悪役令息(予定)の俺、推し騎士を愛でるために破滅フラグを全力でバキ折ることにしました。

たら昆布

文字の大きさ
4 / 20

4話

しおりを挟む
騎士団での生活が始まって三日。
俺の仕事は多岐にわたるが、その最重要ミッションは「アルス様の身辺のお世話」だ。

前世で何百回と見たゲーム画面。
その向こう側にいたアルス様が、今、目の前でシャツのボタンを外している。
……現実か? これは現実なのか? 視力が一気に5.0くらいまで回復しそうだ。

「……おい、セシル。いつまでそこに突っ立っている。湯が冷めるだろう」

「あ、すみません! あまりの聖なる光景に、網膜が浄化されておりました!」

アルス様は俺の言葉をため息一つで受け流し、大浴場へと向かう。
騎士団の浴場は広いが、副団長である彼は、夜のこの時間は一人で利用することが多い。
そこに「雑用係」として潜入(正当な業務)した俺。

湯煙の向こう側で、アルス様がその見事な肉体を露わにした。
鍛え上げられた大胸筋、引き締まった腹筋、そして戦士の証である数条の古傷。

(……神だ。ミケランジェロの彫刻も裸足で逃げ出すレベルの造形美。拝みたい。むしろこのお湯を瓶に詰めて『聖水』として売り出したい……!)

「セシル。突っ立っていないで、さっさと流せ」

「はっ! 喜んで! むしろ僕の全細胞を駆使して、アルス様の角質一枚残さず磨き上げます!」

俺は手桶とタオルを握りしめ、背後に回った。
間近で見る背中は、想像以上に広くて逞しい。
手が震える。推しの肌に触れる。これはファンとしての禁忌ではないのか? 
いや、これは「仕事」だ。公務だ。

意を決して、泡立てたタオルをその白い肌に乗せる。

「……失礼します」

「……あ、ああ」

アルス様の声が、心なしかいつもより低い。
ゆっくりと円を描くように背中を洗っていくと、指先から伝わる彼の体温に、俺の心拍数は限界突破。

「アルス様、お肌……すごく綺麗ですね。毎日どんな徳を積んだら、こんなシルクのような質感になれるんですか?」

「……特になにもしていない。剣を振っているだけだ。……それより、お前の手……」

「僕の手がどうかしましたか!?」

「……いや。温かい、と思っただけだ」

アルス様がわずかに肩を震わせた。
その瞬間、俺の「オタクセンサー」が激しく警報を鳴らす。
え、待って。今、アルス様、ちょっと声が甘くなかったか? 
これ、BLゲームでいうところの「好感度上昇SE」が鳴る場面じゃないのか!?

調子に乗った俺は、さらにグイグイと踏み込んだ。

「アルス様が良ければ、毎日でもお流ししますよ! むしろ一生僕に流させてください。僕、アルス様の専属お風呂係として、国家資格を取る勢いで頑張りますから!」

「……一生、だと?」

アルス様が不意に振り返った。
立ち込める湯気のせいで、彼の銀色の瞳がいつもより潤んで見える。
至近距離。
濡れた髪から滴る水滴が、彼の鎖骨を伝っていく。

「貴様は……俺が怖くないのか? 数日前まで、お前の首を撥ねようとしていた男だぞ」

その問いかけは、どこか切実で、少しだけ寂しそうに聞こえた。
俺はタオルを置き、真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。

「怖くありません。だって、アルス様は自分の義務を果たそうとしただけでしょう? 僕はそんな、誠実で高潔なあなたを……心から、愛でているんですから」

『愛している』と言いかけて、『愛でている』に言い換えた。
まだ、悪役の俺が愛を囁くには早すぎる。

だが、アルス様の反応は予想外だった。
彼は俺の手首を掴むと、力強く自分の方へ引き寄せた。

「……貴様は本当に、調子を狂わせる。……責任、取ってもらうぞ」

「えっ、責任!? 何の!? 精神的苦痛の慰謝料ですか!? それとも僕の胃袋をアルス様の料理で満たしてくれるっていう契約結婚ですか!?」

「……バカか。……もういい、上がれ。のぼせているぞ」

アルス様は顔を真っ赤にして(お湯のせいだと思いたい)、俺を浴室から追い出した。

扉を閉めた後、俺はその場にへたり込んだ。
心臓が口から出そうだ。

(……今の、絶対にフラグだったよね!? 『責任取れ』って、それもうプロポーズ一歩手前のやつだよね!?)

一方、浴室の中。
アルスは一人、赤くなった顔を冷やすように顔を洗っていた。

「……愛でている、だと? ……ふざけた男だ。だが……」

彼の脳裏には、先ほど自分を見つめていたセシルの、真剣で、どこか慈しむような瞳が焼き付いて離れなかった。

殺意が執着に、蔑みが独占欲に変わるまで。
あと、ほんの少し。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

ラベンダーに想いを乗せて

光海 流星
BL
付き合っていた彼氏から突然の別れを告げられ ショックなうえにいじめられて精神的に追い詰められる 数年後まさかの再会をし、そしていじめられた真相を知った時

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生2929回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

処理中です...