「呪いを解くには毎日可愛いと言ってください」と嘘をついたら、氷の聖騎士様が本気で口説きにかかってきました

たら昆布

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12話

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 食堂に降り積もった深紫色の薔薇と銀の蝶が、朝日を浴びてキラキラと魔力に還元されていく中、ユリアン・バルカスは苛立たしげに自身の赤い髪を掻き回した。彼の足元には、まだ消えきっていない半物理的な花びらが厚く溜まっており、動くたびにサリサリと乾いた音を立てる。

「ガハハハ!おいギデオン、本気かよ。このひょろいガキが可愛いだぁ?お前の目は節穴か、それとも戦いすぎて脳みそまで凍りついたのか!」

「ユリアン、君の審美眼に興味はない。だが、私の保護下にある者に無礼を働くなら、この場で騎士としての決闘を申し込むことになるぞ」

 ギデオンの声はどこまでも低く、食堂の窓ガラスを僅かに震わせた。彼はニルスの肩を抱いたまま、微動だにせずユリアンを射抜く。
 ニルスは、ギデオンの胸元から伝わる重厚な心音と、鋼のように硬い筋肉の感触に圧倒されていた。自分のついた嘘のせいで、最強の騎士団長同士が今にも殺し合いを始めようとしている。その事実が、彼の胃を雑巾のように絞り上げた。

「あ、あの、ギデオン様!俺は大丈夫ですから!ユリアン様も、別に悪気があるわけじゃ……!」

「いいや、ニルス。こいつは悪気しかない男だ。君の尊厳を守ることは、今の私の最優先任務だ。……ユリアン、その手を下ろせ。ニルスの繊細な魔力回路が、君の粗野な気配で乱れている」

 ギデオンは真顔で言い切り、さらに腕に力を込める。ニルスの頬から、またしてもパチパチという音と共に、今度は青白い燐光のような光の粒が噴き出した。嫉妬の後の気まずさが、冷ややかな色の演出となって現れたのだ。

「ガハハ!面白いじゃねえか、ギデオン!お前がそこまで入れ込むってんなら、この小僧にどれほどの根性があるか、俺が直接確かめてやるよ!おい小僧、裏の訓練場へ来い!」

 ユリアンはドカドカと重い足音を立てて食堂を飛び出していった。
 結局、ユリアンの挑発を無視しきれないギデオンも同行する形で、一行は屋敷の裏手に広がる私設訓練場へと移動した。

 訓練場の中央に立つユリアンは、深紅の騎士服の袖を捲り上げ、その手に魔力の炎を宿していた。その熱気だけで、周囲の空気はじりじりと焼け付くような音を立てる。対するニルスは、相変わらずぶかぶかのローブを揺らし、足元から絶え間なく溢れ出す不安のラメに視界を遮られそうになっていた。

「いいか小僧!騎士の傍にいたいなら、最低限の護身くらい見せてみろ!俺の放つ小さな火炎球、一分間避け続けてみせろ!」

「一分!?無理です!俺、実技は万年落第点なんですよ!」

 ニルスが悲鳴を上げると、彼の周囲にパッと降参を意味する白い旗を模した光が大量に現れた。くるくると回りながら消えていく光の旗。
 しかし、ユリアンは聞く耳を持たず、掌に小さな、だが高密度の炎を形成した。

「行くぜ、根性なし!まずは一発目だ!」

 放たれた火炎球が、一直線にニルスへと迫る。
 ニルスは目を剥き、恐怖のあまり半ば自棄糞になって古びた杖を振り上げた。
 彼が放ったのは、魔導院の初級試験で使う防御壁の魔法だった。だが、カスパールの呪いによって増幅された彼の魔力は、今回もまた物理法則を甘酸っぱく塗り替えた。

 杖の先から放たれたのは、眩いばかりの虹色の霧。
 それがユリアンの炎と衝突した瞬間、爆発音の代わりに「キュッ」という、ゴムを擦り合わせたような可愛らしい音が響いた。
 直撃するはずだった火炎球は、一瞬にして色とりどりの小さなアヒル型の浮き輪へと姿を変え、ニルスの周囲をフワフワと浮遊し始めた。

「……あ?」

 ユリアンが、次の火球を放とうとした姿勢のまま固まった。
 ニルスの周囲では、浮遊するアヒルたちが「ピィー」と喉を鳴らし、ラベンダーの香りを振りまいている。

「な、なんなんだこれは!俺の炎を、こんなおもちゃにしやがったのか!」

「すごいぞニルス!君は、破壊的な暴力を、これほどまでに平和的で愛らしい戯れへと転換させたのか」

 ギデオンは感銘を受けたように頷くと、アヒルに囲まれて呆然としているニルスの元へ歩み寄った。
 彼は迷いなくニルスの背後に回り込み、その細い腰を支えるように引き寄せる。

「邪魔すんなギデオン!こいつの魔法、ナメ腐ってやがるぞ!」

「ナメてなどいない。見てみろ、恐怖に震えながらも、世界から争いを消そうとするニルスの、この健気な姿を。……ニルス、君は……荒れ狂う炎を、抱きしめたくなるような愛嬌へと変えた。その、とてつもないまでの平和主義。そして、アヒルに埋もれて潤んだ瞳……非常に……可愛いぞ」

 ドドォォォォォォォンッ!!!!

 訓練場の地面が隆起せんばかりの爆発が起きた。
 ニルスの羞恥心が限界を突破し、彼の背後から、空を覆い尽くさんばかりの巨大な虹色のオーロラが噴出した。オーロラからは物理的な重さを持った色とりどりの羽が雪のように降り注ぎ、訓練場を瞬く間に白金の世界へと変えていく。

「あわわわ、あわわわわわ!!もう止めてください!団長様、その褒め言葉、心臓に悪すぎます!」

「遠慮するな、ニルス。君が輝き続ける限り、私は何度でもその尊さを言葉にしよう。……ユリアン、見ろ。これが君には一生出せない、命の真実の輝きだ」

 ギデオンは銀髪に大量の虹色の羽を積もらせたまま、勝ち誇ったようにユリアンを見据えた。
 ユリアンは、自分の放った攻撃がすべてアヒルに変換され、さらに虹色の羽に視界を遮られている現状に、地団駄を踏んで怒鳴り散らした。

「……笑えねえよ!何が真実の輝きだ!訓練場が、一瞬で子供部屋になっちまったじゃねえか!」

 訓練場の入り口では、副官ヘンリックが、自分の肩に積もったアヒルを一羽、無言で地面に置き、今日何度目か分からない胃薬を口に放り込んでいた。

「……閣下。訓練場の修繕費用とアヒルの回収、およびユリアン殿への迷惑料として、今月の騎士団予算の一部を計上しておきます。……ユリアン殿。閣下にまともな騎士の対話を期待したのが間違いです。今の閣下にとっての戦場は、ニルス殿の命を賛辞で繋ぎ止めること、ただ一点なのですから」

 ニルスは、アヒルと羽とオーロラの中心で、もはや人間としての形を失うほどに発光し続けていた。
 嘘から始まったこの事態は、ギデオンの生真面目すぎる溺愛と、ニルスの制御不能な呪いによって、今日もまた誰かの常識をキラキラと破壊し続けていく。
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