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12話
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魂を分かつ儀式を経て、僕の身体は見違えるほど楽になった。
お腹の中で微かに蠢く「龍の御子」の気配も、以前のような暴力的な奔流ではなく、今は穏やかな陽だまりのように僕を温めている。
けれど、その代償は小さくなかった。
「……っ」
ふとした時、隣に座るクロム様が眉をひそめ、胸を押さえるのを見てしまった。
彼が僕に分け与えてくれたのは、単なる魔力ではない。彼の命そのものだ。かつてのように「無敵の神」として振る舞うには、今の彼の身体はあまりに僕と繋がりすぎていた。
「クロム様、また痛むんですか……? 僕が、無理をさせてしまったから」
「……何を言うんだい、ナギ。これは僕が望んだことだ。君の痛みが僕に流れ、僕の安らぎが君に伝わる。これほど幸福なことはないよ」
クロム様は蒼白な顔で微笑み、僕の指先を愛おしげに弄ぶ。
けれど、その安穏な時間は長くは続かなかった。
「主様。……結界の端で、妙な動きがあります」
ヴォルグが影の中から現れ、低い声で告げた。
隣国の軍勢は一度壊滅させたはずだが、今度は武力ではなく、呪術に長けた暗殺者たちが神殿の隙を狙っているという。
「……クロム様が力を分けたことを、嗅ぎつけたのでしょうか」
「おそらくね。龍神が力を失った今こそ、御子を奪う好機だと考えたのだろう。……愚かなことだ」
クロム様は立ち上がった。その足取りには、以前のような絶対的な威圧感が欠けているように見えた。僕は咄嗟に彼の服の袖を掴んだ。
「……行かないでください。僕も一緒に行きます」
「だめだよ、ナギ。君とお腹の子を危険に晒すわけにはいかない。……ヴォルグ、サリア。僕が戻るまで、何があってもナギの側を離れるな。……テト、お前もだ」
クロム様の命令は絶対だった。
彼は僕の額に深く口付けると、一人、神殿の入り口へと向かった。
「……大丈夫よ、ナギさん。あの男はああ見えて、自分の命よりあなたの安全を優先する執念深さを持っているわ。……さあ、中に入りましょう」
サリアさんに促され、僕は神殿の奥へと戻った。
けれど、クロム様が去った直後から、胸の奥がざわついて止まらない。
魂を分けたからこそ分かるのだ。……今のクロム様は、ひどく「焦って」いる。
「……きゅう、……うぅ……」
テトが僕の足元で不安そうに鳴く。
ヴォルグさんは無言で剣を抜き、部屋の入り口で仁王立ちになっていた。
「ヴォルグさん……クロム様は、本当にお一人で大丈夫なんですか?」
「……主様は、ナギ様を守るためなら、世界を敵に回してでも生き残るお方です。……我々は、信じて待つしかありません」
その時だった。
ドォォォォォン……!
神殿の遥か下方で、地響きのような爆鳴が轟いた。
それと同時に、僕の胸に鋭い痛みが走る。
「……う、あ……っ!」
「ナギさん!?」
僕が崩れ落ちると同時に、サリアさんが僕を支えた。
間違いない。今、クロム様が傷ついた。
僕の身体が、彼の苦痛を鏡のように映し出している。
「……クロム、様……、いやだ……、戻ってきて……!」
僕は震える手でお腹を抱えた。
繋がっているからこそ分かる、彼の消耗。
龍神様が、僕のためにその身を削って戦っている。
かつて生贄として捨てられた僕を救ってくれたその腕が、今、闇の中で傷だらけになっているのだ。
僕はただ待っているだけの自分に、初めて激しい怒りと、そして「彼を助けたい」という強い願いを抱いた。
お腹の中で微かに蠢く「龍の御子」の気配も、以前のような暴力的な奔流ではなく、今は穏やかな陽だまりのように僕を温めている。
けれど、その代償は小さくなかった。
「……っ」
ふとした時、隣に座るクロム様が眉をひそめ、胸を押さえるのを見てしまった。
彼が僕に分け与えてくれたのは、単なる魔力ではない。彼の命そのものだ。かつてのように「無敵の神」として振る舞うには、今の彼の身体はあまりに僕と繋がりすぎていた。
「クロム様、また痛むんですか……? 僕が、無理をさせてしまったから」
「……何を言うんだい、ナギ。これは僕が望んだことだ。君の痛みが僕に流れ、僕の安らぎが君に伝わる。これほど幸福なことはないよ」
クロム様は蒼白な顔で微笑み、僕の指先を愛おしげに弄ぶ。
けれど、その安穏な時間は長くは続かなかった。
「主様。……結界の端で、妙な動きがあります」
ヴォルグが影の中から現れ、低い声で告げた。
隣国の軍勢は一度壊滅させたはずだが、今度は武力ではなく、呪術に長けた暗殺者たちが神殿の隙を狙っているという。
「……クロム様が力を分けたことを、嗅ぎつけたのでしょうか」
「おそらくね。龍神が力を失った今こそ、御子を奪う好機だと考えたのだろう。……愚かなことだ」
クロム様は立ち上がった。その足取りには、以前のような絶対的な威圧感が欠けているように見えた。僕は咄嗟に彼の服の袖を掴んだ。
「……行かないでください。僕も一緒に行きます」
「だめだよ、ナギ。君とお腹の子を危険に晒すわけにはいかない。……ヴォルグ、サリア。僕が戻るまで、何があってもナギの側を離れるな。……テト、お前もだ」
クロム様の命令は絶対だった。
彼は僕の額に深く口付けると、一人、神殿の入り口へと向かった。
「……大丈夫よ、ナギさん。あの男はああ見えて、自分の命よりあなたの安全を優先する執念深さを持っているわ。……さあ、中に入りましょう」
サリアさんに促され、僕は神殿の奥へと戻った。
けれど、クロム様が去った直後から、胸の奥がざわついて止まらない。
魂を分けたからこそ分かるのだ。……今のクロム様は、ひどく「焦って」いる。
「……きゅう、……うぅ……」
テトが僕の足元で不安そうに鳴く。
ヴォルグさんは無言で剣を抜き、部屋の入り口で仁王立ちになっていた。
「ヴォルグさん……クロム様は、本当にお一人で大丈夫なんですか?」
「……主様は、ナギ様を守るためなら、世界を敵に回してでも生き残るお方です。……我々は、信じて待つしかありません」
その時だった。
ドォォォォォン……!
神殿の遥か下方で、地響きのような爆鳴が轟いた。
それと同時に、僕の胸に鋭い痛みが走る。
「……う、あ……っ!」
「ナギさん!?」
僕が崩れ落ちると同時に、サリアさんが僕を支えた。
間違いない。今、クロム様が傷ついた。
僕の身体が、彼の苦痛を鏡のように映し出している。
「……クロム、様……、いやだ……、戻ってきて……!」
僕は震える手でお腹を抱えた。
繋がっているからこそ分かる、彼の消耗。
龍神様が、僕のためにその身を削って戦っている。
かつて生贄として捨てられた僕を救ってくれたその腕が、今、闇の中で傷だらけになっているのだ。
僕はただ待っているだけの自分に、初めて激しい怒りと、そして「彼を助けたい」という強い願いを抱いた。
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