お飾りの番だと言われましたが呪いを解いたら冷徹公爵様の執着が止まりません!〜聖なる緑の指で領地ごと幸せになっちゃいます〜

たら昆布

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19話

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 王都からの騒がしい「視察団」という名の刺客を追い払い、実家の不穏な動きも完全に封じ込めたロストック城。
 次に待っていたのは、領地を挙げての祝祭――アルヴィスとユアンの、正式な結婚式の準備だった。
 だが、当の本人であるユアンは、朝から冷や汗が止まらなかった。

「……あの、閣下。やりすぎではないでしょうか」

 ユアンは、謁見の間を埋め尽くさんばかりに運び込まれた布地のロールと、装飾品の山を前にして、頬を引きつらせた。王都から呼び寄せられた一流のデザイナーたちが、十数人も「我こそは最高の伴侶に最高の装いを!」と鼻息を荒くして控えている。

「何を言う。お前は私の伴侶であり、この地の象徴となるのだ。妥協など一切許さん。……おい、そこのデザイナー。そのサテンは光沢が下品だ。却下」
「ひ、ひぃっ! 失礼いたしました!」

 アルヴィスは、椅子に深く腰掛け、鋭い金色の瞳をさらに細めて布地を吟味していた。呪いの熱が完全に引いたことで、彼の色彩感覚や審美眼は以前にも増して冴え渡っている。……というか、愛の力で「ユアンに似合うもの」へのこだわりが常軌を逸し始めていた。

「閣下、僕はもっとシンプルなものでいいんです。動きやすい方が……」
「当日は私がずっとお前を抱きかかえて移動する予定だ。歩く必要はないから、動きやすさなど考慮しなくていい。裾は三メートルほど引きずるタイプにしろ」
「…………ひゃっ!? 抱っことか三メートルとか、それじゃ僕、動く置物じゃないですか!」

 さらりと言ってのけるアルヴィスに、ユアンは真っ赤になって絶句した。
 傍らで控えていたリアムが、笑いを堪えるように肩を震わせている。

「ユアン様、諦めてください。今の閣下にとって、ユアン様は『世界で一番美しい生きた芸術品』なんですから。ほら、こちらの『月の涙』と呼ばれる極北の蜘蛛の糸で織った布なんてどうです? ユアン様の髪の色にそっくりですよ」
「ああ、それだ。それにしろ。刺繍はすべて純銀の糸で、隠し模様としてユアンの好きな薬草のモチーフを入れろ。……それから、ボタンはすべて最高級のブルーダイヤモンドだ」

 デザイナーたちが「おおお……!」と感嘆の声を上げ、必死にメモを取る。もはや騎士のこだわりを超えて、愛する対象への「偏執的なまでの美学」に達していた。

 数時間にわたる「人間着せ替え人形」状態からようやく解放されたのは、日が傾き始めた頃だった。
 アルヴィスが軍務の最終確認で執務室に籠もっている間、ユアンは自室でこっそりと「作業」に没頭していた。

「『そよ風さん、僕の願いを糸に紡いで……』」

 ユアンは、アルヴィスに内緒で小さな革のペンダントヘッドを作っていた。中には、先日二人の魔力で咲かせた『月光の息吹草』の最も生命力の強い種を一粒、そしてユアン自身の魔力をたっぷりと込めた乾燥ハーブが入っている。

「アルヴィス様は、もう呪いの熱はないけれど……。それでも、戦場や公務で疲れたとき、僕の風を感じてリラックスしてほしいな」

 ユアンは、植物を成長させる『聖なる緑の指』を使い、ペンダントを保護する魔法の結界を丁寧に編み込んでいく。普通の人間には見えないが、魔力に敏感な今のアルヴィスなら、これに触れるだけで、いつでもユアンが隣で風を送っているような安心感を得られるはずだ。

 ふわり、と室内に心地よいハーブの香りが広がったそのとき。

「……何をしている、ユアン。扉の外までお前の甘い魔力の匂いが漏れているぞ」

「うわあああかっ!? か、閣下!?」

 突然背後から声をかけられ、ユアンは慌ててペンダントを背中に隠した。振り返ると、そこには仕事を終えたアルヴィスが、少しだけ疲れたような、けれど蕩けるように愛おしげな表情で立っていた。

「お疲れ様です! お仕事、終わったんですか? まだ早いんじゃ……」
「……隠し事か? お前の心拍数が跳ね上がっているのが、手に取るようにわかる。……ユアン、こっちへ来い」

 アルヴィスは、一歩ずつユアンに歩み寄る。浄化されたあとの彼は、魔力の波長でユアンの感情を察知するのが以前よりも格段に上手くなっていた。
 ユアンは観念して、背中に隠していた手を前に出した。

「……これ、結婚式のサプライズにしようと思ってたんですけど……。閣下のためにお守りを作ったんです」

 手のひらを広げると、そこには素朴ながらも温かみのある、小さな革製のペンダントがあった。
 アルヴィスはそれを指先でつまみ上げ、不思議そうに見つめた。

「お守り……?」
「はい。僕の魔力と、薬草の香りを閉じ込めました。閣下が一人で遠くへお仕事に行くときとか、疲れたときに触ってください。僕の『風』が、いつでも閣下を包んで守ってくれるようにって……」

 ユアンが照れくさそうに説明すると、アルヴィスは長い沈黙のあと、ぎゅっとペンダントを握りしめた。

「…………」
「あ、あの、不恰好ですみません。デザイナーさんの作ったダイヤモンドのボタンに比べたら全然価値なんて……」
「……黙れ、ユアン。これ以上の価値など、この世のどこにもない」

 アルヴィスは、ユアンを押し潰さんばかりの力で抱きしめた。
 彼の胸板の奥から、ドクンドクンと激しい鼓動が伝わってくる。

「ユアン。私は、かつてこの熱に焼かれて孤独に死ぬのだと思っていた。……だが、今は違う。お前がくれたこの風を、温もりを、守るために生きたいと……心から思っている」
「アルヴィス様……」

 アルヴィスの低い声が、ユアンの心に直接響く。
 「お飾り」の番として売られてきたあの日の自分に教えてあげたい。
 君を待っているのは絶望ではなく、こんなにも重く、甘く、切ないほどの「愛」なのだと。

「……私も。僕も、閣下と一緒に、このお庭でずっと生きていきたいです」
「……そうか。ならば、一生離さん。……まずは今夜、朝まで私の腕の中から逃げないという契約を結んでもらおうか」
「ええっ、そんな契約、聞いてませ……んっ」

 口を塞がれたユアンは、抵抗するのをやめて、幸せな重みを受け入れた。
 窓の外では、夜の風が二人を祝福するように、静かに、けれど力強く吹き抜けていた。

 契約終了まで、残り180日。
 けれど、カレンダーの数字はもう、二人にとって何の意味も持たなくなっていた。
 お飾りではない、本物の愛が、今この城のすべてを満たしているのだから。
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