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17話
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アルヴィスの呪いの熱が引き、二人の心が魔法を通じて重なり合った翌朝。
ロストック城の空気は、これまでとは明らかに違っていた。廊下ですれ違う騎士たちの顔は心なしか明るく、使用人たちの足取りも軽い。何より、主であるアルヴィス公爵の周囲から「刺々しい威圧感」が消え、代わりに「春の陽だまりのような微熱」が漂っているのだ。
「……ユアン。あまり離れるなと言っただろう」
朝食の席。アルヴィスは隣に座るユアンの椅子を、これでもかというほど自分の近くに引き寄せていた。
呪いの副反応で、今も触れている間はユアンの感情が淡く流れ込んでくる。それが心地よくてたまらないアルヴィスは、食事中だというのにユアンの細い指先をずっと絡めて離そうとしない。
(あわわ……閣下、嬉しいけど恥ずかしいよ。皆が見てるのに……でも、閣下の手がひんやりしてて気持ちいいな。大好き……あ、また心の声が漏れちゃう!)
ユアンが真っ赤になって俯くと、アルヴィスは満足げに目を細めた。
「……聞こえているぞ。私も大好きだ」
「ひゃいっ!? も、もう、閣下! そういうのは二人っきりの時に言ってください!」
そんな「バカップル」ならぬ「バカ番」状態の二人を、食堂の隅で生温かい目で見守る一団があった。副官のリアム、料理長のバルト、そして副料理長のジーノである。
「……なあ、リアム。ありゃあもう、決まりだよな?」
バルトが腕組みをして、ぼそりと呟いた。
「ええ。閣下のあんな締まりのない顔、戦場で見せたら敵兵が戦意喪失して帰っちゃいますよ」
「ユアン様も、すっかり奥様の顔だ。……だが、あの二人のことだ。『契約』っていう言葉に縛られて、肝心な一歩をなかなか踏み出さないんじゃないか?」
ジーノの懸念に、リアムは不敵な笑みを浮かべた。
「そうですね。契約終了まであと半年以上ありますが、そんなに待っていたら閣下の理性がもちません。……ここはひとつ、外堀から埋めてあげましょう」
――その日の昼下がり。
ユアンが中庭で新しい薬草の苗を植えていると、リアムとバルトが神妙な面持ちで近づいてきた。
「ユアン様、少々ご相談が。……実は、城の慣例でしてね。新しく主の番を迎え入れた際、半年以内に『お披露目の儀』を行わないと、領民たちが不安がるという古い掟があるんです」
「えっ、お披露目の儀、ですか?」
ユアンはスコップを止めて小首を傾げた。そんな話、一度も聞いたことがない。
「ええ、ええ。形だけでいいんです。ちょっとした衣装を着て、広場でお酒を振る舞う程度の。……まあ、いわゆる『結婚式』の簡略版ですね。いかがですか? 閣下も、ユアン様が綺麗な正装をすれば、きっとお喜びになりますよ」
「結婚式……。でも、僕たちは契約上の番で……」
(結婚式なんて、夢みたい。アルヴィス様と本当に夫婦になれるなら、どんなに幸せだろう。でも、僕なんかが閣下の隣に立って、皆に認めてもらえるのかな……)
ユアンの不安げな心の声が、風に乗って(?)、ちょうど背後にやってきていたアルヴィスに届いた。
「認めるも認めないもない。……私が、お前を妻にすると決めたのだ」
アルヴィスは、泥のついたユアンの手を構わず取り、その甲にそっと唇を寄せた。
「閣下……! いつからそこに……」
「今さっきだ。……リアム、その『慣例』とやらの準備をすぐに進めろ。お披露目などという生ぬるいものではなく、正式な婚礼だ。国中に、ユアンが私の生涯ただ一人の伴侶であると触れ回れ」
「御意、閣下! お待ちしておりました、そのお言葉!」
リアムはガッツポーズを決め、バルトとジーノも「よし、腕が鳴るぜ!」と厨房へ駆け戻っていった。
残されたユアンは、あまりの急展開に目を白黒させている。
「あの、閣下……本当にいいんですか? お父様に、また何か言われるかも……」
「あの男が何と言おうと関係ない。……それとも、ユアン。お前は私と本当の夫婦になるのは嫌か?」
アルヴィスの金色の瞳が、少しだけ不安げに揺れる。
ユアンは慌てて首を振った。
「嫌なわけないです! 僕、ずっと閣下の側にいたいです。おじいちゃんになっても、このお庭で一緒に笑っていたい……っ」
ユアンが感極まってアルヴィスの胸に飛び込むと、アルヴィスはその小さな体を壊れ物のように優しく抱きしめた。
(ああ、幸せすぎて怖い。閣下の胸の中、すごく安心する。……大好き。大好きです、アルヴィス様)
「……ああ、私もだ。私の大切な、小さな風」
二人の周囲を、祝福するように柔らかな風が吹き抜ける。
「お飾り」の役目を終え、本当の愛で結ばれた二人の物語は、今、国中を巻き込む幸せなドタバタ劇へと突入しようとしていた。
しかし、そんな幸せな二人の元に、一通の不穏な知らせが届く。
それは、ユアンの実家であるマクレーン家が、アルヴィスの支援を打ち切られた腹いせに「ユアンは魔法で公爵を洗脳している」という根も葉もない噂を王都に流し始めたという内容だった。
「……ふん。ネズミが最後にあがいているようだな」
報告を受けたアルヴィスの瞳が、冷徹な騎士のそれへと戻る。
「ユアン。婚礼の前に、少しだけ掃除を済ませてくる。お前はここで、花の世話をしていなさい」
「閣下……。僕も、一緒に行きます。僕の魔法は、悪い噂を吹き飛ばすためにあるんですから」
ユアンの力強い言葉に、アルヴィスは驚いたように目を見開き、そして誇らしげに口角を上げた。
「……そうだったな。お前はもう、守られるだけの存在ではない」
契約終了まで、残り220日。
婚礼という最高のご褒美を前に、二人は最後にして最大の「ざまぁ」展開へと足を踏み出すことになる。
ロストック城の空気は、これまでとは明らかに違っていた。廊下ですれ違う騎士たちの顔は心なしか明るく、使用人たちの足取りも軽い。何より、主であるアルヴィス公爵の周囲から「刺々しい威圧感」が消え、代わりに「春の陽だまりのような微熱」が漂っているのだ。
「……ユアン。あまり離れるなと言っただろう」
朝食の席。アルヴィスは隣に座るユアンの椅子を、これでもかというほど自分の近くに引き寄せていた。
呪いの副反応で、今も触れている間はユアンの感情が淡く流れ込んでくる。それが心地よくてたまらないアルヴィスは、食事中だというのにユアンの細い指先をずっと絡めて離そうとしない。
(あわわ……閣下、嬉しいけど恥ずかしいよ。皆が見てるのに……でも、閣下の手がひんやりしてて気持ちいいな。大好き……あ、また心の声が漏れちゃう!)
ユアンが真っ赤になって俯くと、アルヴィスは満足げに目を細めた。
「……聞こえているぞ。私も大好きだ」
「ひゃいっ!? も、もう、閣下! そういうのは二人っきりの時に言ってください!」
そんな「バカップル」ならぬ「バカ番」状態の二人を、食堂の隅で生温かい目で見守る一団があった。副官のリアム、料理長のバルト、そして副料理長のジーノである。
「……なあ、リアム。ありゃあもう、決まりだよな?」
バルトが腕組みをして、ぼそりと呟いた。
「ええ。閣下のあんな締まりのない顔、戦場で見せたら敵兵が戦意喪失して帰っちゃいますよ」
「ユアン様も、すっかり奥様の顔だ。……だが、あの二人のことだ。『契約』っていう言葉に縛られて、肝心な一歩をなかなか踏み出さないんじゃないか?」
ジーノの懸念に、リアムは不敵な笑みを浮かべた。
「そうですね。契約終了まであと半年以上ありますが、そんなに待っていたら閣下の理性がもちません。……ここはひとつ、外堀から埋めてあげましょう」
――その日の昼下がり。
ユアンが中庭で新しい薬草の苗を植えていると、リアムとバルトが神妙な面持ちで近づいてきた。
「ユアン様、少々ご相談が。……実は、城の慣例でしてね。新しく主の番を迎え入れた際、半年以内に『お披露目の儀』を行わないと、領民たちが不安がるという古い掟があるんです」
「えっ、お披露目の儀、ですか?」
ユアンはスコップを止めて小首を傾げた。そんな話、一度も聞いたことがない。
「ええ、ええ。形だけでいいんです。ちょっとした衣装を着て、広場でお酒を振る舞う程度の。……まあ、いわゆる『結婚式』の簡略版ですね。いかがですか? 閣下も、ユアン様が綺麗な正装をすれば、きっとお喜びになりますよ」
「結婚式……。でも、僕たちは契約上の番で……」
(結婚式なんて、夢みたい。アルヴィス様と本当に夫婦になれるなら、どんなに幸せだろう。でも、僕なんかが閣下の隣に立って、皆に認めてもらえるのかな……)
ユアンの不安げな心の声が、風に乗って(?)、ちょうど背後にやってきていたアルヴィスに届いた。
「認めるも認めないもない。……私が、お前を妻にすると決めたのだ」
アルヴィスは、泥のついたユアンの手を構わず取り、その甲にそっと唇を寄せた。
「閣下……! いつからそこに……」
「今さっきだ。……リアム、その『慣例』とやらの準備をすぐに進めろ。お披露目などという生ぬるいものではなく、正式な婚礼だ。国中に、ユアンが私の生涯ただ一人の伴侶であると触れ回れ」
「御意、閣下! お待ちしておりました、そのお言葉!」
リアムはガッツポーズを決め、バルトとジーノも「よし、腕が鳴るぜ!」と厨房へ駆け戻っていった。
残されたユアンは、あまりの急展開に目を白黒させている。
「あの、閣下……本当にいいんですか? お父様に、また何か言われるかも……」
「あの男が何と言おうと関係ない。……それとも、ユアン。お前は私と本当の夫婦になるのは嫌か?」
アルヴィスの金色の瞳が、少しだけ不安げに揺れる。
ユアンは慌てて首を振った。
「嫌なわけないです! 僕、ずっと閣下の側にいたいです。おじいちゃんになっても、このお庭で一緒に笑っていたい……っ」
ユアンが感極まってアルヴィスの胸に飛び込むと、アルヴィスはその小さな体を壊れ物のように優しく抱きしめた。
(ああ、幸せすぎて怖い。閣下の胸の中、すごく安心する。……大好き。大好きです、アルヴィス様)
「……ああ、私もだ。私の大切な、小さな風」
二人の周囲を、祝福するように柔らかな風が吹き抜ける。
「お飾り」の役目を終え、本当の愛で結ばれた二人の物語は、今、国中を巻き込む幸せなドタバタ劇へと突入しようとしていた。
しかし、そんな幸せな二人の元に、一通の不穏な知らせが届く。
それは、ユアンの実家であるマクレーン家が、アルヴィスの支援を打ち切られた腹いせに「ユアンは魔法で公爵を洗脳している」という根も葉もない噂を王都に流し始めたという内容だった。
「……ふん。ネズミが最後にあがいているようだな」
報告を受けたアルヴィスの瞳が、冷徹な騎士のそれへと戻る。
「ユアン。婚礼の前に、少しだけ掃除を済ませてくる。お前はここで、花の世話をしていなさい」
「閣下……。僕も、一緒に行きます。僕の魔法は、悪い噂を吹き飛ばすためにあるんですから」
ユアンの力強い言葉に、アルヴィスは驚いたように目を見開き、そして誇らしげに口角を上げた。
「……そうだったな。お前はもう、守られるだけの存在ではない」
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