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22話
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帝国での生活は、側から見ればこれ以上なく満たされたものだった。
僕には専用のキッチンがあり、最高の食材があり、そして何より、帝国の頂点に立つヴァルさんが僕を誰よりも大切にしてくれている。
けれど。
贅沢な悩みだと分かっていても、僕の心には小さな、けれど消えない「棘」が刺さっていた。
(……ヴァルさんは、僕のことをどう思っているんだろう)
彼は僕を「大切なエリアン」と呼び、毎日のように抱きしめ、時には熱い口づけを落とす。けれど、出会ってから今まで、彼は一度も「好きだ」とか「愛している」という、明確な言葉を口にしたことがなかった。
前世で効率と論理を重視するSEだったせいか、僕はどうしても「定義」を求めてしまう。
僕はただの便利な料理番なのだろうか。それとも、彼の魔力を静めるための、都合のいい「癒やし手」なのだろうか。
「……はぁ」
夕暮れのキッチン。僕は、ヴァルさんの大好物であるカスタードを練りながら、小さく溜息をついた。
滑らかなクリームを作るには、一定のリズムで混ぜ続けなければならない。今の僕の乱れた心のように、クリームが少しダマになってしまった。
「エリアン、どうした。顔色が優れないな」
背後から、低い、けれど僕を気遣う温度を含んだ声が聞こえた。
いつの間にか執務を終えていたヴァルさんが、僕の腰に腕を回し、背中から覆い被さるようにして抱きしめてくる。
「……あ、ヴァルさん。おかえりなさい。……なんでもないですよ、ちょっと考え事をしていただけで」
「考え事? 私に言えないようなことか?」
ヴァルさんは僕の肩に顎を乗せ、耳元で低く囁いた。
その距離の近さに鼓動が跳ねる。けれど、その鼓動さえも「言葉」がない不安を煽る。
「……ヴァルさん。僕、ここにいてもいいんですよね?」
「……何を今更。ここがお前の家だと言ったはずだ」
ヴァルさんの腕に力がこもる。けれど、僕が求めているのは所有の宣言ではないのだ。
僕は意を決して、混ぜる手を止め、彼の方を振り返った。
「そうじゃなくて……。ヴァルさんにとって、僕はどういう存在なんですか? 料理が美味しいから、そばに置いているだけ……?」
口に出した瞬間、情けなくて涙が滲んだ。
二十歳の体とはいえ、中身は大人なのに。こんな子供みたいな確認をしてしまう自分が恥ずかしい。
ヴァルさんは、驚いたように目を見開いた。
そして、僕の震える肩を掴むと、真っ直ぐに僕の瞳を射抜いた。
「……エリアン。君は、私がこれほどまでに君を求め、君以外の誰にも触れさせず、君の隣でしか眠れない理由が……本当に分からないのか?」
「……言葉にしてくれないと、分からないこともあります」
僕は俯いた。
すると、ヴァルさんは大きな手で僕の顎を掬い上げ、無理やり視線を合わせさせた。
その金の瞳には、見たこともないほど深く、狂おしいほどの情熱が渦巻いていた。
「……すまない。私は、行動で示せば伝わっていると思っていた。……言葉など、私のこの重すぎる想いを表すにはあまりに軽すぎると思っていたのだ」
ヴァルさんは、僕の額に自分の額をコツンと合わせた。
熱い吐息が、僕の唇に触れる。
「愛している、エリアン。……料理がうまいからではない。君が、君だからだ。……私の魂が、君なしでは生きていけないと叫んでいる。……これで、伝わるか?」
そのまま、彼は奪うような、けれど壊れ物を愛しむような、深い、深い口づけをくれた。
不安という名の棘が、彼の熱に溶かされていく。
言葉になった愛は、僕の胸の奥に、これ以上ないほど甘く、確かな温度で刻まれた。
僕には専用のキッチンがあり、最高の食材があり、そして何より、帝国の頂点に立つヴァルさんが僕を誰よりも大切にしてくれている。
けれど。
贅沢な悩みだと分かっていても、僕の心には小さな、けれど消えない「棘」が刺さっていた。
(……ヴァルさんは、僕のことをどう思っているんだろう)
彼は僕を「大切なエリアン」と呼び、毎日のように抱きしめ、時には熱い口づけを落とす。けれど、出会ってから今まで、彼は一度も「好きだ」とか「愛している」という、明確な言葉を口にしたことがなかった。
前世で効率と論理を重視するSEだったせいか、僕はどうしても「定義」を求めてしまう。
僕はただの便利な料理番なのだろうか。それとも、彼の魔力を静めるための、都合のいい「癒やし手」なのだろうか。
「……はぁ」
夕暮れのキッチン。僕は、ヴァルさんの大好物であるカスタードを練りながら、小さく溜息をついた。
滑らかなクリームを作るには、一定のリズムで混ぜ続けなければならない。今の僕の乱れた心のように、クリームが少しダマになってしまった。
「エリアン、どうした。顔色が優れないな」
背後から、低い、けれど僕を気遣う温度を含んだ声が聞こえた。
いつの間にか執務を終えていたヴァルさんが、僕の腰に腕を回し、背中から覆い被さるようにして抱きしめてくる。
「……あ、ヴァルさん。おかえりなさい。……なんでもないですよ、ちょっと考え事をしていただけで」
「考え事? 私に言えないようなことか?」
ヴァルさんは僕の肩に顎を乗せ、耳元で低く囁いた。
その距離の近さに鼓動が跳ねる。けれど、その鼓動さえも「言葉」がない不安を煽る。
「……ヴァルさん。僕、ここにいてもいいんですよね?」
「……何を今更。ここがお前の家だと言ったはずだ」
ヴァルさんの腕に力がこもる。けれど、僕が求めているのは所有の宣言ではないのだ。
僕は意を決して、混ぜる手を止め、彼の方を振り返った。
「そうじゃなくて……。ヴァルさんにとって、僕はどういう存在なんですか? 料理が美味しいから、そばに置いているだけ……?」
口に出した瞬間、情けなくて涙が滲んだ。
二十歳の体とはいえ、中身は大人なのに。こんな子供みたいな確認をしてしまう自分が恥ずかしい。
ヴァルさんは、驚いたように目を見開いた。
そして、僕の震える肩を掴むと、真っ直ぐに僕の瞳を射抜いた。
「……エリアン。君は、私がこれほどまでに君を求め、君以外の誰にも触れさせず、君の隣でしか眠れない理由が……本当に分からないのか?」
「……言葉にしてくれないと、分からないこともあります」
僕は俯いた。
すると、ヴァルさんは大きな手で僕の顎を掬い上げ、無理やり視線を合わせさせた。
その金の瞳には、見たこともないほど深く、狂おしいほどの情熱が渦巻いていた。
「……すまない。私は、行動で示せば伝わっていると思っていた。……言葉など、私のこの重すぎる想いを表すにはあまりに軽すぎると思っていたのだ」
ヴァルさんは、僕の額に自分の額をコツンと合わせた。
熱い吐息が、僕の唇に触れる。
「愛している、エリアン。……料理がうまいからではない。君が、君だからだ。……私の魂が、君なしでは生きていけないと叫んでいる。……これで、伝わるか?」
そのまま、彼は奪うような、けれど壊れ物を愛しむような、深い、深い口づけをくれた。
不安という名の棘が、彼の熱に溶かされていく。
言葉になった愛は、僕の胸の奥に、これ以上ないほど甘く、確かな温度で刻まれた。
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