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7話
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「……あの、団長。さすがにこれはやりすぎじゃないですか?」
騎士団長室の大きなソファの上。アキは、隣にぴったりと座り込んで、自分の書類仕事にアキを付き合わせているゼクスを見上げた。
団長は片手で羽根ペンを走らせつつ、もう片方の手は当然のようにアキの腰をがっしりと抱き寄せている。
「何がだ。セレス王子がいつ壁を越えて侵入してくるか分からん。一秒たりとも視界から外すわけにはいかない」
「王子様はそんな不法侵入なんてしませんよ! それに、この距離だと俺、身動きが取れなくて……」
アキがもがくと、ゼクスはぴたりとペンを止めた。
そして、ふっと視線を落とし、至近距離でアキの瞳を覗き込む。
「……嫌か? 私が側にいるのは」
普段の氷のような冷徹さはどこへやら、その瞳には捨てられた仔犬のような、ひどく脆(もろ)い色が混じっていた。
そんな顔をされると、ペットショップ店員として「放っておけない」性分が疼いてしまう。
「い、嫌じゃないですけど……。でも、お風呂までついてこようとするのは、さすがに……」
「貴様が無防備すぎるのが悪い。……分かった、入浴の際は扉の外で待とう。だが、食事は私の手から食べろ。毒見が必要だ」
「それはただの過保護です!」
ルルとポムは、そんな二人をベッドの上で眺めながら、呆れたように念話を飛ばし合っていた。
『……おいポム、あの黒髪の男、完全にアキを自分の獲物だと思い込んでるな』
『ポムもそう思うポム。でもアキも、顔が赤くなってるのに逃げないポム。ニンゲンの求愛行動は複雑だポム』
夜になり、最難関の「睡眠時間」がやってきた。
当然のようにベッドへ潜り込もうとするゼクスを、アキは必死に枕で堰き止める。
「団長! 今日こそはソファで寝てください!」
「断る。夜襲の可能性を考慮すれば、背中を合わせて寝るのが定石だ」
「そんな戦場みたいな理屈、通用しません!」
押し問答の末、結局「ベッドの真ん中にルルとポムを挟む」という条件で、三人(+二匹)は川の字で寝ることになった。
静まり返った夜の帳の中で、アキは隣から伝わってくるゼクスの高い体温に、なかなか寝付けずにいた。
ゼクスの規則正しい寝息が聞こえる。
(……寝顔だけ見てると、本当に綺麗なんだけどなぁ)
アキがそっと隣を盗み見ると、月光に照らされたゼクスの横顔は、恐ろしいほど整っていた。
すると、眠っていたはずのゼクスが、無意識にアキの方へと寝返りを打った。
「……アキ……」
掠れた声で名前を呼ばれ、アキの心臓が跳ねる。
ゼクスの大きな手が、ルルたちを飛び越えて、アキの細い手首を優しく、だが逃がさないように包み込んだ。
「……行くな……。どこへも……」
それは、昼間の傲慢な命令とは違う、切実な願いのような囁きだった。
アキは、握られた手から伝わる彼の孤独と、隠しきれない愛情に、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……この人、本当に動物に嫌われるのが寂しかったんだな。……それとも、これって……)
アキが自らの感情の正体に気づきかけたその時。
部屋の壁に設置された通気口から、カシャカシャという不審な音が聞こえた。
「――供給キタァァ! 寝込みの無意識プロポーズ! 記録水晶フル稼働ぉぉ!」
壁の向こうで聖女リナが小声で絶叫している。
その声でゼクスがガバッと起き上がり、「刺客か!?」と剣を抜こうとしてベッドから転げ落ちるまでが、今夜のセットだった。
アキの恋への自覚は、リナのオタク的妨害によって、再び遠のいていくのだった。
騎士団長室の大きなソファの上。アキは、隣にぴったりと座り込んで、自分の書類仕事にアキを付き合わせているゼクスを見上げた。
団長は片手で羽根ペンを走らせつつ、もう片方の手は当然のようにアキの腰をがっしりと抱き寄せている。
「何がだ。セレス王子がいつ壁を越えて侵入してくるか分からん。一秒たりとも視界から外すわけにはいかない」
「王子様はそんな不法侵入なんてしませんよ! それに、この距離だと俺、身動きが取れなくて……」
アキがもがくと、ゼクスはぴたりとペンを止めた。
そして、ふっと視線を落とし、至近距離でアキの瞳を覗き込む。
「……嫌か? 私が側にいるのは」
普段の氷のような冷徹さはどこへやら、その瞳には捨てられた仔犬のような、ひどく脆(もろ)い色が混じっていた。
そんな顔をされると、ペットショップ店員として「放っておけない」性分が疼いてしまう。
「い、嫌じゃないですけど……。でも、お風呂までついてこようとするのは、さすがに……」
「貴様が無防備すぎるのが悪い。……分かった、入浴の際は扉の外で待とう。だが、食事は私の手から食べろ。毒見が必要だ」
「それはただの過保護です!」
ルルとポムは、そんな二人をベッドの上で眺めながら、呆れたように念話を飛ばし合っていた。
『……おいポム、あの黒髪の男、完全にアキを自分の獲物だと思い込んでるな』
『ポムもそう思うポム。でもアキも、顔が赤くなってるのに逃げないポム。ニンゲンの求愛行動は複雑だポム』
夜になり、最難関の「睡眠時間」がやってきた。
当然のようにベッドへ潜り込もうとするゼクスを、アキは必死に枕で堰き止める。
「団長! 今日こそはソファで寝てください!」
「断る。夜襲の可能性を考慮すれば、背中を合わせて寝るのが定石だ」
「そんな戦場みたいな理屈、通用しません!」
押し問答の末、結局「ベッドの真ん中にルルとポムを挟む」という条件で、三人(+二匹)は川の字で寝ることになった。
静まり返った夜の帳の中で、アキは隣から伝わってくるゼクスの高い体温に、なかなか寝付けずにいた。
ゼクスの規則正しい寝息が聞こえる。
(……寝顔だけ見てると、本当に綺麗なんだけどなぁ)
アキがそっと隣を盗み見ると、月光に照らされたゼクスの横顔は、恐ろしいほど整っていた。
すると、眠っていたはずのゼクスが、無意識にアキの方へと寝返りを打った。
「……アキ……」
掠れた声で名前を呼ばれ、アキの心臓が跳ねる。
ゼクスの大きな手が、ルルたちを飛び越えて、アキの細い手首を優しく、だが逃がさないように包み込んだ。
「……行くな……。どこへも……」
それは、昼間の傲慢な命令とは違う、切実な願いのような囁きだった。
アキは、握られた手から伝わる彼の孤独と、隠しきれない愛情に、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(……この人、本当に動物に嫌われるのが寂しかったんだな。……それとも、これって……)
アキが自らの感情の正体に気づきかけたその時。
部屋の壁に設置された通気口から、カシャカシャという不審な音が聞こえた。
「――供給キタァァ! 寝込みの無意識プロポーズ! 記録水晶フル稼働ぉぉ!」
壁の向こうで聖女リナが小声で絶叫している。
その声でゼクスがガバッと起き上がり、「刺客か!?」と剣を抜こうとしてベッドから転げ落ちるまでが、今夜のセットだった。
アキの恋への自覚は、リナのオタク的妨害によって、再び遠のいていくのだった。
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