生贄のオメガは孤独な黒龍に愛の刻印を刻まれる

たら昆布

文字の大きさ
12 / 20

12話

しおりを挟む
 魂を分かつ儀式を経て、僕の身体は見違えるほど楽になった。
 お腹の中で微かに蠢く「龍の御子」の気配も、以前のような暴力的な奔流ではなく、今は穏やかな陽だまりのように僕を温めている。

 けれど、その代償は小さくなかった。

「……っ」

 ふとした時、隣に座るクロム様が眉をひそめ、胸を押さえるのを見てしまった。
 彼が僕に分け与えてくれたのは、単なる魔力ではない。彼の命そのものだ。かつてのように「無敵の神」として振る舞うには、今の彼の身体はあまりに僕と繋がりすぎていた。

「クロム様、また痛むんですか……? 僕が、無理をさせてしまったから」
「……何を言うんだい、ナギ。これは僕が望んだことだ。君の痛みが僕に流れ、僕の安らぎが君に伝わる。これほど幸福なことはないよ」

 クロム様は蒼白な顔で微笑み、僕の指先を愛おしげに弄ぶ。
 けれど、その安穏な時間は長くは続かなかった。

「主様。……結界の端で、妙な動きがあります」

 ヴォルグが影の中から現れ、低い声で告げた。
 隣国の軍勢は一度壊滅させたはずだが、今度は武力ではなく、呪術に長けた暗殺者たちが神殿の隙を狙っているという。

「……クロム様が力を分けたことを、嗅ぎつけたのでしょうか」
「おそらくね。龍神が力を失った今こそ、御子を奪う好機だと考えたのだろう。……愚かなことだ」

 クロム様は立ち上がった。その足取りには、以前のような絶対的な威圧感が欠けているように見えた。僕は咄嗟に彼の服の袖を掴んだ。

「……行かないでください。僕も一緒に行きます」
「だめだよ、ナギ。君とお腹の子を危険に晒すわけにはいかない。……ヴォルグ、サリア。僕が戻るまで、何があってもナギの側を離れるな。……テト、お前もだ」

 クロム様の命令は絶対だった。
 彼は僕の額に深く口付けると、一人、神殿の入り口へと向かった。
 
「……大丈夫よ、ナギさん。あの男はああ見えて、自分の命よりあなたの安全を優先する執念深さを持っているわ。……さあ、中に入りましょう」

 サリアさんに促され、僕は神殿の奥へと戻った。
 けれど、クロム様が去った直後から、胸の奥がざわついて止まらない。
 魂を分けたからこそ分かるのだ。……今のクロム様は、ひどく「焦って」いる。

「……きゅう、……うぅ……」

 テトが僕の足元で不安そうに鳴く。
 ヴォルグさんは無言で剣を抜き、部屋の入り口で仁王立ちになっていた。

「ヴォルグさん……クロム様は、本当にお一人で大丈夫なんですか?」
「……主様は、ナギ様を守るためなら、世界を敵に回してでも生き残るお方です。……我々は、信じて待つしかありません」

 その時だった。
 ドォォォォォン……!
 
 神殿の遥か下方で、地響きのような爆鳴が轟いた。
 それと同時に、僕の胸に鋭い痛みが走る。
 
「……う、あ……っ!」
「ナギさん!?」

 僕が崩れ落ちると同時に、サリアさんが僕を支えた。
 間違いない。今、クロム様が傷ついた。
 僕の身体が、彼の苦痛を鏡のように映し出している。

「……クロム、様……、いやだ……、戻ってきて……!」

 僕は震える手でお腹を抱えた。
 繋がっているからこそ分かる、彼の消耗。
 
 龍神様が、僕のためにその身を削って戦っている。
 かつて生贄として捨てられた僕を救ってくれたその腕が、今、闇の中で傷だらけになっているのだ。
 
 僕はただ待っているだけの自分に、初めて激しい怒りと、そして「彼を助けたい」という強い願いを抱いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《一時完結》僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ

MITARASI_
BL
彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 続編執筆中

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

グラジオラスを捧ぐ

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
憧れの騎士、アレックスと恋人のような関係になれたリヒターは浮かれていた。まさか彼に本命の相手がいるとも知らずに……。

婚約破棄を傍観していた令息は、部外者なのにキーパーソンでした

Cleyera
BL
貴族学院の交流の場である大広間で、一人の女子生徒を囲む四人の男子生徒たち その中に第一王子が含まれていることが周囲を不安にさせ、王子の婚約者である令嬢は「その娼婦を側に置くことをおやめ下さい!」と訴える……ところを見ていた傍観者の話 :注意: 作者は素人です 傍観者視点の話 人(?)×人 安心安全の全年齢!だよ(´∀`*)

陛下の前で婚約破棄!………でも実は……(笑)

ミクリ21
BL
陛下を祝う誕生パーティーにて。 僕の婚約者のセレンが、僕に婚約破棄だと言い出した。 隣には、婚約者の僕ではなく元平民少女のアイルがいる。 僕を断罪するセレンに、僕は涙を流す。 でも、実はこれには訳がある。 知らないのは、アイルだけ………。 さぁ、楽しい楽しい劇の始まりさ〜♪

処理中です...