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4話
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王国最強と謳われる氷の聖騎士団の執務室は、主であるギデオンの人柄を反映したかのように、無駄な装飾が一切排除された寒々しい空間だった。磨き上げられた黒檀の机を挟んで、ギデオン・クリュサオルは鋼のように硬い表情で椅子に座っている。その対面で、副官のヘンリックは手にした書類を落としそうになりながら、自分の耳を疑っていた。
「団長、今なんとおっしゃいましたか?」
「聞こえなかったのか。極めて重要な、人道に関わる任務の話をしている」
ギデオンは瑠璃色の瞳に微塵の揺らぎも見せず、淡々と、しかし重厚な口調で続けた。
「魔導院の学生であるニルスを、当面の間、私の屋敷にて保護する。彼はある極めて特殊かつ残酷な呪いに侵されている。その呪いを抑制し、彼の命を繋ぎ止めることができるのは、私の言葉のみだということが判明した」
ヘンリックは眼鏡を押し上げ、深く、あまりにも深い溜息を飲み込んだ。彼はギデオンとの付き合いが長く、この若き団長がいかに高潔で、いかに冗談という概念から遠い場所にいるかを知り尽くしている。だからこそ、今語られた内容が冗談ではないことだけは理解できたが、あまりにも支離滅裂だった。
「呪いの抑制、ですか。して、具体的にどのような魔術的な処置を施す必要があるのでしょうか?教会の高僧や浄化の専門家を呼ぶべきでは?」
「不要だ。必要なのは私の口から発せられる可愛いという言葉だ」
静寂が、凍てつく冬の湖面のように執務室を支配した。ヘンリックは今度こそ持っていた万年筆を床に落とした。カラン、という虚しい音が響くが、ギデオンは表情を変えない。
「……可愛い、とおっしゃいましたか?」
「そうだ。それ以外の単語では効果がないらしい。ニルスの友人の魔導師によれば、高潔なる騎士が発する賛辞こそが、彼の生命力を維持する魔力の糧になるそうだ。現に、先ほど私が試したところ、彼は過剰なまでの魔力放出反応を示した。トビー殿の言葉に偽りはないと判断した」
ヘンリックは胃の辺りを押さえた。昨日から続く激務のせいか、あるいは目前の男の頭に、ついに氷の魔力が回りすぎてしまったのか。トビーという学生の顔を思い出す。魔導院でも札付きのお調子者として一部で有名な男だ。そんな男の吹いた出鱈目を、この生真面目すぎる団長は、一分の疑いもなく国家機密レベルの任務と同格で受理してしまったらしい。
「団長、それは恐らく詐欺の類では――」
「ヘンリック。君ならわかるはずだ。目の前で失われようとしている命がある。私にできることが、ただ言葉をかけることだけだというのであれば、それを拒む理由がどこにある?騎士の誓いに背くわけにはいかん」
ギデオンの視線はあまりに純粋で、揺るぎない正義に満ちていた。こうなった時のギデオンは、もはや最強の聖騎士としても、一人の頑固な男としても止めることはできない。ヘンリックは、自分の手帳に「団長の奇行に関する特別対応」という新しい項目を追加することを心に決め、静かに頭を下げた。
「……承知いたしました。では、ニルス殿の滞在に関する諸手続きは、私がこちらで処理しておきましょう。魔導院の方には、特殊任務への協力という形で通達しておきます」
「頼む。私はこれから、彼の昼食の様子を確認してくる。呪いの進行状況を注視せねばならんからな」
ギデオンは颯爽と立ち上がると、銀色のマントを翻して執務室を後にした。
その頃、ニルスは屋敷の別室で、用意された豪華な昼食を前にして震えていた。風色の髪をくしゃくしゃに掻き回しながら、目の前のオムレツから漂う美味しい香りにすら恐怖を感じている。
「どうしよう、どうしよう!トビーの野郎、とんでもない嘘を……!あんなの信じるわけないと思ったのに、あの団長様、なんであんなに真っ直ぐな目で俺を見てくるんだよ!」
ニルスが頭を抱えると、その振動でパパパパンッ、とクラッカーが弾けたような音と共に色とりどりの紙吹雪状のキラキラが噴出した。カスパールの呪いは、本人の感情の揺れが大きければ大きいほど、その演出も派手になる。今のニルスのパニック状態は、呪いにとって最高の栄養源だった。
「あわわ、止まれ!俺の意志で消えてくれよ、これ!」
必死に宙を舞うキラキラを両手で掴もうとしていると、部屋の扉が音もなく開いた。そこに立っていたのは、先ほど別れたはずのギデオンだった。彼は部屋中に舞い散るキラキラと、必死に格闘しているニルスの姿を見て、僅かに眉を寄せた。
「……やはり。食事を前にして、呪いの症状が悪化しているようだな」
「えっ、ギデオン様!?いや、これはその、単に俺が焦っただけで……!」
「無理に隠す必要はない。君の苦しみは、この光の奔流を見れば一目瞭然だ。ニルス、食事に集中しろ。私が横で君の命を支える」
ギデオンは流れるような動作でニルスの隣の椅子を引き、信じられないほどの近距離に腰を下ろした。ニルスの肩とギデオンの腕が触れ合いそうな距離。そこから伝わってくる聖騎士特有の体温と、かすかな金属の匂い。ニルスの心拍数は爆音となって耳の奥で鳴り響き、その瞬間、ニルスの頭上からフワフワと白い羽が大量に舞い降りてきた。
「ひっ、あああ……」
「顔色が赤いぞ。ニルス、口を開け。まずは一口食べることだ。……安心しろ、君は私が思っていた以上に、その、一生懸命で……可愛い。だから、死なせるような真似は絶対にさせない」
ギデオンは真顔で、スプーンですくったオムレツをニルスの口元へ運んできた。その瑠璃色の瞳に宿る決意があまりにも強固で、ニルスはもはや嘘ですと言うタイミングを完全に失ってしまった。ギデオンの可愛いという言葉の重みが、呪いのエフェクトを特大の花火へと変えていく。部屋の窓ガラスが振動するほどのキラキラが炸裂する中、ニルスは涙目でオムレツを飲み込むしかなかった。
「団長、今なんとおっしゃいましたか?」
「聞こえなかったのか。極めて重要な、人道に関わる任務の話をしている」
ギデオンは瑠璃色の瞳に微塵の揺らぎも見せず、淡々と、しかし重厚な口調で続けた。
「魔導院の学生であるニルスを、当面の間、私の屋敷にて保護する。彼はある極めて特殊かつ残酷な呪いに侵されている。その呪いを抑制し、彼の命を繋ぎ止めることができるのは、私の言葉のみだということが判明した」
ヘンリックは眼鏡を押し上げ、深く、あまりにも深い溜息を飲み込んだ。彼はギデオンとの付き合いが長く、この若き団長がいかに高潔で、いかに冗談という概念から遠い場所にいるかを知り尽くしている。だからこそ、今語られた内容が冗談ではないことだけは理解できたが、あまりにも支離滅裂だった。
「呪いの抑制、ですか。して、具体的にどのような魔術的な処置を施す必要があるのでしょうか?教会の高僧や浄化の専門家を呼ぶべきでは?」
「不要だ。必要なのは私の口から発せられる可愛いという言葉だ」
静寂が、凍てつく冬の湖面のように執務室を支配した。ヘンリックは今度こそ持っていた万年筆を床に落とした。カラン、という虚しい音が響くが、ギデオンは表情を変えない。
「……可愛い、とおっしゃいましたか?」
「そうだ。それ以外の単語では効果がないらしい。ニルスの友人の魔導師によれば、高潔なる騎士が発する賛辞こそが、彼の生命力を維持する魔力の糧になるそうだ。現に、先ほど私が試したところ、彼は過剰なまでの魔力放出反応を示した。トビー殿の言葉に偽りはないと判断した」
ヘンリックは胃の辺りを押さえた。昨日から続く激務のせいか、あるいは目前の男の頭に、ついに氷の魔力が回りすぎてしまったのか。トビーという学生の顔を思い出す。魔導院でも札付きのお調子者として一部で有名な男だ。そんな男の吹いた出鱈目を、この生真面目すぎる団長は、一分の疑いもなく国家機密レベルの任務と同格で受理してしまったらしい。
「団長、それは恐らく詐欺の類では――」
「ヘンリック。君ならわかるはずだ。目の前で失われようとしている命がある。私にできることが、ただ言葉をかけることだけだというのであれば、それを拒む理由がどこにある?騎士の誓いに背くわけにはいかん」
ギデオンの視線はあまりに純粋で、揺るぎない正義に満ちていた。こうなった時のギデオンは、もはや最強の聖騎士としても、一人の頑固な男としても止めることはできない。ヘンリックは、自分の手帳に「団長の奇行に関する特別対応」という新しい項目を追加することを心に決め、静かに頭を下げた。
「……承知いたしました。では、ニルス殿の滞在に関する諸手続きは、私がこちらで処理しておきましょう。魔導院の方には、特殊任務への協力という形で通達しておきます」
「頼む。私はこれから、彼の昼食の様子を確認してくる。呪いの進行状況を注視せねばならんからな」
ギデオンは颯爽と立ち上がると、銀色のマントを翻して執務室を後にした。
その頃、ニルスは屋敷の別室で、用意された豪華な昼食を前にして震えていた。風色の髪をくしゃくしゃに掻き回しながら、目の前のオムレツから漂う美味しい香りにすら恐怖を感じている。
「どうしよう、どうしよう!トビーの野郎、とんでもない嘘を……!あんなの信じるわけないと思ったのに、あの団長様、なんであんなに真っ直ぐな目で俺を見てくるんだよ!」
ニルスが頭を抱えると、その振動でパパパパンッ、とクラッカーが弾けたような音と共に色とりどりの紙吹雪状のキラキラが噴出した。カスパールの呪いは、本人の感情の揺れが大きければ大きいほど、その演出も派手になる。今のニルスのパニック状態は、呪いにとって最高の栄養源だった。
「あわわ、止まれ!俺の意志で消えてくれよ、これ!」
必死に宙を舞うキラキラを両手で掴もうとしていると、部屋の扉が音もなく開いた。そこに立っていたのは、先ほど別れたはずのギデオンだった。彼は部屋中に舞い散るキラキラと、必死に格闘しているニルスの姿を見て、僅かに眉を寄せた。
「……やはり。食事を前にして、呪いの症状が悪化しているようだな」
「えっ、ギデオン様!?いや、これはその、単に俺が焦っただけで……!」
「無理に隠す必要はない。君の苦しみは、この光の奔流を見れば一目瞭然だ。ニルス、食事に集中しろ。私が横で君の命を支える」
ギデオンは流れるような動作でニルスの隣の椅子を引き、信じられないほどの近距離に腰を下ろした。ニルスの肩とギデオンの腕が触れ合いそうな距離。そこから伝わってくる聖騎士特有の体温と、かすかな金属の匂い。ニルスの心拍数は爆音となって耳の奥で鳴り響き、その瞬間、ニルスの頭上からフワフワと白い羽が大量に舞い降りてきた。
「ひっ、あああ……」
「顔色が赤いぞ。ニルス、口を開け。まずは一口食べることだ。……安心しろ、君は私が思っていた以上に、その、一生懸命で……可愛い。だから、死なせるような真似は絶対にさせない」
ギデオンは真顔で、スプーンですくったオムレツをニルスの口元へ運んできた。その瑠璃色の瞳に宿る決意があまりにも強固で、ニルスはもはや嘘ですと言うタイミングを完全に失ってしまった。ギデオンの可愛いという言葉の重みが、呪いのエフェクトを特大の花火へと変えていく。部屋の窓ガラスが振動するほどのキラキラが炸裂する中、ニルスは涙目でオムレツを飲み込むしかなかった。
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