お飾りの番だと言われましたが呪いを解いたら冷徹公爵様の執着が止まりません!〜聖なる緑の指で領地ごと幸せになっちゃいます〜

たら昆布

文字の大きさ
2 / 28

2話

しおりを挟む
 ロストック城での生活が始まって一週間。
 ユアン・マクレーンは、広大な城の北側にある、半ば放置された中庭に立っていた。
 そこは高い石壁に囲まれ、日当たりは良いものの、土は固く、ひょろひょろとした雑草が数本生えているだけの寂しい場所だ。

「うん、ここなら誰の邪魔にもならないし、風の通りも最高だね」

 ユアンは満足げに頷き、持参した小さなスコップを地面に突き立てた。
 彼に与えられた役割は、一日に数回、アルヴィス公爵の執務室を訪れて『微風の魔法』で彼の熱を冷ますことだけ。それ以外の時間は自由だ。使用人たちは、没落貴族の三男坊であるユアンを「お飾り」と割り切っているのか、過剰な干渉はしてこない。それがユアンにはたまらなく気楽だった。

「よし、『そよ風さん、土を解して』」

 指先をくるりと動かすと、目に見えない小さな渦が地面に潜り込み、固い土をふかふかに耕していく。本来なら重労働な庭仕事も、ユアンの魔法にかかれば鼻歌まじりの軽作業だ。

 その時、背後から重い足音が聞こえてきた。

「……何をしている」

 低く、どこか抑揚のない声。振り返ると、そこには漆黒の執務服を纏ったアルヴィスが立っていた。相変わらずの目力の強さに、ユアンは「ひゃいっ」と変な声を出し、慌てて背筋を伸ばした。

「か、閣下! ええと、お約束通り庭のスペースをお借りして、薬草を植えようかと……」
「薬草か。……毒になるようなものは困るぞ」
「とんでもないです! これは『ハニーベリー』といって、お茶に入れると甘くて美味しいんです。それから、こっちは安眠効果のある『月見草』で……」

 ユアンが夢中で説明し始めると、アルヴィスはわずかに眉を寄せた。
 彼は戦いに明け暮れる日々の中で、植物の美しさや効能など考えたこともなかったのだ。だが、目の前で目を輝かせている青年を見ていると、不思議と悪い気はしなかった。

「……好きにしろ。ただし、体に毒を盛るつもりなら、即刻この城から叩き出す」
「もちろんです! あ、閣下、ちょうどいいところに。失礼します」

 ユアンはスコップを置き、アルヴィスに歩み寄った。
 至近距離になると、やはり彼からは熱気があふれている。ユアンは自然な動作で、アルヴィスの火照った頬に手を伸ばした。

「……!」

 アルヴィスの体が微かに強張る。彼にとって、他人に触れられることは「攻撃」か「治療」のどちらかでしかなかったからだ。しかし、ユアンの手のひらは驚くほど柔らかく、そして涼しかった。

「『そよ風さん、森の冷気を連れてきて』」

 ユアンの呟きとともに、アルヴィスの首筋をひんやりとした風がなぞる。
 戦場での呪いがもたらす「熱」は、単なる物理的な温度ではない。それは神経を逆撫でし、思考を濁らせる忌まわしい重圧だ。それが、この青年の魔法に触れるたび、霧が晴れるように消えていく。

「ふぅ……。少しは楽になりましたか?」
「…………ああ」

 アルヴィスは短く答えた。本当は「驚くほど体が軽い」と言いたかったが、そんな柄ではない。彼は不器用に視線を逸らし、ユアンが耕した土を見つめた。

「お前は……マクレーン家で虐げられていたと聞いたが」
「えっ、ああ、まあ……三男ですからね。魔法も地味ですし、あまり期待はされていませんでした。でも、こうして静かに庭仕事ができる今の方が、ずっと幸せですよ」

 ユアンは屈託なく笑った。
 その笑顔には、裏も表もない。アルヴィスは、自分を利用しようと近づく者たちの目とは全く違う、澄んだアイスブルーの瞳に気圧され、僅かに後退りした。

「……勝手な奴だ。城の食事に不満があれば、料理長に言え」
「いえ、とっても美味しいです! 特に昨日のポタージュは絶品でした。いつか僕が育てた野菜も使ってもらえたら嬉しいな、なんて」
「ふん。勝手にしろ」

 アルヴィスは背を向け、大股で去っていった。
 相変わらず冷たい態度に見えるが、ユアンには分かっていた。去り際の彼の耳たぶが、ほんの少し赤かったことに。

(怒られたのかな? でも、熱はちゃんと引いてたみたいだし、大丈夫だよね)

 ユアンは再びスコップを手に取った。
 彼にとって、この「契約結婚」は最高の隠居生活だった。怖いと思っていた旦那様も、案外、話せば分かる人のようだ。

 一方、執務室に戻ったアルヴィスは、自分の机に座り、先ほどユアンが触れた頬に手を当てていた。
 手のひらの涼しさが、まだ肌に残っている。

「……風、か」

 彼はふと、窓の外を見た。
 殺風景だった中庭で、一人の青年が楽しそうに土をいじっている。
 その光景が、凍てついた城の空気を少しずつ変え始めていることに、不器用な騎士王はまだ気づいていなかった。

 契約終了まで、残り358日。
 二人の間には、初めて「美味しい」という、ささやかな共有事項が生まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜

レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」 魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。 彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。

王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)

かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。 はい? 自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが? しかも、男なんですが? BL初挑戦! ヌルイです。 王子目線追加しました。 沢山の方に読んでいただき、感謝します!! 6月3日、BL部門日間1位になりました。 ありがとうございます!!!

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない

子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」 家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。 無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。 しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。 5年後、雪の夜。彼と再会する。 「もう離さない」 再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。 彼は温かい手のひらを持つ人だった。 身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

処理中です...