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16話
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黄金の紋様が刻まれた卵を抱きしめていると、その殻を通して、小さな命の温もりが手のひらに伝わってくる。
出産という大仕事を終えた僕の身体は、クロム様から分け与えられた「命の核」のおかげで急速に回復していた。けれど、神殿を取り巻く空気は、かつてないほど重く、澱んでいた。
「……ナギ、その卵を離さないで。……ヴォルグ、結界の強度は?」
「限界です。外壁にはすでに『深淵』の魔物が取り付いています。奴ら、この卵の魔力を喰らうつもりだ……!」
ヴォルグの言葉に応えるように、神殿の天井が不気味に軋んだ。
龍の御子の誕生が放った祝福の光は、同時に、何百年も闇の奥底で眠っていた邪悪な存在をも呼び覚ましてしまったのだ。
「……サリア、ナギと卵を連れて、地下の最深部にある『聖域の核』へ行け。あそこなら、僕の魔力が直接供給される。……ヴォルグ、お前は中庭を。……ここは僕が引き受ける」
クロム様の背中から、どす黒いまでの圧倒的な闘気が溢れ出した。
「クロム様! でも、あなたの身体はまだ僕に力を分けたままで……!」
「案ずるな、ナギ。……僕はこれでも、この世界の頂点に立つ龍だ。……家族の平穏を乱す羽虫一匹、この場を通しはしないよ」
クロム様は振り返り、僕の頬をそっと撫でた。その指先が、微かに震えている。
それは恐怖ではなく、僕たちを失うことへの「狂おしいほどの焦燥」だと、魂の繋がりを通じて痛いほど伝わってきた。
「……ナギ。……愛している。……行って」
その言葉を背に、僕はサリアさんに手を引かれ、逃げるように地下へと続く階段を駆け下りた。
背後で、轟音が響いた。
クロム様が「真の姿」を現し、神殿の入り口をその巨躯で塞いだのだ。
――ズズズンッ、と地響きがするたび、僕の胸に鋭い痛みが走る。
魂を共有しているからこそ、彼がどれほどの猛攻に晒されているか、手に取るように分かってしまう。
「……っ、う、あぁ……!」
「ナギさん、立ち止まらないで! あなたが止まったら、クロムの努力が無駄になるわ!」
サリアさんの叱咤に、僕は必死に涙を拭い、卵を抱き直した。
地下最深部――そこは、クロム様の命の源である『龍脈』が直接噴き出す、青白く光る水晶の広間だった。
「きゅう……きゅうぅ……」
テトも僕の足元で、外の惨状を感じ取って震えている。
神殿の地上部では、今、この世のものとは思えない激闘が繰り広げられていた。
深淵の魔王が放つ呪いと、クロム様の黒い炎が衝突し、空を割り、大地を溶かしている。
クロム様は、本来なら避けるべき攻撃さえも、その後ろにいる僕たちに届かないよう、あえてその身で受け止めていた。
(……痛い、……くるしい……。でも、……愛おしい……)
彼の心が、僕の中に流れ込んでくる。
彼は笑っていた。
自分を犠牲にしてでも、愛するものを守れる幸福に。
「……そんなの、……嫌だよ……っ!」
僕は叫んだ。
僕はまた、守られるだけの生贄に戻るつもりはない。
「サリアさん、僕にできることはありませんか!? この『龍脈』の力を、僕を通してクロム様に繋げられませんか!?」
「……正気!? そんなことをすれば、ナギさんの身体は龍脈の奔流に耐えきれず、焼き切れてしまうわよ!」
「それでもいい! クロム様を……一人で戦わせたくないんです!」
僕が水晶の核に手を触れた瞬間、卵が激しく共鳴し、眩い黄金の光を放った。
運命は再び、僕たちに究極の選択を迫っていた。
出産という大仕事を終えた僕の身体は、クロム様から分け与えられた「命の核」のおかげで急速に回復していた。けれど、神殿を取り巻く空気は、かつてないほど重く、澱んでいた。
「……ナギ、その卵を離さないで。……ヴォルグ、結界の強度は?」
「限界です。外壁にはすでに『深淵』の魔物が取り付いています。奴ら、この卵の魔力を喰らうつもりだ……!」
ヴォルグの言葉に応えるように、神殿の天井が不気味に軋んだ。
龍の御子の誕生が放った祝福の光は、同時に、何百年も闇の奥底で眠っていた邪悪な存在をも呼び覚ましてしまったのだ。
「……サリア、ナギと卵を連れて、地下の最深部にある『聖域の核』へ行け。あそこなら、僕の魔力が直接供給される。……ヴォルグ、お前は中庭を。……ここは僕が引き受ける」
クロム様の背中から、どす黒いまでの圧倒的な闘気が溢れ出した。
「クロム様! でも、あなたの身体はまだ僕に力を分けたままで……!」
「案ずるな、ナギ。……僕はこれでも、この世界の頂点に立つ龍だ。……家族の平穏を乱す羽虫一匹、この場を通しはしないよ」
クロム様は振り返り、僕の頬をそっと撫でた。その指先が、微かに震えている。
それは恐怖ではなく、僕たちを失うことへの「狂おしいほどの焦燥」だと、魂の繋がりを通じて痛いほど伝わってきた。
「……ナギ。……愛している。……行って」
その言葉を背に、僕はサリアさんに手を引かれ、逃げるように地下へと続く階段を駆け下りた。
背後で、轟音が響いた。
クロム様が「真の姿」を現し、神殿の入り口をその巨躯で塞いだのだ。
――ズズズンッ、と地響きがするたび、僕の胸に鋭い痛みが走る。
魂を共有しているからこそ、彼がどれほどの猛攻に晒されているか、手に取るように分かってしまう。
「……っ、う、あぁ……!」
「ナギさん、立ち止まらないで! あなたが止まったら、クロムの努力が無駄になるわ!」
サリアさんの叱咤に、僕は必死に涙を拭い、卵を抱き直した。
地下最深部――そこは、クロム様の命の源である『龍脈』が直接噴き出す、青白く光る水晶の広間だった。
「きゅう……きゅうぅ……」
テトも僕の足元で、外の惨状を感じ取って震えている。
神殿の地上部では、今、この世のものとは思えない激闘が繰り広げられていた。
深淵の魔王が放つ呪いと、クロム様の黒い炎が衝突し、空を割り、大地を溶かしている。
クロム様は、本来なら避けるべき攻撃さえも、その後ろにいる僕たちに届かないよう、あえてその身で受け止めていた。
(……痛い、……くるしい……。でも、……愛おしい……)
彼の心が、僕の中に流れ込んでくる。
彼は笑っていた。
自分を犠牲にしてでも、愛するものを守れる幸福に。
「……そんなの、……嫌だよ……っ!」
僕は叫んだ。
僕はまた、守られるだけの生贄に戻るつもりはない。
「サリアさん、僕にできることはありませんか!? この『龍脈』の力を、僕を通してクロム様に繋げられませんか!?」
「……正気!? そんなことをすれば、ナギさんの身体は龍脈の奔流に耐えきれず、焼き切れてしまうわよ!」
「それでもいい! クロム様を……一人で戦わせたくないんです!」
僕が水晶の核に手を触れた瞬間、卵が激しく共鳴し、眩い黄金の光を放った。
運命は再び、僕たちに究極の選択を迫っていた。
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