「呪いを解くには毎日可愛いと言ってください」と嘘をついたら、氷の聖騎士様が本気で口説きにかかってきました

たら昆布

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3話

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 気がつくと、ニルスは天蓋付きの豪奢なベッドの上に横たわっていた。
 視界に飛び込んできたのは、見たこともないほど緻密な刺繍が施された天蓋と、水晶が贅沢にあしらわれたシャンデリアだ。魔導院の質素な学生寮とは比べものにならない重厚な空気に、ニルスの意識は急速に覚醒した。
 跳ね起きようとした瞬間、シーツが衣擦れの音を立て、それと同時にパチパチという小規模な音が耳元で鳴った。

「うわっ、あわわわ……!」

 ニルスの動揺に反応し、枕元にふわりと数枚の桜色の花びらが舞い散る。さらに金色の粉がキラキラとシーツの上に降り注ぎ、高価そうな布地をファンシーに塗り替えていく。
 ニルスは慌てて自分の頬を叩いた。夢ではない。あのカスパールの実験室での惨劇も、中庭でギデオンと激突したことも、すべては地続きの現実だった。

「目が覚めたか」

 低く、耳元で響くような深みのある声が室内に響いた。
 ニルスが音のした方へ顔を向けると、そこには純白の騎士服を脱ぎ捨て、薄手の室内着を纏ったギデオン・クリュサオルが椅子に腰掛けていた。銀髪を少し崩した姿は、中庭で見た時よりもさらに彫刻のような美しさが際立っている。瑠璃色の瞳が真っ直ぐにニルスを射抜き、その至近距離での圧力にニルスの心臓が不規則なリズムを刻んだ。

「ギ、ギデオン様!?ここ、どこですか!?トビーは!?俺、なんでこんなところに!」

 叫ぶたびに、ニルスの頭上からキラキラと光の粒子が噴き出す。ギデオンは眉一つ動かさず、宙を舞う光の粉を大きな手で一振りして払った。

「ここは私の屋敷だ。君が中庭で倒れた後、友人のトビー殿から事情は詳しく聞いた。君の呪いは想像以上に深刻なようだな」

「じ、事情……?」

 ニルスの脳裏に、トビーが親指を立てて笑っていた不吉な顔がよぎった。

「トビー殿の話では、君は常に私の管理下に置かれ、私の言葉によって生命力を維持しなければならないとか。呪いの発作で命を落とされては寝覚めが悪い。当面の間、この屋敷で私が君を保護することに決めた。魔導院への連絡は、私の副官であるヘンリックに任せてある」

「は……はぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 ニルスの叫びとともに、特大の星型ラメが天井まで打ち上がった。
 嘘だ。あいつ、なんて嘘をつきやがった。高潔な騎士に褒められないと死ぬ呪いだなんて、そんな馬鹿げた話を、この王国最強の団長様は一分の疑いもなく信じているというのか。
 ニルスは必死に否定しようと口を開きかけた。しかし、目の前のギデオンの表情があまりにも真剣で、一片の曇りもない正義感に満ちていることに気づき、言葉が喉の奥で凍りついた。
 もし今ここで「あれは友人の冗談です」と言ってしまったらどうなるか。
 生真面目なギデオンのことだ。聖騎士団を担ぎ出した不敬罪として、即座に地下牢へ放り込まれるか、最悪の場合はカスパール師匠の元へ送り返されて一生窓拭きの刑に処されるだろう。

「あの、それは……その……」

「無理に喋らなくていい。トビー殿からは、呪いの進行を遅らせるには、とにかく私の言葉が必要だと聞いている」

 ギデオンは椅子から立ち上がり、ゆっくりとベッドの縁に腰を下ろした。重厚な体格がベッドを沈ませ、ニルスの体も僅かに彼の方へと傾く。ギデオンの体からは、清涼な冬の空気のような香りと、わずかに金属が擦れるような、いかにも騎士らしい匂いが漂ってきた。

「トビー殿によれば、目覚めの挨拶が最も重要らしい。……ニルス、こちらを向け」

「ひっ、はい!」

 ニルスが反射的に背筋を伸ばすと、ギデオンの大きな手が伸びてきた。手袋を脱いだ生身の指先が、ニルスの風色の髪を慎重に、まるで壊れ物を扱うような手つきで梳き上げた。指先が触れた部分から、熱が波紋のように全身へ広がっていく。

「……君のその、風のような髪色は、朝の光に透けて……とても……」

 ギデオンは言い淀み、一度深く息を吸い込んだ。彼の端正な顔が、僅かに強張っている。不慣れな単語を口にするための、決死の覚悟がそこに見て取れた。

「……非常に、愛らしい。今日の君も、実に……可愛いな」

 ドドドドドッ!!!!

 ニルスの背後の空間から、真っ赤な薔薇の花びらと、目が眩むほどの虹色の発光が派手に炸裂した。あまりの羞恥心と、ギデオンの至近距離での破壊力に、ニルスの全身から噴き出す光の粉は止まることを知らない。部屋中がもはや祝祭のフィナーレのような明るさに包まれ、甘酸っぱい香りが充満する。

「お、おわぁぁぁぁ!止まれ、止まれぇぇぇ!」

 ニルスは真っ赤になって顔を覆い、ベッドの上でのたうち回った。
 対するギデオンは、その光景をまじまじと見つめ、感心したように頷いている。

「なるほど、言葉をかけた瞬間にこれほどまでの魔力が放出されるとは。トビー殿の言う通り、私の言葉は君の生命維持に直結しているようだな。安心しろ。これからは毎日、欠かさず君に伝えることにしよう」

「違っ……違うんです、これは、単なる反応で……!」

「謙遜は不要だ。君の命を救うためだ、不慣れな言葉ではあるが、騎士の義務として完遂してみせる。……さあ、朝食の準備をさせよう。今日は栄養価の高いものを食べるといい」

 ギデオンは満足げに立ち上がり、颯爽と部屋を出て行った。残されたのは、花びらとラメに埋もれ、人生最大の嘘にがんじがらめになった哀れな魔導師一人だけ。ニルスは枕に顔を埋め、音にならない悲鳴を上げた。

「トビーの野郎……!いつか絶対に魔法でカエルにしてやる……!」

 だが、友人をカエルにする前に、ニルスの心臓がギデオンの「可愛い」攻撃で爆発するのが先か。ニルスの風色の髪の間から、また一羽、白い光の蝶がひらひらと舞い上がっていった。
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