3 / 24
3話
しおりを挟む
気がつくと、ニルスは天蓋付きの豪奢なベッドの上に横たわっていた。
視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど緻密な刺繍が施された天蓋と、水晶が贅沢にあしらわれたシャンデリアだ。魔導院の質素な学生寮とは比べものにならない重厚な空気に、ニルスの意識は急速に覚醒した。
跳ね起きようとした瞬間、シーツが衣擦れの音を立て、それと同時にパチパチという小規模な音が耳元で鳴った。
「うわっ、あわわわ……!」
ニルスの動揺に反応し、枕元にふわりと数枚の桜色の花びらが舞い散る。さらに金色の粉がキラキラとシーツの上に降り注ぎ、高価そうな布地をファンシーに塗り替えていく。
ニルスは慌てて自分の頬を叩いた。夢ではない。あのカスパールの実験室での惨劇も、中庭でギデオンと激突したことも、すべては地続きの現実だった。
「目が覚めたか」
低く、耳元で響くような深みのある声が室内に響いた。
ニルスが音のした方へ顔を向けると、そこには純白の騎士服を脱ぎ捨て、薄手の室内着を纏ったギデオン・クリュサオルが椅子に腰掛けていた。銀髪を少し崩した姿は、中庭で見た時よりもさらに彫刻のような美しさが際立っている。瑠璃色の瞳が真っ直ぐにニルスを射抜き、その至近距離での圧力にニルスの心臓が不規則なリズムを刻んだ。
「ギ、ギデオン様!?ここ、どこですか!?トビーは!?俺、なんでこんなところに!」
叫ぶたびに、ニルスの頭上からキラキラと光の粒子が噴き出す。ギデオンは眉一つ動かさず、宙を舞う光の粉を大きな手で一振りして払った。
「ここは私の屋敷だ。君が中庭で倒れた後、友人のトビー殿から事情は詳しく聞いた。君の呪いは想像以上に深刻なようだな」
「じ、事情……?」
ニルスの脳裏に、トビーが親指を立てて笑っていた不吉な顔がよぎった。
「トビー殿の話では、君は常に私の管理下に置かれ、私の言葉によって生命力を維持しなければならないとか。呪いの発作で命を落とされては寝覚めが悪い。当面の間、この屋敷で私が君を保護することに決めた。魔導院への連絡は、私の副官であるヘンリックに任せてある」
「は……はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ニルスの叫びとともに、特大の星型ラメが天井まで打ち上がった。
嘘だ。あいつ、なんて嘘をつきやがった。高潔な騎士に褒められないと死ぬ呪いだなんて、そんな馬鹿げた話を、この王国最強の団長様は一分の疑いもなく信じているというのか。
ニルスは必死に否定しようと口を開きかけた。しかし、目の前のギデオンの表情があまりにも真剣で、一片の曇りもない正義感に満ちていることに気づき、言葉が喉の奥で凍りついた。
もし今ここで「あれは友人の冗談です」と言ってしまったらどうなるか。
生真面目なギデオンのことだ。聖騎士団を担ぎ出した不敬罪として、即座に地下牢へ放り込まれるか、最悪の場合はカスパール師匠の元へ送り返されて一生窓拭きの刑に処されるだろう。
「あの、それは……その……」
「無理に喋らなくていい。トビー殿からは、呪いの進行を遅らせるには、とにかく私の言葉が必要だと聞いている」
ギデオンは椅子から立ち上がり、ゆっくりとベッドの縁に腰を下ろした。重厚な体格がベッドを沈ませ、ニルスの体も僅かに彼の方へと傾く。ギデオンの体からは、清涼な冬の空気のような香りと、わずかに金属が擦れるような、いかにも騎士らしい匂いが漂ってきた。
「トビー殿によれば、目覚めの挨拶が最も重要らしい。……ニルス、こちらを向け」
「ひっ、はい!」
ニルスが反射的に背筋を伸ばすと、ギデオンの大きな手が伸びてきた。手袋を脱いだ生身の指先が、ニルスの風色の髪を慎重に、まるで壊れ物を扱うような手つきで梳き上げた。指先が触れた部分から、熱が波紋のように全身へ広がっていく。
「……君のその、風のような髪色は、朝の光に透けて……とても……」
ギデオンは言い淀み、一度深く息を吸い込んだ。彼の端正な顔が、僅かに強張っている。不慣れな単語を口にするための、決死の覚悟がそこに見て取れた。
「……非常に、愛らしい。今日の君も、実に……可愛いな」
ドドドドドッ!!!!
ニルスの背後の空間から、真っ赤な薔薇の花びらと、目が眩むほどの虹色の発光が派手に炸裂した。あまりの羞恥心と、ギデオンの至近距離での破壊力に、ニルスの全身から噴き出す光の粉は止まることを知らない。部屋中がもはや祝祭のフィナーレのような明るさに包まれ、甘酸っぱい香りが充満する。
「お、おわぁぁぁぁ!止まれ、止まれぇぇぇ!」
ニルスは真っ赤になって顔を覆い、ベッドの上でのたうち回った。
対するギデオンは、その光景をまじまじと見つめ、感心したように頷いている。
「なるほど、言葉をかけた瞬間にこれほどまでの魔力が放出されるとは。トビー殿の言う通り、私の言葉は君の生命維持に直結しているようだな。安心しろ。これからは毎日、欠かさず君に伝えることにしよう」
「違っ……違うんです、これは、単なる反応で……!」
「謙遜は不要だ。君の命を救うためだ、不慣れな言葉ではあるが、騎士の義務として完遂してみせる。……さあ、朝食の準備をさせよう。今日は栄養価の高いものを食べるといい」
ギデオンは満足げに立ち上がり、颯爽と部屋を出て行った。残されたのは、花びらとラメに埋もれ、人生最大の嘘にがんじがらめになった哀れな魔導師一人だけ。ニルスは枕に顔を埋め、音にならない悲鳴を上げた。
「トビーの野郎……!いつか絶対に魔法でカエルにしてやる……!」
だが、友人をカエルにする前に、ニルスの心臓がギデオンの「可愛い」攻撃で爆発するのが先か。ニルスの風色の髪の間から、また一羽、白い光の蝶がひらひらと舞い上がっていった。
視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど緻密な刺繍が施された天蓋と、水晶が贅沢にあしらわれたシャンデリアだ。魔導院の質素な学生寮とは比べものにならない重厚な空気に、ニルスの意識は急速に覚醒した。
跳ね起きようとした瞬間、シーツが衣擦れの音を立て、それと同時にパチパチという小規模な音が耳元で鳴った。
「うわっ、あわわわ……!」
ニルスの動揺に反応し、枕元にふわりと数枚の桜色の花びらが舞い散る。さらに金色の粉がキラキラとシーツの上に降り注ぎ、高価そうな布地をファンシーに塗り替えていく。
ニルスは慌てて自分の頬を叩いた。夢ではない。あのカスパールの実験室での惨劇も、中庭でギデオンと激突したことも、すべては地続きの現実だった。
「目が覚めたか」
低く、耳元で響くような深みのある声が室内に響いた。
ニルスが音のした方へ顔を向けると、そこには純白の騎士服を脱ぎ捨て、薄手の室内着を纏ったギデオン・クリュサオルが椅子に腰掛けていた。銀髪を少し崩した姿は、中庭で見た時よりもさらに彫刻のような美しさが際立っている。瑠璃色の瞳が真っ直ぐにニルスを射抜き、その至近距離での圧力にニルスの心臓が不規則なリズムを刻んだ。
「ギ、ギデオン様!?ここ、どこですか!?トビーは!?俺、なんでこんなところに!」
叫ぶたびに、ニルスの頭上からキラキラと光の粒子が噴き出す。ギデオンは眉一つ動かさず、宙を舞う光の粉を大きな手で一振りして払った。
「ここは私の屋敷だ。君が中庭で倒れた後、友人のトビー殿から事情は詳しく聞いた。君の呪いは想像以上に深刻なようだな」
「じ、事情……?」
ニルスの脳裏に、トビーが親指を立てて笑っていた不吉な顔がよぎった。
「トビー殿の話では、君は常に私の管理下に置かれ、私の言葉によって生命力を維持しなければならないとか。呪いの発作で命を落とされては寝覚めが悪い。当面の間、この屋敷で私が君を保護することに決めた。魔導院への連絡は、私の副官であるヘンリックに任せてある」
「は……はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ニルスの叫びとともに、特大の星型ラメが天井まで打ち上がった。
嘘だ。あいつ、なんて嘘をつきやがった。高潔な騎士に褒められないと死ぬ呪いだなんて、そんな馬鹿げた話を、この王国最強の団長様は一分の疑いもなく信じているというのか。
ニルスは必死に否定しようと口を開きかけた。しかし、目の前のギデオンの表情があまりにも真剣で、一片の曇りもない正義感に満ちていることに気づき、言葉が喉の奥で凍りついた。
もし今ここで「あれは友人の冗談です」と言ってしまったらどうなるか。
生真面目なギデオンのことだ。聖騎士団を担ぎ出した不敬罪として、即座に地下牢へ放り込まれるか、最悪の場合はカスパール師匠の元へ送り返されて一生窓拭きの刑に処されるだろう。
「あの、それは……その……」
「無理に喋らなくていい。トビー殿からは、呪いの進行を遅らせるには、とにかく私の言葉が必要だと聞いている」
ギデオンは椅子から立ち上がり、ゆっくりとベッドの縁に腰を下ろした。重厚な体格がベッドを沈ませ、ニルスの体も僅かに彼の方へと傾く。ギデオンの体からは、清涼な冬の空気のような香りと、わずかに金属が擦れるような、いかにも騎士らしい匂いが漂ってきた。
「トビー殿によれば、目覚めの挨拶が最も重要らしい。……ニルス、こちらを向け」
「ひっ、はい!」
ニルスが反射的に背筋を伸ばすと、ギデオンの大きな手が伸びてきた。手袋を脱いだ生身の指先が、ニルスの風色の髪を慎重に、まるで壊れ物を扱うような手つきで梳き上げた。指先が触れた部分から、熱が波紋のように全身へ広がっていく。
「……君のその、風のような髪色は、朝の光に透けて……とても……」
ギデオンは言い淀み、一度深く息を吸い込んだ。彼の端正な顔が、僅かに強張っている。不慣れな単語を口にするための、決死の覚悟がそこに見て取れた。
「……非常に、愛らしい。今日の君も、実に……可愛いな」
ドドドドドッ!!!!
ニルスの背後の空間から、真っ赤な薔薇の花びらと、目が眩むほどの虹色の発光が派手に炸裂した。あまりの羞恥心と、ギデオンの至近距離での破壊力に、ニルスの全身から噴き出す光の粉は止まることを知らない。部屋中がもはや祝祭のフィナーレのような明るさに包まれ、甘酸っぱい香りが充満する。
「お、おわぁぁぁぁ!止まれ、止まれぇぇぇ!」
ニルスは真っ赤になって顔を覆い、ベッドの上でのたうち回った。
対するギデオンは、その光景をまじまじと見つめ、感心したように頷いている。
「なるほど、言葉をかけた瞬間にこれほどまでの魔力が放出されるとは。トビー殿の言う通り、私の言葉は君の生命維持に直結しているようだな。安心しろ。これからは毎日、欠かさず君に伝えることにしよう」
「違っ……違うんです、これは、単なる反応で……!」
「謙遜は不要だ。君の命を救うためだ、不慣れな言葉ではあるが、騎士の義務として完遂してみせる。……さあ、朝食の準備をさせよう。今日は栄養価の高いものを食べるといい」
ギデオンは満足げに立ち上がり、颯爽と部屋を出て行った。残されたのは、花びらとラメに埋もれ、人生最大の嘘にがんじがらめになった哀れな魔導師一人だけ。ニルスは枕に顔を埋め、音にならない悲鳴を上げた。
「トビーの野郎……!いつか絶対に魔法でカエルにしてやる……!」
だが、友人をカエルにする前に、ニルスの心臓がギデオンの「可愛い」攻撃で爆発するのが先か。ニルスの風色の髪の間から、また一羽、白い光の蝶がひらひらと舞い上がっていった。
28
あなたにおすすめの小説
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
薄紅の檻、月下の契り
雪兎
BL
あらすじ
大正十年、華やかな文明開化の影で、いまだ旧き因習が色濃く残る帝都。
没落しかけた名家に生まれた“Ω(オメガ)”の青年・白鷺伊織は、家を救うため政略的な「番(つがい)」として差し出される運命にあった。
しかし縁談の相手は、冷酷無慈悲と噂される若き実業家であり“α(アルファ)”の当主・九条鷹司。
鉄道・銀行事業で財を成した九条家は、華族でもありながら成り上がりと蔑まれる存在。
一方の伊織は、旧華族の矜持を胸に秘めながらも、Ωであるがゆえに家族から疎まれてきた。
冷ややかな契約婚として始まった同居生活。
だが、伊織は次第に知ることになる。
鷹司がΩを所有物としてではなく、一人の人間として尊重しようとしていることを。
発情期を巡る制度、番契約を強制する家制度、そして帝都に広がる新思想。
伝統と自由のはざまで揺れながら、二人は「選ばされた番」から「自ら選ぶ伴侶」へと変わっていく——。
月明かりの下、交わされるのは支配ではなく、誓い。
大正浪漫薫る帝都で紡がれる、運命を超える愛の物語。
黄色い水仙を君に贈る
えんがわ
BL
──────────
「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」
「ああ、そうだな」
「っ……ばいばい……」
俺は……ただっ……
「うわああああああああ!」
君に愛して欲しかっただけなのに……
αからΩになった俺が幸せを掴むまで
なの
BL
柴田海、本名大嶋海里、21歳、今はオメガ、職業……オメガの出張風俗店勤務。
10年前、父が亡くなって新しいお義父さんと義兄貴ができた。
義兄貴は俺に優しくて、俺は大好きだった。
アルファと言われていた俺だったがある日熱を出してしまった。
義兄貴に看病されるうちにヒートのような症状が…
義兄貴と一線を超えてしまって逃げ出した。そんな海里は生きていくためにオメガの出張風俗店で働くようになった。
そんな海里が本当の幸せを掴むまで…
貧乏子爵のオメガ令息は、王子妃候補になりたくない
こたま 療養中
BL
山あいの田舎で、子爵とは名ばかりの殆ど農家な仲良し一家で育ったラリー。男オメガで貧乏子爵。このまま実家で生きていくつもりであったが。王から未婚の貴族オメガにはすべからく王子妃候補の選定のため王宮に集うようお達しが出た。行きたくないしお金も無い。辞退するよう手紙を書いたのに、近くに遠征している騎士団が帰る時、迎えに行って一緒に連れていくと連絡があった。断れないの?高貴なお嬢様にイジメられない?不安だらけのラリーを迎えに来たのは美丈夫な騎士のニールだった。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる