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5話
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ロストック城の麓にある村は、収穫祭を間近に控え、活気に満ちあふれていた。
色とりどりの旗が掲げられ、屋台からは香ばしい麦の焼ける匂いや、果物の甘い香りが漂ってくる。
「わあ、すごい……! 城の外に出るのなんて、こっちに来てから初めてです」
ユアンは目を輝かせ、キョロキョロと周囲を見渡した。
当初は一人で薬草の種を買いに来る予定だったのだが、なぜか「視察のついでだ」という名目で、アルヴィスが直々に護衛として付いてくることになったのだ。
アルヴィスは、威圧感を抑えるために黒いトラベルコートを羽織っていたが、それでもその長身と端正な顔立ちは嫌でも目立つ。村人たちは、憧れと畏怖が混ざったような視線で、二人の後を追っていた。
「……ユアン。はしゃぎすぎて、はぐれるな」
「大丈夫ですよ、閣下。……あ、見てください! あの露店、珍しい花の苗があります!」
ユアンは思わず、アルヴィスの厚い袖をぎゅっと掴んで引き寄せた。
アルヴィスは一瞬、腕に伝わる小さな感触に息を呑んだが、振り払うことはしなかった。それどころか、人混みからユアンを守るように、さりげなく背後に体を寄せた。
「これは『雪どけ草』ですね。北の地でしか育たないって聞いてましたけど、本物を見るのは初めてです」
「……そんなに珍しいものか?」
「はい。この花が咲くと、厳しい冬が終わる合図なんです。閣下の庭にも植えたら、春がもっと賑やかになりますよ」
ユアンは花を一鉢手に取り、嬉しそうにアルヴィスを見上げた。
アルヴィスは、その澄んだ瞳に見つめられると、どうにも調子が狂う。
「……一鉢と言わず、好きなだけ買え。城の予算で落としておく」
「えっ、そんなの悪いですよ! 僕のお小遣いで買います」
「お前の主は私だ。主が庭を豊かにせよと言っている。……文句があるか」
不器用な物言いに、ユアンはくすくすと笑った。
この人はいつもそうだ。冷たい言葉を選びながら、結局は自分の願いを叶えてくれる。
「ふふ、ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
買い物を終えた二人は、村の広場にある古びたベンチで一休みすることにした。
ユアンは先ほど屋台で買った、焼きたてのリンゴ飴(のような果物の蜜がけ)をアルヴィスに差し出す。
「閣下も食べますか? 甘くて美味しいですよ」
「……いらん。甘いものは苦手だ」
「えー、一口だけ。はい、あーん」
冗談のつもりで差し出したユアンだったが、アルヴィスは少しだけ固まった後、覚悟を決めたように小さく口を開けた。
ユアンの手から直接、蜜のかかった果実を齧る。
「………………甘い」
「でしょう? 疲れている時は、これくらいが丁度いいんです」
アルヴィスは、果実の甘さよりも、自分の耳たぶが熱くなっていることの方が気になっていた。
戦場での「熱」は不快でしかなかったのに、今、ユアンの隣で感じるこの熱は、どこか心地よくて、ずっと浸っていたいような錯覚を覚える。
「ユアン」
「はい?」
「……お前は、一年経ったら本当にマクレーン家に戻るつもりか」
不意に投げかけられた問いに、ユアンは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「そうですね。契約ですから。……でも、マクレーン家には僕の居場所はないので、どこか遠くの村で小さな庭を作って、おじいちゃんになるまで静かに暮らせたらいいな、なんて」
アルヴィスはその言葉を、静かに噛み締めた。
自分がいずれ手放すべき存在。だが、彼がどこか知らない土地で、自分以外の誰かに笑いかけている姿を想像すると、胸の奥がチリりと焼けるように痛んだ。
「……庭なら、この城にいくらでもあるだろう」
「えっ?」
「……いや、何でもない。帰るぞ」
アルヴィスは足早に立ち上がり、歩き出した。
ユアンは慌てて荷物を抱え、その後ろ姿を追いかける。
「待ってください、閣下! 足が速いです!」
夕日に照らされた二人の影が、石畳の上に長く伸びていた。
互いに、まだ「好き」という言葉には届かない。けれど、その距離は確実に、一歩ずつ縮まっていた。
契約終了まで、残り330日。
冷徹な騎士王は、初めて「未来」というものに、契約以外の何かを求め始めていた。
色とりどりの旗が掲げられ、屋台からは香ばしい麦の焼ける匂いや、果物の甘い香りが漂ってくる。
「わあ、すごい……! 城の外に出るのなんて、こっちに来てから初めてです」
ユアンは目を輝かせ、キョロキョロと周囲を見渡した。
当初は一人で薬草の種を買いに来る予定だったのだが、なぜか「視察のついでだ」という名目で、アルヴィスが直々に護衛として付いてくることになったのだ。
アルヴィスは、威圧感を抑えるために黒いトラベルコートを羽織っていたが、それでもその長身と端正な顔立ちは嫌でも目立つ。村人たちは、憧れと畏怖が混ざったような視線で、二人の後を追っていた。
「……ユアン。はしゃぎすぎて、はぐれるな」
「大丈夫ですよ、閣下。……あ、見てください! あの露店、珍しい花の苗があります!」
ユアンは思わず、アルヴィスの厚い袖をぎゅっと掴んで引き寄せた。
アルヴィスは一瞬、腕に伝わる小さな感触に息を呑んだが、振り払うことはしなかった。それどころか、人混みからユアンを守るように、さりげなく背後に体を寄せた。
「これは『雪どけ草』ですね。北の地でしか育たないって聞いてましたけど、本物を見るのは初めてです」
「……そんなに珍しいものか?」
「はい。この花が咲くと、厳しい冬が終わる合図なんです。閣下の庭にも植えたら、春がもっと賑やかになりますよ」
ユアンは花を一鉢手に取り、嬉しそうにアルヴィスを見上げた。
アルヴィスは、その澄んだ瞳に見つめられると、どうにも調子が狂う。
「……一鉢と言わず、好きなだけ買え。城の予算で落としておく」
「えっ、そんなの悪いですよ! 僕のお小遣いで買います」
「お前の主は私だ。主が庭を豊かにせよと言っている。……文句があるか」
不器用な物言いに、ユアンはくすくすと笑った。
この人はいつもそうだ。冷たい言葉を選びながら、結局は自分の願いを叶えてくれる。
「ふふ、ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
買い物を終えた二人は、村の広場にある古びたベンチで一休みすることにした。
ユアンは先ほど屋台で買った、焼きたてのリンゴ飴(のような果物の蜜がけ)をアルヴィスに差し出す。
「閣下も食べますか? 甘くて美味しいですよ」
「……いらん。甘いものは苦手だ」
「えー、一口だけ。はい、あーん」
冗談のつもりで差し出したユアンだったが、アルヴィスは少しだけ固まった後、覚悟を決めたように小さく口を開けた。
ユアンの手から直接、蜜のかかった果実を齧る。
「………………甘い」
「でしょう? 疲れている時は、これくらいが丁度いいんです」
アルヴィスは、果実の甘さよりも、自分の耳たぶが熱くなっていることの方が気になっていた。
戦場での「熱」は不快でしかなかったのに、今、ユアンの隣で感じるこの熱は、どこか心地よくて、ずっと浸っていたいような錯覚を覚える。
「ユアン」
「はい?」
「……お前は、一年経ったら本当にマクレーン家に戻るつもりか」
不意に投げかけられた問いに、ユアンは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「そうですね。契約ですから。……でも、マクレーン家には僕の居場所はないので、どこか遠くの村で小さな庭を作って、おじいちゃんになるまで静かに暮らせたらいいな、なんて」
アルヴィスはその言葉を、静かに噛み締めた。
自分がいずれ手放すべき存在。だが、彼がどこか知らない土地で、自分以外の誰かに笑いかけている姿を想像すると、胸の奥がチリりと焼けるように痛んだ。
「……庭なら、この城にいくらでもあるだろう」
「えっ?」
「……いや、何でもない。帰るぞ」
アルヴィスは足早に立ち上がり、歩き出した。
ユアンは慌てて荷物を抱え、その後ろ姿を追いかける。
「待ってください、閣下! 足が速いです!」
夕日に照らされた二人の影が、石畳の上に長く伸びていた。
互いに、まだ「好き」という言葉には届かない。けれど、その距離は確実に、一歩ずつ縮まっていた。
契約終了まで、残り330日。
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