「呪いを解くには毎日可愛いと言ってください」と嘘をついたら、氷の聖騎士様が本気で口説きにかかってきました

たら昆布

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11話

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 クリュサオル伯爵邸の朝は、相変わらずの甘い香りと共に始まった。
 ニルスは鏡の前で、自分の風色の髪に絡みついた光のラメを必死に払い落としていた。一晩眠ればエフェクトは魔力に還元されて消えるはずなのだが、最近は寝ている間もギデオンの無自覚な賛辞が脳裏に響き、そのたびに無意識にキラキラを放出してしまっている。結果、朝起きた時には部屋がファンシーな装飾で埋め尽くされているのが日常茶飯事となっていた。

「……もう、これじゃ掃除じゃなくて除雪作業だよ。俺の心臓、いつまで持つのかな……」

 ニルスが大きな溜息をつくと、足元からパチパチと小さな焚き火のような音と共に、金色の金平糖のような光が数粒溢れ出した。呪いはニルスの不安すらも「美味しそうな演出」に変換してしまう。
 そんな絶望的な気分で食堂へと向かったニルスは、入り口で足を止めた。そこには、いつものギデオンと、ヘンリック以外に、見慣れない人物が座っていた。

「ガハハハ!おいギデオン、相変わらずこの屋敷は堅苦しいな!もっとこう、戦場の泥臭さが必要なんじゃないか?」

 豪快な笑い声と共に、食堂のテーブルがガタりと揺れた。
 そこに座っていたのは、燃えるような赤髪を野性味溢れる形にまとめ、筋骨隆々の肉体を深紅の騎士服に包み込んだ男だった。彼は焼きたてのパンを豪快にちぎりながら、隣に座るギデオンの背中を、親愛の情を込めて――しかし、常人なら骨が折れるほどの威力で叩いている。

「ユリアン、朝から騒がしいぞ。それと、私の屋敷は戦場ではない。食事のマナーを思い出せ」

「硬いこと言うなよ!俺とお前の仲だろ?それより、例の噂は本当か?お前が魔導院のひょろいガキを囲ってるって話だ」

 ユリアン・バルカス。隣国の国境警備を担う炎の聖騎士団を率いる団長であり、ギデオンとは少年時代からのライバルにして悪友であった。
 ギデオンは瑠璃色の瞳を僅かに動かし、入り口で固まっているニルスの姿を捉えると、椅子から立ち上がって手招きした。

「ニルス、こちらへ。紹介しよう。彼はユリアンだ。口は悪いが、腕だけは確かな騎士だ」

「あ、魔導院のニルス・ベルグマンです。よろしくお願いします……!」

 ニルスがペコリと頭を下げると、彼の緊張に反応して、頭上からふわぁとピンクの花びらが数枚舞い落ちた。ユリアンはその光景を目にすると、ちぎりかけのパンを皿に放り出し、椅子を派手にならして立ち上がった。

「なんだぁ?このモヤシみたいなガキが、あの氷のギデオンの心を溶かしたってのか?おいおい、冗談だろ!歩くたびにキラキラしやがって、祭りの見世物じゃねえんだぞ!」

 ユリアンはドカドカと重い足音を立ててニルスに歩み寄り、その風色の髪を大きな手で乱暴に掻き回した。彼からは、灼熱の炎と、使い込まれた武具の油の匂いが漂ってくる。

「いいか小僧!ギデオンは俺が認めた唯一のライバルなんだ。こんなキラキラしたゴミを撒き散らす軟弱な奴が、そいつの傍にいるのは我慢ならねえな!お前みたいなのは、俺の炎で根性から焼き直してやる必要があるぜ!」

 ユリアンの豪快すぎる威圧感に、ニルスの喉がヒクリと震えた。
 怖い。けれど、それ以上に、自分の知らないギデオンを知り、堂々とその隣に相応しいと胸を張るユリアンの存在が、ニルスの胸の奥をチリチリと焼いた。自分は嘘の呪いでここに置いてもらっているだけの落ちこぼれだ。本物の騎士であるユリアンに比べれば、自分が出しているエフェクトなど、確かにゴミのようなものかもしれない。
 形容しがたい悲しみと、自分でも驚くほどの激しい独占欲が、ニルスの心拍数を異常な速さへと押し上げた。

 その瞬間、呪いがニルスのドロドロとした感情を最高級の燃料として受け取った。

 ドサササササササッ!!!!

 食堂の床を突き破らんばかりの勢いで、深紫色の薔薇の花びらが、ニルスの足元から巨大な波となって溢れ出した。
 いつもの淡いピンクではない。どこか重苦しく、それでいて妖艶な輝きを放つ、嫉妬の色に染まったエフェクトだ。紫の濁流は一瞬にして食堂を埋め尽くし、ユリアンの軍靴を飲み込んでいく。

「うおっ!?なんだこれ、花びらが重てえぞ!おい、小僧、何しやがる!」

「ユリアン、手を離せ。これ以上ニルスを煽るなら、私が相手になろう」

 ギデオンの静かな、しかし氷点下の冷気を孕んだ声が響いた。
 彼はユリアンの手をニルスの頭から引き剥がすと、震えるニルスの体を背後から抱きしめるようにして支えた。ギデオンの胸板から伝わる強固な鼓動が、ニルスの背中を熱くさせる。

「ニルスの放つ光は、ゴミではない。これは彼の命の脈動だ。そして、それをどう扱うかは私が決めることだ。ユリアン、君であっても、私のニルスを侮辱することは許さん」

「……私の、だと?おいおい、ギデオン。お前、マジでそのガキに骨抜きにされてるのかよ」

 ユリアンが呆れたように鼻を鳴らした。だが、ギデオンは一切の揺らぎを見せず、ニルスの耳元で、甘く、そして独占欲を隠そうともしない声を響かせた。

「ニルス、顔を上げろ。君が今、どんな感情でこの色を出したのかは分かっている。……安心しろ、私にとっては、この深紫の薔薇すら、他の何よりも……そう、非常に……」

 ギデオンはニルスの風色の髪に唇を寄せるようにして、断定的な言葉を告げた。

「……情熱的で、可愛いぞ。誰に何を言われようと、私が君を離さない」

 ドドォォォォォォォンッ!!!!

 紫の薔薇が内側から爆発し、中からは銀色の光を放つ無数の蝶が、食堂の天井を突き破らんばかりに飛び出した。銀の蝶たちはユリアンの周囲を旋回し、その豪快な男を驚きで硬直させる。食堂全体が眩いばかりの、それでいて少し狂気を孕んだ祝祭空間へと塗り替えられた。

 ニルスはギデオンの腕の中で、真っ赤な顔をして意識を飛ばしそうになっていた。嬉しい。でも、死ぬほど恥ずかしい。そして、ギデオンの私のという言葉が、呪いのエフェクトをさらに凶悪なまでに増幅させていく。

 ヘンリックは、銀色の蝶が自分の朝食のサラダの上に止まったのを無表情で見つめ、今日何度目か分からない胃薬を噛み砕いた。

「……ユリアン殿。これが今の我らが閣下の日常です。諦めて、その花びらを片付けるのを手伝ってください。閣下は今、人命救助という名の深い底なし沼に、自ら喜んで沈んでおられる最中なのですから」

 一方、屋敷の庭の隅では、一羽の紫色の蝶が食堂の様子をじっと観察していた。カスパールの声が、風に乗って低く笑う。

「ふむ、嫉妬のエッセンスまで加わるとは。トビー君の嘘も、なかなかに良いスパイスになる。……さあ、次はどんな侵食を見せてくれるのかな、氷の団長様?」

 ユリアンの登場によって、ニルスの嘘はさらに深く、ギデオンの執着はさらに重くなっていく。二人の奇妙な関係は、もはや後戻りできない領域へと足を踏み入れようとしていた。
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