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20話
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ロストック領の空は、雲一つない鮮やかな青に染まっていた。
城門から広場にかけて、領民たちが手作りした色とりどりの花の首飾りが飾られ、朝から祝祭の音楽が鳴り響いている。今日は、この地の主であるアルヴィス・フォン・ロストック公爵と、その『番』であるユアンの正式な婚礼の日だ。
城内の一室で、ユアンは鏡の前に立ち、自分の姿に呆然としていた。
纏っているのは、あの衣装合わせでアルヴィスが選んだ『月の涙』の礼装。銀色の糸で織られた布地は、ユアンが動くたびに星の光を反射するようにきらめき、袖口や襟元には繊細な薬草の刺繍が施されている。
「……これ、本当に僕なんですよね」
「ええ、とっても素敵ですよ、ユアン様。いえ、今日からは『公爵夫人』とお呼びすべきでしょうか」
髪を整えていたリアムが、満足げに鏡越しに微笑む。
「公爵夫人だなんて、まだ慣れません……。でも、アルヴィス様に恥をかかせないように頑張らないと」
(ドキドキが止まらない。アルヴィス様、もう準備できたかな。昨日も『式が待ちきれない』って、夜遅くまで僕の手を離してくれなかったけど……)
ユアンが顔を赤らめていると、背後の扉が力強く開かれた。
現れたのは、漆黒の正装に身を包んだアルヴィスだ。普段の軍服も格好いいが、贅を尽くした礼装を纏った彼は、まさに伝説に語り継がれる『騎士王』そのものの威厳を放っている。
アルヴィスは部屋に入るなり、ユアンの姿を見てその場に凍りついた。
「………………」
「あ、あの……閣下? やっぱり、ちょっと派手すぎましたか?」
不安げに尋ねるユアンに対し、アルヴィスは長い沈黙のあと、ゆっくりと歩み寄り、膝をついてユアンの手を取った。
「……いや。……言葉にするのが惜しいほど、美しい。……今日からお前が、名実ともに私の生涯ただ一人の伴侶となる。……その事実だけで、胸がいっぱいだ」
アルヴィスの声は、これまでにないほど優しく、熱く震えていた。
かつて彼を苦しめていた呪いの熱はもうない。けれど、今ユアンに注がれている情熱的な視線は、どんな呪いよりも強く、深く、ユアンの心を焦がした。
「さあ、行こう。みんながお前を待っている」
結婚式は、ユアンが手入れを続けてきた中庭で行われた。
そこには、かつての荒れ果てた土壌の面影はない。ユアンの魔法と愛情によって、色とりどりの花々が咲き乱れ、中央にはあの『雪どけ草』が、真っ白な絨毯のように地面を覆っている。
祭壇の前に立った二人に、集まった騎士や領民たちから割れんばかりの拍手が送られる。
誓いの儀式が始まり、アルヴィスがユアンの指に、大きなサファイアが輝く指輪を嵌めた。
「ユアン。お前を二度とお飾りにしない。……お前の風を、お前の笑顔を、私が一生をかけて守り抜く」
「アルヴィス様……。僕も、あなたの側にずっといます。あなたの歩く道に、いつも心地いい風が吹くように……」
二人が誓いの口づけを交わそうとした、その時。
「きゅ……!」という、聞き覚えのある小さな声が響いた。
祭壇の屋根からひょっこりと顔を出したのは、先日森へと帰ったはずの『星喰いリス』だった。リスは口に何かを咥えており、器用にユアンの肩へと飛び降りた。
「あ、君! 来てくれたんだね」
リスはユアンの肩で誇らしげに胸を張ると、咥えていたものをユアンの手のひらに落とした。
それは、黄金色に輝く、見たこともないほど立派な『森の種』だった。
「これ……僕へのプレゼント?」
「きゅきゅっ!」
ユアンがその種を手に取った瞬間。
リスが持ち込んだ神秘的な魔力と、ユアン自身の喜び、そしてアルヴィスの深い愛が共鳴し、奇跡が起きた。
ユアンの指先から、眩いばかりの緑と銀の光が溢れ出した。
その光はそよ風に乗って、城壁を越え、広場を抜け、領地全体へと広がっていく。
「わあ……! 見て、お花が!」
領民たちが歓声を上げた。
光が触れた場所から、次々と『雪どけ草』の白い花が芽吹き、あっという間にロストック領全体を真っ白な「祝福の花の海」へと変えてしまったのだ。
「すごい……。これ、僕の魔法……?」
「いや、ユアン。これは私たちの、幸せの形だ」
アルヴィスは、光り輝く景色の中で、ユアンを力強く抱き上げた。
もはや言葉はいらなかった。
拍手は地鳴りのように響き、誰もがこの「奇跡の番」を祝福している。
夜。宴の喧騒から少し離れ、二人はバルコニーで静かに夜風に当たっていた。
手元には、お祝いにバルトたちが作ってくれた特製のハニーベリー・カクテルがある。
「疲れましたか、アルヴィス様」
「いいや。……むしろ、力が漲っている。お前という光を手に入れたのだからな」
アルヴィスは、ユアンを背後から包み込むように抱き寄せた。
首筋に感じる彼の吐息が、ユアンを甘く酔わせる。
「……契約終了まで、あと半年ほど、でしたね」
「そんな話、まだ覚えているのか。……あんな紙切れのことは忘れろと言っただろう」
アルヴィスは不満げにユアンの耳たぶを甘噛みした。
「……今日からは新しい契約だ。期間は『永遠』。……報酬は、私の全存在と全財産。……お前への愛だ」
「ふふ、それ……僕には高価すぎて、一生かけても返せそうにありません」
「返さなくていい。……一生、私の隣でお前の風を吹かせてくれれば、それでいいんだ」
二人は、月明かりに照らされた「白い花の海」を見下ろしながら、二度目の、そして本当の意味での誓いの口づけを交わした。
お飾りの番から始まった、不器用な二人の恋。
けれど今、この風の中に「嘘」は何一つない。
二人の未来は、まだ始まったばかり。
城門から広場にかけて、領民たちが手作りした色とりどりの花の首飾りが飾られ、朝から祝祭の音楽が鳴り響いている。今日は、この地の主であるアルヴィス・フォン・ロストック公爵と、その『番』であるユアンの正式な婚礼の日だ。
城内の一室で、ユアンは鏡の前に立ち、自分の姿に呆然としていた。
纏っているのは、あの衣装合わせでアルヴィスが選んだ『月の涙』の礼装。銀色の糸で織られた布地は、ユアンが動くたびに星の光を反射するようにきらめき、袖口や襟元には繊細な薬草の刺繍が施されている。
「……これ、本当に僕なんですよね」
「ええ、とっても素敵ですよ、ユアン様。いえ、今日からは『公爵夫人』とお呼びすべきでしょうか」
髪を整えていたリアムが、満足げに鏡越しに微笑む。
「公爵夫人だなんて、まだ慣れません……。でも、アルヴィス様に恥をかかせないように頑張らないと」
(ドキドキが止まらない。アルヴィス様、もう準備できたかな。昨日も『式が待ちきれない』って、夜遅くまで僕の手を離してくれなかったけど……)
ユアンが顔を赤らめていると、背後の扉が力強く開かれた。
現れたのは、漆黒の正装に身を包んだアルヴィスだ。普段の軍服も格好いいが、贅を尽くした礼装を纏った彼は、まさに伝説に語り継がれる『騎士王』そのものの威厳を放っている。
アルヴィスは部屋に入るなり、ユアンの姿を見てその場に凍りついた。
「………………」
「あ、あの……閣下? やっぱり、ちょっと派手すぎましたか?」
不安げに尋ねるユアンに対し、アルヴィスは長い沈黙のあと、ゆっくりと歩み寄り、膝をついてユアンの手を取った。
「……いや。……言葉にするのが惜しいほど、美しい。……今日からお前が、名実ともに私の生涯ただ一人の伴侶となる。……その事実だけで、胸がいっぱいだ」
アルヴィスの声は、これまでにないほど優しく、熱く震えていた。
かつて彼を苦しめていた呪いの熱はもうない。けれど、今ユアンに注がれている情熱的な視線は、どんな呪いよりも強く、深く、ユアンの心を焦がした。
「さあ、行こう。みんながお前を待っている」
結婚式は、ユアンが手入れを続けてきた中庭で行われた。
そこには、かつての荒れ果てた土壌の面影はない。ユアンの魔法と愛情によって、色とりどりの花々が咲き乱れ、中央にはあの『雪どけ草』が、真っ白な絨毯のように地面を覆っている。
祭壇の前に立った二人に、集まった騎士や領民たちから割れんばかりの拍手が送られる。
誓いの儀式が始まり、アルヴィスがユアンの指に、大きなサファイアが輝く指輪を嵌めた。
「ユアン。お前を二度とお飾りにしない。……お前の風を、お前の笑顔を、私が一生をかけて守り抜く」
「アルヴィス様……。僕も、あなたの側にずっといます。あなたの歩く道に、いつも心地いい風が吹くように……」
二人が誓いの口づけを交わそうとした、その時。
「きゅ……!」という、聞き覚えのある小さな声が響いた。
祭壇の屋根からひょっこりと顔を出したのは、先日森へと帰ったはずの『星喰いリス』だった。リスは口に何かを咥えており、器用にユアンの肩へと飛び降りた。
「あ、君! 来てくれたんだね」
リスはユアンの肩で誇らしげに胸を張ると、咥えていたものをユアンの手のひらに落とした。
それは、黄金色に輝く、見たこともないほど立派な『森の種』だった。
「これ……僕へのプレゼント?」
「きゅきゅっ!」
ユアンがその種を手に取った瞬間。
リスが持ち込んだ神秘的な魔力と、ユアン自身の喜び、そしてアルヴィスの深い愛が共鳴し、奇跡が起きた。
ユアンの指先から、眩いばかりの緑と銀の光が溢れ出した。
その光はそよ風に乗って、城壁を越え、広場を抜け、領地全体へと広がっていく。
「わあ……! 見て、お花が!」
領民たちが歓声を上げた。
光が触れた場所から、次々と『雪どけ草』の白い花が芽吹き、あっという間にロストック領全体を真っ白な「祝福の花の海」へと変えてしまったのだ。
「すごい……。これ、僕の魔法……?」
「いや、ユアン。これは私たちの、幸せの形だ」
アルヴィスは、光り輝く景色の中で、ユアンを力強く抱き上げた。
もはや言葉はいらなかった。
拍手は地鳴りのように響き、誰もがこの「奇跡の番」を祝福している。
夜。宴の喧騒から少し離れ、二人はバルコニーで静かに夜風に当たっていた。
手元には、お祝いにバルトたちが作ってくれた特製のハニーベリー・カクテルがある。
「疲れましたか、アルヴィス様」
「いいや。……むしろ、力が漲っている。お前という光を手に入れたのだからな」
アルヴィスは、ユアンを背後から包み込むように抱き寄せた。
首筋に感じる彼の吐息が、ユアンを甘く酔わせる。
「……契約終了まで、あと半年ほど、でしたね」
「そんな話、まだ覚えているのか。……あんな紙切れのことは忘れろと言っただろう」
アルヴィスは不満げにユアンの耳たぶを甘噛みした。
「……今日からは新しい契約だ。期間は『永遠』。……報酬は、私の全存在と全財産。……お前への愛だ」
「ふふ、それ……僕には高価すぎて、一生かけても返せそうにありません」
「返さなくていい。……一生、私の隣でお前の風を吹かせてくれれば、それでいいんだ」
二人は、月明かりに照らされた「白い花の海」を見下ろしながら、二度目の、そして本当の意味での誓いの口づけを交わした。
お飾りの番から始まった、不器用な二人の恋。
けれど今、この風の中に「嘘」は何一つない。
二人の未来は、まだ始まったばかり。
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