12 / 20
12話
しおりを挟む
「……アルス様。いくらなんでも、この距離で教える必要はありますか?」
「ある。夜会では、いつどこから毒針や魔法が飛んでくるかわからないからな。……もっと密着しろ」
王宮の一室。夜会を三日後に控え、俺はアルス様から「護身術」という名目のダンスレッスンを受けていた。
……といっても、もはやダンスの原型を留めていない。
アルス様は俺の腰を折れそうなほど強く引き寄せ、俺の脚の間に自分の膝を割り込ませている。
「セシル。敵は貴様のその無防備な隙を狙う。……こうして、俺が常に貴様の体温を感じられる距離にいなければ意味がない」
「それ、護身術じゃなくて『抱擁』っていうんですよ。アルス様」
「同じことだ」
アルス様は平然と言い放つ。
資料室での事件以来、彼の「過保護」はもはや伝説の域に達していた。
俺がトイレに行こうとするだけで騎士を二人付けようとするし、食事はすべて彼が毒見(というか半分くらい食べさせてくれる)という徹底ぶりだ。
(……尊い。尊いけど、これじゃあ夜会で僕が動く前に、アルス様が周囲を全員威圧で気絶させちゃう気がする)
「キュイッ!」
足元では、ルナールが「僕も混ぜて!」と言わんばかりに尻尾を振っている。
アルス様はルナールをチラリと見ると、珍しく彼を抱き上げ、俺との間に挟み込んだ。
「ルナール。夜会ではお前がセシルの影に潜め。少しでも不審な動きがあれば、容赦なく噛みつけ。……セシルの髪一本でも触れさせるな」
「キュイ(了解)!」
「ちょ、アルス様。聖獣を番犬(番狐?)みたいに扱わないでくださいよ」
俺が苦笑いしていると、アルス様が不意に真剣な顔で俺の首筋――チョーカーの魔石に触れた。
「セシル。……今回の夜会、教会の連中はお前の中に眠る『闇』を証明しようとするだろう。……もし、お前が自分を『悪役』だと思って怖くなったら、この魔石を握れ。俺の魔力が、いつでもお前を繋ぎ止める」
アルス様の低い声が、胸の奥に深く染み渡る。
彼は、俺が前世の記憶(ゲームの知識)ゆえに、どこかで「自分は死ぬべき悪役だ」と思い込んでいることを見抜いているのかもしれない。
「……怖くありませんよ。だって、僕には世界最強の『推し』がついているんですから」
俺が笑って彼の胸に顔を埋めると、アルス様はふっと優しく目を細め、俺の頭を大きな手で包み込んだ。
その時、バタン!と無作法に扉が開いた。
「はーい、お邪魔虫の聖女様が通るわよ! セシル様、夜会の勝負服持ってきたわよ!」
リリアーヌ様が、侍女たちに大きな衣装箱を運ばせて現れた。
彼女の目は、俺とアルス様が密着しているのを見て一瞬でギラリと輝いたが、すぐにプロの顔(腐女子の顔)で作戦を切り替えた。
「見て! これ、私が聖女のコネをフル活用して特注した『対・闇魔法防御機能付き』の礼服! デザインは、アルス様の騎士服と対になるように、白と金の刺繍を入れたわ。……ふふ、実質的なウェディングドレスよ!」
「リリアーヌ。……余計な一言が多いが、仕事は評価してやる」
アルス様が満足げに衣装を検分する。
白銀の生地に、アルス様の瞳と同じ銀色の糸で刺繍が施された豪華な衣装。
これを着てアルス様の隣に並ぶ。……それは、ゲームでは絶対にあり得なかった「光の結末」への第一歩だ。
「さあセシル様、試着よ! アルス様、悪いけど着替えは私が見るから、あなたは外で待ってて!」
「……なぜだ。俺が着替えさせる」
「ダメに決まってるでしょ! 準備が終わるまで、主役を安売りしちゃダメなの! はい、シッシッ!」
聖女の権限で追い出されたアルス様は、不満げに「……五分だ。五分以上かかるようなら、扉を壊して入る」という不穏な捨て台詞を残して去っていった。
二人きりになった室内。
リリアーヌ様は、俺に服をあてがいながら、小声で囁いた。
「セシル様。……夜会の裏で、教会の司教が『魔力鑑定の儀』を強行しようとしてるわ。でも心配しないで。私が鑑定の結果を『聖なる光』に偽装するから。……あなたはただ、アルス様の隣で、最高に幸せそうな顔をしていて」
「リリアーヌ様……。ありがとうございます」
「礼には及ばないわ。……それより見て、このタイトなウエストライン! これでアルス様の独占欲を限界まで煽るのよ! がんばってね、私の『推しカプ』!」
俺は、頼もしすぎる同志の言葉に勇気をもらい、運命の夜会へと挑む準備を整えた。
破滅フラグをバキバキに折る準備は、もうできている。
(待ってろ、教会。僕の推しの時間を邪魔する奴は、僕が……じゃなくて、僕のアルス様が許しませんからね!)
セシルは鏡に映る自分を見つめ、不敵に微笑んだ。
その瞳には、かつての「死を待つ悪役」の陰りは、もうどこにもなかった。
「ある。夜会では、いつどこから毒針や魔法が飛んでくるかわからないからな。……もっと密着しろ」
王宮の一室。夜会を三日後に控え、俺はアルス様から「護身術」という名目のダンスレッスンを受けていた。
……といっても、もはやダンスの原型を留めていない。
アルス様は俺の腰を折れそうなほど強く引き寄せ、俺の脚の間に自分の膝を割り込ませている。
「セシル。敵は貴様のその無防備な隙を狙う。……こうして、俺が常に貴様の体温を感じられる距離にいなければ意味がない」
「それ、護身術じゃなくて『抱擁』っていうんですよ。アルス様」
「同じことだ」
アルス様は平然と言い放つ。
資料室での事件以来、彼の「過保護」はもはや伝説の域に達していた。
俺がトイレに行こうとするだけで騎士を二人付けようとするし、食事はすべて彼が毒見(というか半分くらい食べさせてくれる)という徹底ぶりだ。
(……尊い。尊いけど、これじゃあ夜会で僕が動く前に、アルス様が周囲を全員威圧で気絶させちゃう気がする)
「キュイッ!」
足元では、ルナールが「僕も混ぜて!」と言わんばかりに尻尾を振っている。
アルス様はルナールをチラリと見ると、珍しく彼を抱き上げ、俺との間に挟み込んだ。
「ルナール。夜会ではお前がセシルの影に潜め。少しでも不審な動きがあれば、容赦なく噛みつけ。……セシルの髪一本でも触れさせるな」
「キュイ(了解)!」
「ちょ、アルス様。聖獣を番犬(番狐?)みたいに扱わないでくださいよ」
俺が苦笑いしていると、アルス様が不意に真剣な顔で俺の首筋――チョーカーの魔石に触れた。
「セシル。……今回の夜会、教会の連中はお前の中に眠る『闇』を証明しようとするだろう。……もし、お前が自分を『悪役』だと思って怖くなったら、この魔石を握れ。俺の魔力が、いつでもお前を繋ぎ止める」
アルス様の低い声が、胸の奥に深く染み渡る。
彼は、俺が前世の記憶(ゲームの知識)ゆえに、どこかで「自分は死ぬべき悪役だ」と思い込んでいることを見抜いているのかもしれない。
「……怖くありませんよ。だって、僕には世界最強の『推し』がついているんですから」
俺が笑って彼の胸に顔を埋めると、アルス様はふっと優しく目を細め、俺の頭を大きな手で包み込んだ。
その時、バタン!と無作法に扉が開いた。
「はーい、お邪魔虫の聖女様が通るわよ! セシル様、夜会の勝負服持ってきたわよ!」
リリアーヌ様が、侍女たちに大きな衣装箱を運ばせて現れた。
彼女の目は、俺とアルス様が密着しているのを見て一瞬でギラリと輝いたが、すぐにプロの顔(腐女子の顔)で作戦を切り替えた。
「見て! これ、私が聖女のコネをフル活用して特注した『対・闇魔法防御機能付き』の礼服! デザインは、アルス様の騎士服と対になるように、白と金の刺繍を入れたわ。……ふふ、実質的なウェディングドレスよ!」
「リリアーヌ。……余計な一言が多いが、仕事は評価してやる」
アルス様が満足げに衣装を検分する。
白銀の生地に、アルス様の瞳と同じ銀色の糸で刺繍が施された豪華な衣装。
これを着てアルス様の隣に並ぶ。……それは、ゲームでは絶対にあり得なかった「光の結末」への第一歩だ。
「さあセシル様、試着よ! アルス様、悪いけど着替えは私が見るから、あなたは外で待ってて!」
「……なぜだ。俺が着替えさせる」
「ダメに決まってるでしょ! 準備が終わるまで、主役を安売りしちゃダメなの! はい、シッシッ!」
聖女の権限で追い出されたアルス様は、不満げに「……五分だ。五分以上かかるようなら、扉を壊して入る」という不穏な捨て台詞を残して去っていった。
二人きりになった室内。
リリアーヌ様は、俺に服をあてがいながら、小声で囁いた。
「セシル様。……夜会の裏で、教会の司教が『魔力鑑定の儀』を強行しようとしてるわ。でも心配しないで。私が鑑定の結果を『聖なる光』に偽装するから。……あなたはただ、アルス様の隣で、最高に幸せそうな顔をしていて」
「リリアーヌ様……。ありがとうございます」
「礼には及ばないわ。……それより見て、このタイトなウエストライン! これでアルス様の独占欲を限界まで煽るのよ! がんばってね、私の『推しカプ』!」
俺は、頼もしすぎる同志の言葉に勇気をもらい、運命の夜会へと挑む準備を整えた。
破滅フラグをバキバキに折る準備は、もうできている。
(待ってろ、教会。僕の推しの時間を邪魔する奴は、僕が……じゃなくて、僕のアルス様が許しませんからね!)
セシルは鏡に映る自分を見つめ、不敵に微笑んだ。
その瞳には、かつての「死を待つ悪役」の陰りは、もうどこにもなかった。
0
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*不定期連載です。
【16話完結】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている
キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。
今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。
魔法と剣が支配するリオセルト大陸。
平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。
過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。
すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。
――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。
切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。
お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー
AI比較企画作品
オメガの復讐
riiko
BL
幸せな結婚式、二人のこれからを祝福するかのように参列者からは祝いの声。
しかしこの結婚式にはとてつもない野望が隠されていた。
とっても短いお話ですが、物語お楽しみいただけたら幸いです☆
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?
人生2929回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途なαが婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。
・五話完結予定です。
※オメガバースでαが受けっぽいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる