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13話
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ロストック城の平穏を切り裂くように、けたたましい馬車の音が響き渡った。
城門の前で大声を上げているのは、ユアンの実父、マクレーン男爵である。彼はボロボロになった家紋入りの上着を羽織り、酒の匂いを漂わせながら、門番を突き飛ばさんばかりの勢いで詰め寄っていた。
「わ、私はこの城の『番』の父親だぞ! 公爵閣下の義父(ちち)になる男だ! 通せ、今すぐ通せと言っているだろう!」
中庭でハーブの手入れをしていたユアンは、その声を聞いた瞬間に肩を震わせた。
あの声、あの威圧感。実家にいた頃、自分を「役立たず」「金食い虫」と罵り続けた父の影が、一瞬にして脳裏をよぎる。
「ユアン様……。あの方は……」
心配そうに寄り添ってきたのは、副官のリアムだ。彼の目はいつもの遊び心が消え、騎士としての鋭さを帯びていた。
「父、です。……どうして。契約の時、もう二度と僕には関わらないと約束したはずなのに」
「欲に目がくらんだ人間というのは、約束の重さなど忘れてしまうものですからね。……閣下を呼びましょうか?」
「いえ」
ユアンは震える手をぎゅっと握りしめた。
いつまでもアルヴィスの背中に隠れているわけにはいかない。自分はここに来て、植物と対話し、城の人々に認められ、少しずつだが自信を積み上げてきたのだ。
「僕が、お会いします。……お飾りではない、一人の人間として」
応接室に案内されたマクレーン男爵は、豪華な調度品を品定めするように眺めていた。そこへユアンが入っていくと、父は待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。
「おお、ユアン! 元気そうだな。公爵閣下の寵愛を受けているようで何よりだ。顔色もいいし、服も随分と贅沢なものを着せてもらっているじゃないか」
「お久しぶりです、お父様。……急にどうされたのですか?」
ユアンが冷ややかに問いかけると、男爵はあからさまに表情を歪め、わざとらしい溜息をついた。
「お前というやつは、実の親に対してその態度は何だ。……実はな、お前の兄たちが博打でまた多額の借金を作ってしまってな。このままではマクレーン家は今度こそ取り潰しだ。そこでだ、ユアン。お前から公爵閣下に頼んで、追加で金を貸してもらうように言ってくれないか?」
「お断りします」
「何だと!?」
ユアンの即答に、男爵は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「お前は家のために売られた身だろう! ならば最後まで役に立て! 公爵閣下はお前に首ったけだと聞いているぞ。お前が泣いて頼めば、あんな男、いくらでも金を出すはずだ!」
その時、応接室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、全身から刺すような冷気を――そして、内側に猛烈な熱を孕んだアルヴィスだった。
「……誰が、誰に首ったけだと言った」
「こ、公爵閣下……っ!」
男爵は一瞬で蛇に睨まれた蛙のように硬直した。アルヴィスの放つ圧倒的な威圧感は、凡庸な貴族が耐えられるものではない。
「閣下、来ないでくださいと言ったのに……」
「……廊下まで汚らわしい声が響いていた。私の城で、私の番に無礼を働く者は、例え親兄弟であろうと容赦はせん」
アルヴィスが腰の剣に手をかけようとしたその時、ユアンがその前に一歩踏み出した。
「閣下、止めてください。……僕が、自分で決着をつけます」
ユアンはアルヴィスを振り返り、優しく微笑んだ。その瞳には、かつての怯えは微塵もなかった。
彼は再び父の方を向き、深呼吸を一つした。
「お父様。僕はもう、あなたの道具ではありません。ここにいるのは、ロストック公爵閣下と対等な契約を結び、この城の植物と人々を守る風の魔法使いです」
ユアンが指先を掲げると、室内を穏やかな、けれど力強い風が吹き抜けた。
「『そよ風さん、招かれざる客を門の外まで送り届けて』」
それは、攻撃のための暴風ではない。
けれど、男爵の体をふわりと浮かせ、抗いようのない力で出口へと押し出す不思議な風だった。
「な、何だこれは! やめろ、降ろせ! ユアン、貴様、親に向かって……!」
男爵の罵声は、ユアンが放った清々しい風にかき消されていく。
廊下を滑るように運ばれていく父の姿を、城の使用人たちが「ざまぁ見ろ」と言わんばかりの冷ややかな目で見送っていた。
やがて、遠くで門が閉まる音が響く。
静寂が戻った応接室で、ユアンはふぅと大きな息を吐き出した。
「……驚きましたか? 僕の魔法、こんな使い方もできるんですよ」
「…………驚いた」
アルヴィスは、自分を守るように立っていた少年の背中を見つめ、複雑な表情を浮かべていた。
守ってやりたいと思っていた。脆くて儚い、お飾りのままでいいと思っていた。
だが、今のユアンは、自らの力で過去を振り払い、新しい居場所を勝ち取ろうとしている。
「……よく言った。マクレーン家には、今後一切の支援を打ち切るよう手配した。……それから」
アルヴィスはユアンの肩を抱き寄せ、その耳元で低く囁いた。
「先ほどの言葉……『対等な契約者』というのは訂正しろ。お前はもう、私にとってそんな事務的な存在ではない」
「えっ、じゃあ……何ですか?」
ユアンが小首を傾げると、アルヴィスはバツが悪そうに視線を逸らした。
その耳たぶは、いつものように真っ赤に染まっている。
「……言わせるな。……とにかく、よくやった」
アルヴィスはユアンの頭を乱暴に、けれど慈しむように撫でた。
ユアンは、その大きな手のひらの熱が、今は誇らしかった。
契約終了まで、残り260日。
ユアンはもう、「お飾り」ではない。
一人の自立した魔法使いとして、そしてアルヴィスの心の欠かせない一部として、その根を深く、力強く張り始めていた。
城門の前で大声を上げているのは、ユアンの実父、マクレーン男爵である。彼はボロボロになった家紋入りの上着を羽織り、酒の匂いを漂わせながら、門番を突き飛ばさんばかりの勢いで詰め寄っていた。
「わ、私はこの城の『番』の父親だぞ! 公爵閣下の義父(ちち)になる男だ! 通せ、今すぐ通せと言っているだろう!」
中庭でハーブの手入れをしていたユアンは、その声を聞いた瞬間に肩を震わせた。
あの声、あの威圧感。実家にいた頃、自分を「役立たず」「金食い虫」と罵り続けた父の影が、一瞬にして脳裏をよぎる。
「ユアン様……。あの方は……」
心配そうに寄り添ってきたのは、副官のリアムだ。彼の目はいつもの遊び心が消え、騎士としての鋭さを帯びていた。
「父、です。……どうして。契約の時、もう二度と僕には関わらないと約束したはずなのに」
「欲に目がくらんだ人間というのは、約束の重さなど忘れてしまうものですからね。……閣下を呼びましょうか?」
「いえ」
ユアンは震える手をぎゅっと握りしめた。
いつまでもアルヴィスの背中に隠れているわけにはいかない。自分はここに来て、植物と対話し、城の人々に認められ、少しずつだが自信を積み上げてきたのだ。
「僕が、お会いします。……お飾りではない、一人の人間として」
応接室に案内されたマクレーン男爵は、豪華な調度品を品定めするように眺めていた。そこへユアンが入っていくと、父は待ってましたと言わんばかりに立ち上がった。
「おお、ユアン! 元気そうだな。公爵閣下の寵愛を受けているようで何よりだ。顔色もいいし、服も随分と贅沢なものを着せてもらっているじゃないか」
「お久しぶりです、お父様。……急にどうされたのですか?」
ユアンが冷ややかに問いかけると、男爵はあからさまに表情を歪め、わざとらしい溜息をついた。
「お前というやつは、実の親に対してその態度は何だ。……実はな、お前の兄たちが博打でまた多額の借金を作ってしまってな。このままではマクレーン家は今度こそ取り潰しだ。そこでだ、ユアン。お前から公爵閣下に頼んで、追加で金を貸してもらうように言ってくれないか?」
「お断りします」
「何だと!?」
ユアンの即答に、男爵は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「お前は家のために売られた身だろう! ならば最後まで役に立て! 公爵閣下はお前に首ったけだと聞いているぞ。お前が泣いて頼めば、あんな男、いくらでも金を出すはずだ!」
その時、応接室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、全身から刺すような冷気を――そして、内側に猛烈な熱を孕んだアルヴィスだった。
「……誰が、誰に首ったけだと言った」
「こ、公爵閣下……っ!」
男爵は一瞬で蛇に睨まれた蛙のように硬直した。アルヴィスの放つ圧倒的な威圧感は、凡庸な貴族が耐えられるものではない。
「閣下、来ないでくださいと言ったのに……」
「……廊下まで汚らわしい声が響いていた。私の城で、私の番に無礼を働く者は、例え親兄弟であろうと容赦はせん」
アルヴィスが腰の剣に手をかけようとしたその時、ユアンがその前に一歩踏み出した。
「閣下、止めてください。……僕が、自分で決着をつけます」
ユアンはアルヴィスを振り返り、優しく微笑んだ。その瞳には、かつての怯えは微塵もなかった。
彼は再び父の方を向き、深呼吸を一つした。
「お父様。僕はもう、あなたの道具ではありません。ここにいるのは、ロストック公爵閣下と対等な契約を結び、この城の植物と人々を守る風の魔法使いです」
ユアンが指先を掲げると、室内を穏やかな、けれど力強い風が吹き抜けた。
「『そよ風さん、招かれざる客を門の外まで送り届けて』」
それは、攻撃のための暴風ではない。
けれど、男爵の体をふわりと浮かせ、抗いようのない力で出口へと押し出す不思議な風だった。
「な、何だこれは! やめろ、降ろせ! ユアン、貴様、親に向かって……!」
男爵の罵声は、ユアンが放った清々しい風にかき消されていく。
廊下を滑るように運ばれていく父の姿を、城の使用人たちが「ざまぁ見ろ」と言わんばかりの冷ややかな目で見送っていた。
やがて、遠くで門が閉まる音が響く。
静寂が戻った応接室で、ユアンはふぅと大きな息を吐き出した。
「……驚きましたか? 僕の魔法、こんな使い方もできるんですよ」
「…………驚いた」
アルヴィスは、自分を守るように立っていた少年の背中を見つめ、複雑な表情を浮かべていた。
守ってやりたいと思っていた。脆くて儚い、お飾りのままでいいと思っていた。
だが、今のユアンは、自らの力で過去を振り払い、新しい居場所を勝ち取ろうとしている。
「……よく言った。マクレーン家には、今後一切の支援を打ち切るよう手配した。……それから」
アルヴィスはユアンの肩を抱き寄せ、その耳元で低く囁いた。
「先ほどの言葉……『対等な契約者』というのは訂正しろ。お前はもう、私にとってそんな事務的な存在ではない」
「えっ、じゃあ……何ですか?」
ユアンが小首を傾げると、アルヴィスはバツが悪そうに視線を逸らした。
その耳たぶは、いつものように真っ赤に染まっている。
「……言わせるな。……とにかく、よくやった」
アルヴィスはユアンの頭を乱暴に、けれど慈しむように撫でた。
ユアンは、その大きな手のひらの熱が、今は誇らしかった。
契約終了まで、残り260日。
ユアンはもう、「お飾り」ではない。
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