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18話
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ロストック城の城門を叩いたのは、金色の装飾が施された白銀の甲冑を纏う一団だった。王都直属の『聖魔法騎士団』。そのリーダー格であるギデオン卿は、馬を降りるなり、出迎えたリアムを冷ややかな目で見据えた。
「公爵閣下が、平民上がりの没落貴族に洗脳されているという通報があった。速やかに調査をさせてもらう」
その高圧的な態度は、城内に一気に緊張を走らせた。
彼らが案内された謁見の間には、既にアルヴィスと、その隣にしっかりと立つユアンの姿があった。
「……マクレーン家の放った戯言を信じて、王都からわざわざ掃除に来たのか。聖魔法騎士団も随分と暇になったものだな」
アルヴィスの低い声が広間に響く。呪いの熱が消えたことで、彼の魔力はより純粋に、そして研ぎ澄まされた刃のように鋭く周囲を圧していた。
ギデオンは眉を寄せ、背後に控える魔導鑑定士に目配せをする。
「ユアン・マクレーン。君が閣下に不当な魅了(チャーム)の魔法、あるいは精神操作の薬物を使用している疑いがある。一度、王都の隔離施設で鑑定を行う必要がある」
「鑑定……。僕を、犯罪者扱いするんですか?」
ユアンは震える唇を噛み締めた。かつての自分なら、ここで泣き寝入りしていたかもしれない。けれど、隣にいるアルヴィスの手が、そっと自分の腰を抱き寄せるのを感じて、ユアンは顔を上げた。
「……ギデオン。その手を私の伴侶に伸ばしてみろ。貴様の騎士団ごと、この城の塵にしてやる」
「閣下、正気に戻ってください! これは王命に等しい調査です!」
ギデオンが剣の柄に手をかけた、その時。ユアンが前に出た。
「待ってください。鑑定なら、今ここでしてください。……僕が閣下に何をしたか、僕の『風』に聞いてみればいい」
ユアンが両手を広げると、足元から柔らかな緑の光が立ち上った。
それは攻撃的な魔力ではない。ひんやりとしていて、けれどどこか懐かしい、春の草原を思わせる清々しい風だ。
「『そよ風さん、僕の心をみんなに届けて。嘘のない、本当の風を』」
ユアンが魔法を解き放つと、風は謁見の間を渦巻くように駆け巡った。
風に触れた騎士たちは、驚きに目を見開く。その風には、ユアンがアルヴィスを想う純粋な敬愛、慈しみ、そして彼が救われたことへの深い感謝の念が、一点の曇りもなく溶け込んでいた。
「……な、なんだ、この魔力は……。邪悪な気配が、欠片も感じられない……」
魔導鑑定士が呆然と呟く。鑑定用の魔導具は、赤く光るはずの警告を一切出さず、代わりに「至純の愛」を証明する澄んだ青色に輝いていた。
「さらに見てください」
ユアンは近くの鉢植えに手を添えた。そこには、先日アルヴィスの呪いを癒やした『月光の息吹草』の二世が芽吹いていた。ユアンが魔力を送ると、草は一瞬にして成長し、銀色の粉を周囲に振りまく。
その粉がアルヴィスに触れると、彼の魔力が一段と穏やかに、かつ強力に安定した。
「これが僕のしたことです。閣下の呪いを解くために、二人で夜を越えて、この花を育てました。これが『洗脳』だと言うなら、この国中の医者や薬師は、みんな洗脳者になってしまいます」
ユアンの毅然とした言葉に、ギデオンは返す言葉を失った。
そこへ、アルヴィスが追い打ちをかけるように、重厚な一歩を踏み出す。
「……ギデオン。貴様らは、一人の少年が血の滲むような努力で作り上げた『奇跡』を、根も葉もない嫉妬に塗れた噂で汚そうとした。その罪は重いぞ」
アルヴィスの全身から、黒いオーラが立ち上る。
それは呪いの熱ではない。愛する者を侮辱された「男」としての純粋な怒りだ。
「ひ、ひぃっ……! し、失礼いたしました! 我々は、その……マクレーン男爵の虚偽の報告に踊らされたようで……!」
ギデオンは、もはや騎士の威厳もかなぐり捨てて後ずさった。アルヴィスの放つ殺気は、訓練を受けた魔法騎士ですら正気を保てないほどに苛烈だったからだ。
「……帰りなさい。そして王都に伝えろ。ロストック城には、世界で一番誇り高く、心優しい魔法使いが私の隣にいると。……もし今後、再び彼を傷つけようとする者が現れたなら、その時はこの国ごと、私が焼き払うとな」
「焼き払う」という物騒な言葉でさえ、今のアルヴィスが言うと、究極の「愛の告白」に聞こえるから不思議だ。
聖魔法騎士団は、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。
後に残されたのは、静まり返った謁見の間と、少しだけやりすぎたかなと頬をかくユアン、そして満足げに鼻を鳴らすアルヴィス。
「……閣下。最後のは、ちょっと怖すぎましたよ」
「そうか? あれでも抑えた方なのだが」
アルヴィスはユアンを正面から抱きかかえると、その首筋に顔を埋めた。
「お前が、あんなに堂々と私のことを『愛している』と魔力に込めるから……。嬉しくて、つい誇示したくなってしまった」
「えっ、あ……。聞こえてたんですね、やっぱり」
ユアンは真っ赤になってアルヴィスの胸に顔を隠した。
風に乗せて流した感情は、誰よりも先に、最愛の夫に届いていた。
一方、王都では。
逃げ帰ったギデオン卿らの報告により、「マクレーン男爵による、国家反逆にも等しい虚偽報告」が公のものとなった。
数日後、ユアンの父と兄たちは、不当な告発と公爵家への侮辱罪により、爵位を剥奪され、北方の鉱山での強制労働という重い処罰を受けることになった。文字通りの「ざまぁ」展開である。
――夕暮れ時、城の中庭。
ユアンとアルヴィスは、並んで夕日を眺めていた。
「これで、本当にもう邪魔する人はいませんね」
「ああ。……次は、お前のために用意した、世界で一番豪華なドレスを着せる番だな」
「ドレスじゃなくて、礼装にしてくださいってば!」
笑い合う二人の姿を、リアムたちが遠くからニヤニヤと見守っている。
契約終了まで、残り200日。
しかし、もはや誰もその日を「終わり」だとは思っていない。
それは、二人が永遠を歩み出すための、ただの通過点に過ぎないのだから。
「公爵閣下が、平民上がりの没落貴族に洗脳されているという通報があった。速やかに調査をさせてもらう」
その高圧的な態度は、城内に一気に緊張を走らせた。
彼らが案内された謁見の間には、既にアルヴィスと、その隣にしっかりと立つユアンの姿があった。
「……マクレーン家の放った戯言を信じて、王都からわざわざ掃除に来たのか。聖魔法騎士団も随分と暇になったものだな」
アルヴィスの低い声が広間に響く。呪いの熱が消えたことで、彼の魔力はより純粋に、そして研ぎ澄まされた刃のように鋭く周囲を圧していた。
ギデオンは眉を寄せ、背後に控える魔導鑑定士に目配せをする。
「ユアン・マクレーン。君が閣下に不当な魅了(チャーム)の魔法、あるいは精神操作の薬物を使用している疑いがある。一度、王都の隔離施設で鑑定を行う必要がある」
「鑑定……。僕を、犯罪者扱いするんですか?」
ユアンは震える唇を噛み締めた。かつての自分なら、ここで泣き寝入りしていたかもしれない。けれど、隣にいるアルヴィスの手が、そっと自分の腰を抱き寄せるのを感じて、ユアンは顔を上げた。
「……ギデオン。その手を私の伴侶に伸ばしてみろ。貴様の騎士団ごと、この城の塵にしてやる」
「閣下、正気に戻ってください! これは王命に等しい調査です!」
ギデオンが剣の柄に手をかけた、その時。ユアンが前に出た。
「待ってください。鑑定なら、今ここでしてください。……僕が閣下に何をしたか、僕の『風』に聞いてみればいい」
ユアンが両手を広げると、足元から柔らかな緑の光が立ち上った。
それは攻撃的な魔力ではない。ひんやりとしていて、けれどどこか懐かしい、春の草原を思わせる清々しい風だ。
「『そよ風さん、僕の心をみんなに届けて。嘘のない、本当の風を』」
ユアンが魔法を解き放つと、風は謁見の間を渦巻くように駆け巡った。
風に触れた騎士たちは、驚きに目を見開く。その風には、ユアンがアルヴィスを想う純粋な敬愛、慈しみ、そして彼が救われたことへの深い感謝の念が、一点の曇りもなく溶け込んでいた。
「……な、なんだ、この魔力は……。邪悪な気配が、欠片も感じられない……」
魔導鑑定士が呆然と呟く。鑑定用の魔導具は、赤く光るはずの警告を一切出さず、代わりに「至純の愛」を証明する澄んだ青色に輝いていた。
「さらに見てください」
ユアンは近くの鉢植えに手を添えた。そこには、先日アルヴィスの呪いを癒やした『月光の息吹草』の二世が芽吹いていた。ユアンが魔力を送ると、草は一瞬にして成長し、銀色の粉を周囲に振りまく。
その粉がアルヴィスに触れると、彼の魔力が一段と穏やかに、かつ強力に安定した。
「これが僕のしたことです。閣下の呪いを解くために、二人で夜を越えて、この花を育てました。これが『洗脳』だと言うなら、この国中の医者や薬師は、みんな洗脳者になってしまいます」
ユアンの毅然とした言葉に、ギデオンは返す言葉を失った。
そこへ、アルヴィスが追い打ちをかけるように、重厚な一歩を踏み出す。
「……ギデオン。貴様らは、一人の少年が血の滲むような努力で作り上げた『奇跡』を、根も葉もない嫉妬に塗れた噂で汚そうとした。その罪は重いぞ」
アルヴィスの全身から、黒いオーラが立ち上る。
それは呪いの熱ではない。愛する者を侮辱された「男」としての純粋な怒りだ。
「ひ、ひぃっ……! し、失礼いたしました! 我々は、その……マクレーン男爵の虚偽の報告に踊らされたようで……!」
ギデオンは、もはや騎士の威厳もかなぐり捨てて後ずさった。アルヴィスの放つ殺気は、訓練を受けた魔法騎士ですら正気を保てないほどに苛烈だったからだ。
「……帰りなさい。そして王都に伝えろ。ロストック城には、世界で一番誇り高く、心優しい魔法使いが私の隣にいると。……もし今後、再び彼を傷つけようとする者が現れたなら、その時はこの国ごと、私が焼き払うとな」
「焼き払う」という物騒な言葉でさえ、今のアルヴィスが言うと、究極の「愛の告白」に聞こえるから不思議だ。
聖魔法騎士団は、蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。
後に残されたのは、静まり返った謁見の間と、少しだけやりすぎたかなと頬をかくユアン、そして満足げに鼻を鳴らすアルヴィス。
「……閣下。最後のは、ちょっと怖すぎましたよ」
「そうか? あれでも抑えた方なのだが」
アルヴィスはユアンを正面から抱きかかえると、その首筋に顔を埋めた。
「お前が、あんなに堂々と私のことを『愛している』と魔力に込めるから……。嬉しくて、つい誇示したくなってしまった」
「えっ、あ……。聞こえてたんですね、やっぱり」
ユアンは真っ赤になってアルヴィスの胸に顔を隠した。
風に乗せて流した感情は、誰よりも先に、最愛の夫に届いていた。
一方、王都では。
逃げ帰ったギデオン卿らの報告により、「マクレーン男爵による、国家反逆にも等しい虚偽報告」が公のものとなった。
数日後、ユアンの父と兄たちは、不当な告発と公爵家への侮辱罪により、爵位を剥奪され、北方の鉱山での強制労働という重い処罰を受けることになった。文字通りの「ざまぁ」展開である。
――夕暮れ時、城の中庭。
ユアンとアルヴィスは、並んで夕日を眺めていた。
「これで、本当にもう邪魔する人はいませんね」
「ああ。……次は、お前のために用意した、世界で一番豪華なドレスを着せる番だな」
「ドレスじゃなくて、礼装にしてくださいってば!」
笑い合う二人の姿を、リアムたちが遠くからニヤニヤと見守っている。
契約終了まで、残り200日。
しかし、もはや誰もその日を「終わり」だとは思っていない。
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