたサリアが、厳しい表情で首を振った。
「クロム、やっぱり早すぎたのよ。人間のオメガの器に、龍の王位を継ぐ子の魔力は強大すぎる。……このままだと、ナギさんの魂が御子の魔力に飲み込まれて、身体が壊れてしまうわ」
「……そんなことはさせない! 僕の命を削ってでも、ナギを助けろ!」
「薬や魔法では限界があるわ。……残された道はひとつ。あなたの『命の核(コア)』を半分、ナギさんに移し替えるしかない。……でも、そんなことをすれば、あなたは龍としての力の半分を失い、ナギさんと一生、痛みも悦びも共有することになるのよ?」
それは、龍神にとって死にも等しい弱体化を意味していた。
万が一、クロムが傷つけばナギも傷つき、ナギが苦しめばクロムも同等の苦しみを味わうことになる。
けれど、クロムの決断に迷いはなかった。
「……構わない。僕の力など、ナギの指先一つほどの価値もない。……今すぐ、儀式の準備を」
クロムはナギを抱き上げ、神殿の最深部にある、万年氷に閉ざされた聖域へと向かった。
そこは、龍の魔力の源泉が湧き出る場所。
クロムはナギを氷の祭壇に横たえ、自らもその隣に身を横たえた。
「ナギ……聞こえるかい? 今から、僕の魂を君に分ける。……怖くないよ。これで、僕たちは本当に、死ぬまで離れられない『ひとつ』の存在になるんだ」
ナギは朦朧とした意識の中で、クロムの頬に触れた。
「……クロム、さま……、そんなことをしたら、あなたが……」
「いいんだ。君のいない永遠なんて、僕にはただの地獄でしかないからね」
クロムが呪文を唱えると、彼の胸元から、眩いばかりの漆黒の光が溢れ出した。
それがゆっくりと、ナギの胸の中へと吸い込まれていく。
「……っ、あ、ああぁぁぁぁっ!!」
ナギの絶叫が聖域に響き渡る。
膨大な魔力が血管を駆け巡り、細胞一つひとつを龍の加護で書き換えていく。
あまりの苦痛にのけ反るナギを、クロムは逃がさないように強く、強く抱きしめた。
「……くっ、……あ、……ぁぁ……!」
同時に、クロムの口からも苦悶の声が漏れる。
サリアの言った通りだ。ナギの味わっている裂けるような苦痛が、そのままクロムの神経を焼き焦がしていく。
けれど、クロムは笑っていた。
ナギと同じ痛みを感じている。ナギと同じ熱に浮かされている。
その事実が、独占欲に狂う彼にとっては、何よりの悦楽だった。
「……はぁ、……はぁ、……ナギ……。感じるかい? 僕の、鼓動が……君の中で……鳴っている……」
やがて光が収まった時、ナギの呼吸は劇的に穏やかになっていた。
顔色は赤みを帯び、肌からは先ほどまでの不吉な熱が消え、代わりに神々しいまでの輝きを放っている。
ナギはゆっくりと目を開けた。
翠の瞳の中に、微かにクロムと同じ真紅の光が混ざっている。
「……クロム、さま……? なんだか、あなたの気持ちが……流れてくる……みたいです……」
「ああ……僕もだよ、ナギ。君が今、僕を愛おしいと思ってくれているのが……痛いほど伝わってくる」
二人は、どちらからともなく唇を重ねた。
それは以前のどの口付けよりも深く、濃密だった。
心臓が二つ、けれど魂は一つ。
ナギをこの世界から完全に切り離し、自分だけの番として完成させたクロムは、その疲弊した身体で、最高に幸福な微笑みを浮かべるのだった。
けれど、ナギの身体の中では、静かな、けれど激しい「嵐」が吹き荒れていた。
「……はぁ、……っ、あ、……クロム、さま……」
寝台の上で、ナギは激しい熱に浮かされていた。
通常のΩの発情期(ヒート)とは違う。内側から焼き尽くされるような熱に加え、時折、身体の芯を雷が走るような鋭い衝撃が走る。
「……ナギ! しっかりしてくれ、ナギ!」
クロムは、ナギの痩せた手を握りしめ、必死に呼びかける。
傍らで診察を続けていたサリアが、厳しい表情で首を振った。
「クロム、やっぱり早すぎたのよ。人間のオメガの器に、龍の王位を継ぐ子の魔力は強大すぎる。……このままだと、ナギさんの魂が御子の魔力に飲み込まれて、身体が壊れてしまうわ」
「……そんなことはさせない! 僕の命を削ってでも、ナギを助けろ!」
「薬や魔法では限界があるわ。……残された道はひとつ。あなたの『命の核(コア)』を半分、ナギさんに移し替えるしかない。……でも、そんなことをすれば、あなたは龍としての力の半分を失い、ナギさんと一生、痛みも悦びも共有することになるのよ?」
それは、龍神にとって死にも等しい弱体化を意味していた。
万が一、クロムが傷つけばナギも傷つき、ナギが苦しめばクロムも同等の苦しみを味わうことになる。
けれど、クロムの決断に迷いはなかった。
「……構わない。僕の力など、ナギの指先一つほどの価値もない。……今すぐ、儀式の準備を」
クロムはナギを抱き上げ、神殿の最深部にある、万年氷に閉ざされた聖域へと向かった。
そこは、龍の魔力の源泉が湧き出る場所。
クロムはナギを氷の祭壇に横たえ、自らもその隣に身を横たえた。
「ナギ……聞こえるかい? 今から、僕の魂を君に分ける。……怖くないよ。これで、僕たちは本当に、死ぬまで離れられない『ひとつ』の存在になるんだ」
ナギは朦朧とした意識の中で、クロムの頬に触れた。
「……クロム、さま……、そんなことをしたら、あなたが……」
「いいんだ。君のいない永遠なんて、僕にはただの地獄でしかないからね」
クロムが呪文を唱えると、彼の胸元から、眩いばかりの漆黒の光が溢れ出した。
それがゆっくりと、ナギの胸の中へと吸い込まれていく。
「……っ、あ、ああぁぁぁぁっ!!」
ナギの絶叫が聖域に響き渡る。
膨大な魔力が血管を駆け巡り、細胞一つひとつを龍の加護で書き換えていく。
あまりの苦痛にのけ反るナギを、クロムは逃がさないように強く、強く抱きしめた。
「……くっ、……あ、……ぁぁ……!」
同時に、クロムの口からも苦悶の声が漏れる。
サリアの言った通りだ。ナギの味わっている裂けるような苦痛が、そのままクロムの神経を焼き焦がしていく。
けれど、クロムは笑っていた。
ナギと同じ痛みを感じている。ナギと同じ熱に浮かされている。
その事実が、独占欲に狂う彼にとっては、何よりの悦楽だった。
「……はぁ、……はぁ、……ナギ……。感じるかい? 僕の、鼓動が……君の中で……鳴っている……」
やがて光が収まった時、ナギの呼吸は劇的に穏やかになっていた。
顔色は赤みを帯び、肌からは先ほどまでの不吉な熱が消え、代わりに神々しいまでの輝きを放っている。
ナギはゆっくりと目を開けた。
翠の瞳の中に、微かにクロムと同じ真紅の光が混ざっている。
「……クロム、さま……? なんだか、あなたの気持ちが……流れてくる……みたいです……」
「ああ……僕もだよ、ナギ。君が今、僕を愛おしいと思ってくれているのが……痛いほど伝わってくる」
二人は、どちらからともなく唇を重ねた。
それは以前のどの口付けよりも深く、濃密だった。
心臓が二つ、けれど魂は一つ。
ナギをこの世界から完全に切り離し、自分だけの番として完成させたクロムは、その疲弊した身体で、最高に幸福な微笑みを浮かべるのだった。
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