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しおりを挟む「お願い……っ、待って」
「待てない」
私にとって天敵であるこの男に、抱きしめられて首筋に口づけをされる日が来るなんて思いもしなかった。
「いち、のせ……」
これは一夜の過ちで、きっとこの男は翌日には何事もなかったかのように接してくる。それが私たちにとって一番いいはず。だけど私にとっては何事もなかった〝フリ〟をするのが精一杯かもしれない。
ことの始まりは、同期で集まった飲み会の帰りにいつもみたいに私たちは口喧嘩をしてしまった。そしてみんなは呆れた様子で「終電がなくなるから」と言って帰って行った。
こうなったらどっちが先に潰れるかの飲み比べだ!なんて酔っ払いの私たちは二軒目に突入し、馬鹿な張り合いをしてしまったのだ。
『星野って男慣れしてなさそうだよな』
ヘラヘラと一ノ瀬に指摘されたことに腹が立って私はムキになって言い返した。
『そんなことないし。てか、一ノ瀬は遊んでそうだよね。飲み会のたびに女の子持ち帰ってるって噂聞いたことあるし』
『へぇー、そんな噂あるんだ』
特に否定をしないので、あの噂は本当だったのかと思っていると、酔っている一ノ瀬がぐっと顔を近づけてくる。
『なら自分も危ないかもとか思わねぇの?』
一ノ瀬くらいかっこいい男の人に言われたら普通だったらときめくのかもしれない。だけど私は、〝ありえない〟と思って笑ってしまう。
『だって私のことそういう風に見てないでしょ』
対象外に決まっている。それは日頃の彼の言動だとか、それよりも昔……今世よりももっと前の記憶があるから、ありえないという思考になってしまう。あの彼が私に手を出すはずがない。そう思い込んでいた。
『見てるよ、ばーか』
『酔ってるね』
『じゃあ、試してみるか』
『そうだね~』
あははと笑いながら軽く流す。一ノ瀬だって苦笑するだけで、それ以上はなにも言ってこなかった。飲み比べを止めてお店を出た頃には終電はなくなっていて、タクシーで帰るしかないかなとぼんやりと考える。
『行くぞ』
一ノ瀬に腕を引かれて、ふらふらと足取りでついていく。酔った状態ではまともな考えが出てこなくて、頬の火照りを感じたまま冷たい外気が心地いいなと呑気なことしか頭に浮かばない。
いつのまにか建物の中に入っていて、「ちょっと待ってて」と言われる。酔いの回った私は大人しく従ってしまった。そしてあれよあれよとエレベーターに連れて行かれる。
一ノ瀬がホテルの一室を借りたのだと気づくまでに少々時間がかかった。
————そうしてベッドで押し倒されて今に至る。
「ま、待って。さっきの本気だったの?」
「試してみるかって言ったら〝そうだね〟って言っただろ」
確かに言ってしまったような気がする。だけど、それは単なる冗談というか、本気だとは思いもしていなかった。
「い、一ノ瀬は私のこと、抱けるの?」
「抱けるけど」
今まで散々喧嘩してきたとしても、女なら誰でも抱けるのかと眉根を寄せる。
「星野」
こんなにも甘い声で一ノ瀬に名前を呼ばれたのは初めてな気がして、胸が高なってしまう。
「キスしていい?」
「えっ」
「それで不快だって思うならやめる」
私はベッドの上で仰向けになりながら、ゆっくりと顔を近づけてくる一ノ瀬を待つ。嫌だと叫べば一ノ瀬はキスをしない気がする。だけどキスを拒もうとしないのは、私の中の好奇心なのだろうか。
今まで私には一切女扱いもしてくれず、失礼なことばかり言っていた一ノ瀬が〝キスしていい?〟なんて聞いてくるこの状況に、少し心臓が掴まれたのかもしれない。
私の反応をうかがうかのように、そっと触れるだけのキス。柔らかな感触と、一ノ瀬の体温が伝わってきて、頬に熱が集まってくる。
ほんの少しだけ顔を離して、一ノ瀬が小さく首を傾げた。
「嫌だった?」
嫌、だったんだろうか。大人なくせに自分の感情が理解できずに私は戸惑ってしまった。
「あの……もう一度だけ試して」
「は?」
「いや、なんかちょっと……わかんなくて」
一ノ瀬は目を丸くしたあと、ふっと微笑むと再び唇を重ねてくる。
「……どう?」
「もう一回」
多分、いや絶対私は酔っている。あんなに毛嫌いして天敵だと思っていた一ノ瀬のキスを望んで強請っているなんてどうかしている。
一ノ瀬の手が私の服の中に入って、胸元まで到達すると形を確かめるように触れてきた。
「んぅ……っ」
触れるだけだったキスがだんだんと激しさを増していき、舌が口内に浸食して絡み合う。お酒の味がするキスは、更に思考を鈍くさせていく。
「あっ、……んッ」
一ノ瀬の指先が私の胸の先端を軽く触れて、反応を見てくる。私は悶えているのがわかったらしい一ノ瀬は、ぐにっと指先で潰してきた。
「ぅ……っ、や」
服をたくし上げると、熱い舌でねっとりと舐めあげる。執拗に攻めるような刺激に、堪えていた声が唇の隙間からこぼれ落ちてしまう。
「あぁっ……んぁ!」
ストッキングとショーツも脱がされて、秘部が露わになると一ノ瀬は躊躇いもなくそこに顔を埋めた。そのことに私は驚愕して、逃げようとしたけれど腰を掴まれてしまう。
「逃げんな」
「だ、だめ……っ、やぁ……あぁっ!」
舌先で弄ばれながら、私はもうやめてと一ノ瀬の髪の毛に触れる。けれど逆にそれが合図のように、今度は指が中に入ってきた。
「あっ、ああぁ……やっ」
やめて、お願い。これ以上は……と伝えたくても言葉がうまく出てこない。一ノ瀬にこんな風にされているなんて、羞恥と困惑でどうにかなってしまいそうだった。
かき混ぜる卑猥な音がして、それが聞こえるたびに身体中が熱くなる。恥ずかしい。一ノ瀬にこの姿を見られたくないのに、涙で滲んだ視界には私を見つめている一ノ瀬がいた。
「ぁあっ」
びくびくと身体を震わせている私を見下ろしていた一ノ瀬は満足げに微笑んでから、取り出した避妊具を自分のそそり立ったモノに装着した。快楽に浸っていた思考の中で、ああついにだなと思いながら、一ノ瀬のことを見つめる。
一ノ瀬は私の頭を軽くひと撫でするような動きを見せてから、私の秘部にぐっと押し当ててきた。ゆっくりと進められていくその行為はもどかしさもあって、私は〝早く〟と強請りたくなってしまう。
「ぁ……んぅっ」
唇を重ねられ、右手を握られる。そして少しずつ押し入ってくる一ノ瀬の熱いモノ。お互いに荒い吐息を漏らして舌を絡めあっていると、一ノ瀬がゆっくりと動く。
私の様子をうかがうように激しすぎないその動きに、胸の奥と彼を迎え入れているところがぎゅっと収縮するのがわかった。
「……っ、好きに動いていいのに」
可愛げのないことを言うと、ふっと一ノ瀬が笑った。
「先に星野を気持ちよくしてからな」
「え、あっ……ひぁっ!」
耳にキスを落とされて、縁を甘噛みされる。そして舌先でそっとなぞるようにした後、耳の奥に入り込んできた。
「ぁ、やっ……ぁあっ」
くすぐったさと身悶えするような快感が襲い、右手で繋いでいる一ノ瀬の手を強く握りしめる。
「耳弱いんだ?」
「ぅ、あ……っ喋るの、やめ……っ」
「すげぇ、ぎゅうぎゅうに締めつけてくる。……かわいい」
腰を押し付けられるように緩く突かれると、体がびくりと跳ねる。奥の方を刺激しながら、揺さぶるように何度も一ノ瀬が密着してきた。イヤイヤと首を横に振っても、一ノ瀬は更に攻めてくる。
「ぁっ、ぁあ……っ待って、それ……っぁああ!」
「いいよ、我慢しなくて」
呼吸が浅くなり、ぎゅっと目を閉じる。足の指先をピンとさせながら、びくびくと体が痙攣した。心臓の鼓動が大きな音を立てているのが全身に伝わってくる。快楽の余韻に浸っていると、すぐに一ノ瀬が動き始めた。
「あっ、ちょ……っ、私……ぁあっ」
「俺、まだイってないし」
だから、もう少し頑張ってよ。と甘い声で囁かれた。ぐちゃぐちゃに攻められながら、快楽に溺れた私は行為が終わるとすぐに眠りについた。
***
————これは、夢?
隣で心地良さそうに眠っている男を見て、私は血の気が引いていく。記憶を辿っていくと、確かに一ノ瀬と体を重ねた記憶が残っている。
よりにもよって、一ノ瀬と。
お金だけ置いて私はすぐにホテルを出た。これは一夜の過ち。遊んでいる一ノ瀬にとってはどうってことないはずだ。だから、私も忘れよう。そう言い聞かせるのに精一杯だった。
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