悪役令息(予定)の俺、推し騎士を愛でるために破滅フラグを全力でバキ折ることにしました。

たら昆布

文字の大きさ
7 / 20

7話

しおりを挟む
「アルス様、失礼いたします。騎士団長より、本日の夜会に同行せよとの伝令が――」

執務室に飛び込んだ俺は、そこで凍りついた。
アルス様の隣に、見慣れない……いや、ゲーム画面で嫌というほど見た「美女」が立っていたからだ。

燃えるような赤髪に、自信に満ちた緑の瞳。
公爵令嬢カトリーヌ。
ゲームでは、アルス様の婚約者候補としてセシル(俺)と競い合い、最後には俺を破滅へと追い込む協力者の一人だ。

「あら、その子が噂の『狂った令息』かしら? アルス、趣味が変わったのね」

カトリーヌが扇子を広げ、クスクスと高く笑う。
その視線には、かつての俺に向けられていたような「蔑み」が混じっている。

(げっ、カトリーヌ! このタイミングで出てくるか……。ゲームだと、彼女がアルス様に近づくたびに、俺が嫉妬で嫌がらせをして自爆するんだよな)

だが、今の俺は以前のセシルではない。
中身は訓練された推しオタクだ。

「……セシル。仕事中だ、下がっていろ」

アルス様の声は冷たかったが、その瞳はどこか落ち着きがない。
俺がショックを受けていると勘違いしているのだろうか。

「いいえ、アルス様。お気になさらず! 僕はただ、カトリーヌ様の美しさに圧倒されていただけで……。アルス様の隣に並ぶと、まるで一幅の名画のようです。ああ、眼福、眼福」

「……は?」
カトリーヌの笑みが固まった。
「……貴様、嫌味を言っているの?」

「まさか! 公爵令嬢の気品と、我が推し……失礼、アルス様の剛健さ。この対比が織りなす黄金比(ゴールデンレシオ)、素晴らしいです! ぜひそのまま10分ほど静止していただけませんか? 脳内シャッターを切りますので」

俺がキラキラした目で二人を交互に眺めていると、なぜかアルス様の顔がどんどん険しくなっていった。

「セシル、ふざけるな。……カトリーヌ。貴様との話は終わったはずだ。帰れ」

「まあ、冷たいわね。お父様は、あなたとの縁談を本気で進めるつもりなのよ? 今日はこの後、一緒に食事でも――」

カトリーヌがアルス様の腕にしがみつこうとした、その時。
アルス様は、目にも留まらぬ速さでその手を払い除け、あろうことか俺の腰を抱き寄せた。

「っ……アルス様!?」

「断る。俺は今、この雑用係の教育で忙しい。……それと、カトリーヌ。二度と俺の職場に私情を持ち込むな。次はないぞ」

アルス様の体から、物理的に肌がヒリつくほどの「威圧(プレッシャー)」が放たれる。
あのカトリーヌが、恐怖で顔を青ざめさせて後ずさった。

「……な、なによ! そんな不潔な男にうつつを抜かして……後悔しても知らないわよ!」

捨て台詞を残して、カトリーヌが部屋を飛び出していく。
静まり返った執務室。
俺の腰には、依然としてアルス様の強い力がこもった腕が回されている。

「……アルス様。もう、カトリーヌ様はいませんよ? 腰、折れそうです」

「…………」

アルス様は何も言わず、俺を抱き寄せたまま、自分の顔を俺の首筋に埋めた。
熱い吐息が直接肌に触れ、背筋にゾクゾクとした震えが走る。

「……アルス、様……?」

「……なぜ、笑っていた」

「えっ?」

「あの女と俺が並んでいるのを見て、なぜ……平気な顔で笑っていたんだ。貴様は、俺が他の誰かのものになってもいいのか」

その声は、震えていた。
最強の騎士らしからぬ、弱々しくて、切実な独占欲。

「……よくありません。でも、アルス様が選んだ道なら、僕はそれを全力で応援するのがファンの……僕の役目だと」

「……黙れ」

アルス様が俺の首筋に、小さく、だが消えないほど深く噛みついた。

「痛っ……!」

「……これは罰だ。二度と、他の誰かに俺を譲るような口をきくな。……お前は、俺だけを見ていればいいんだ。わかったか」

アルス様が顔を上げると、その銀色の瞳には、今まで見たこともないような深い愛執の炎が宿っていた。
それは、処刑人の瞳ではない。
獲物を二度と離さないと決めた、捕食者の瞳だった。

(……ああ。これ、破滅フラグは折れたかもしれないけど……。代わりに、もっと逃げ場のない『監禁フラグ』が立ち上がっちゃった気がする……!)

俺は、ドクドクと波打つ自分の心臓の音を聞きながら、推しの執着という名の甘い罠に、ずぶずぶと沈んでいくのを感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

ラベンダーに想いを乗せて

光海 流星
BL
付き合っていた彼氏から突然の別れを告げられ ショックなうえにいじめられて精神的に追い詰められる 数年後まさかの再会をし、そしていじめられた真相を知った時

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

オメガの復讐

riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。 しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。 とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆

貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない

こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生2929回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

処理中です...