魔界軍雑兵の偵察任務

水無月14

文字の大きさ
12 / 26

二重因子

しおりを挟む
 「ねえ……」
 「ん?」
 「もう一度、キスしていい?」
 雰囲気も脈絡もなく突然なにを言い出すのだ?
 このラファ“エロ”さんは……。
 俺はお前のことを友達以上に見てないし、そうなる気は毛頭ない。
 魔界と天界……ロミオとジュリエットなんて冗談じゃねえ。

 (やっぱ、今の状態はマズいよな……)

 このまま妙な関係になる前に線引きをする必要がある。
 ようし、ここは男の俺が一発ガツンと――……。
 その前に誰かが偶然聞いていたなんて事にはならないよう周囲を確認する。
 
 「問題なさそ……ン―――――ッ!?」

 周囲の確認が終わり振り向きざまに俺の唇に加わる柔らかい感触。
 一度のみならず、二度までも――……。
 「んぐっ……」
 ……気のせいか、前回とは少し違う。
 前回が空気を送られる感じなら、今回は吸い出されるような感じ。
 ――柔らかい。
 じゃなくて、何らかの意図がある以上素直に喜べない。

 「離せ!」

 精神的に余裕がなかった俺は力一杯ラファエルを突き飛ばした。
 ――ゴンと鈍い音。
 華奢なその体は階段の鉄柵に激突する事でようやく止まった。
 「あっ、悪い……」
 俺がそう言ったところで無反応。
 体勢を立て直したラファエルは不気味にその口元を緩めた。
 「これを見て」
 細く小さなラファエルの掌の上には蛍のように発光する粒子。
 それは今すぐにでも消えそうなぐらい弱い光だったが、不思議なことに俺にとっては失くしたものを数年後にふとした事がきっかけで見つけたようなどこか懐かしい感じがした。
 「それは……」
 「あなたの魔力因子の一部。人間でいうDNAに相当するものよ」
 いきなりそんなものを見せられたところで意味がわからない。
 俺は説明を求めるようにラファエルの顔を見た。
 「言っとくけど、勘違いしないで。記憶を始め、ショーマにとって不都合になるようなものは一切読み取ってないから」
 「ならどうしてこんな真似をした……?」
 「察しが悪いわね。反能力のもとである無力因子の有無を調べたの」 
 なるほど、それなら突然キスなどという不可解な行動に合点がいく。
 キスされた事に動揺してそこまで考え至らなかった自分が恥ずかしい。
 「……で、何か分かったのか?」
 「少なくても天力の干渉を一切受け付けない極めて稀な因子みたい」
 「つまり?」
 「天力に対してはほとんど無力化できてしまうぐらいの強力な耐性を持っているといったところかしら。まあ、これはかなりアバウトな説明だけどね」
 ラファエルの話が事実ならば天族にとっては天敵過ぎるその能力。
 もしも俺が強力な力を持った魔族なら間違いなく名を上げていただろうが、残念ながら現実はそこまで甘くはない。

 (つまり豚に真珠ってわけか……)

 ――って、やかましいわ!
 どうして俺は魔力因子に恵まれなかったんだ。それさえあれば俺は今頃……。
 「それと無力」
 「ん?」
 「あなたは魔力因子と無力因子を併せ持つ二重因子(ダブル)と呼ばれる極めて稀有な因子の所持者よ。大昔に一度、その力を持つ魔族とやりあった事があるからまず間違いないと思う」
 ……なんだそれ? そんなもの聞いた事がないぞ。
 無力因子ってだけでも“超越者(メサイア)”と呼ばれるぐらいのレアな存在――。
 二重属性ってことは、つまり俺は激レアってことでいいのか? 
 なんだかとてもスゴいということだけしか分からなかった。
 「俺がわかるように説明してくれ」
 激レアな因子を持っているからといってそれがなんだと言うのだ?
 疑問が疑問を呼び――俺の頭の中はショート寸前だった。
 「……堕天使(ファーレン)は知ってるわよね?」
 「そりゃ、もちろん」
 魔王サタンのもう一つの名前――ルシファーを筆頭にベルフェゴール侯爵、アスタロト大将が堕天使に該当するが、そのお三方は魔界では知らぬ者はいないほどのビッグネーム。
 もし知らずして魔界正規軍筆記試験を受けようものならものの三秒で不合格通知が出されても文句が言えないレベルだ。
 「なら堕天使という存在が生まれた原因を知ってる?」
 「そりゃあ、天界を離反したからじゃないのか?」
 「……形式的にはね」
 「と、言うと?」
 「天界の禁忌……“魔力”の研究という大罪を犯したから追放されたの」
 ――なるほど。教義に盲信的な天界らしい答えだ。
 確か“天界の教え”では悪魔に代表される魔族は絶対“悪”であり、ひいては魔界とのありとあらゆる接触は禁止され、これに疑問を持っただけで異端認定されて処罰されるんだっけか。
 堕天使という存在がいるからにはその逆もいて然りだが、天界特有の鎖国気質で、天族から魔族に“転向”した者は星の数ほどいるが、魔族から天族に転向した者というのは聞いた事がないし、仮にいるとしても極少数に留まっている。

 「んじゃ、魔族の俺と関わってるお前もルールに則ればアウトだよな?」

 なんとなく口にしたものの我ながら嫌味っぽい一言だ。
 「そうでしょうね」
 ラファエルは特に驚いた様子を見せることもなく俺の言葉を肯定した。
 その事から察するに、ラファエルは天界の偏った考えの異常性をとっくの前から認識していて距離を置いているのだろう。こんな島国にいるのはいわゆる隠居状態ってやつなのだろうが、そこらの事情は俺にはわからないし、それ以前に部外者である俺が立ち入る資格などない。
 「まあ、今の発言は聞かなかった事にしといてやる」
 「ずいぶんと偉そうな物言いね」
 「そう言う割には嬉しそうだな。隠してるつもりなら隠しきれてないぞ」
 「……どうかしら」
 おそらく俺がラファエルの境遇を理解する日は永遠にこないだろう。
 立場が違うから? ――否、もっと根源的なものだ。

 『何かを得る為には何かを犠牲にしなくてはならない』

 これは等価交換における原則だが、一つの理である事は疑いの余地がない。
 一般的なレベルの話をするのならば、人が働くのは労働力という代価を払って金銭、もしくはそれに相応の物資を得る事で交換が成り立つが、これはあくまで選べる場合での話。
 それがもし、生まれながらの才能についてならどうだろう。
 本人の意思よりも周囲の意思が優先されるに違いない。

(だとしたらあの話……本当なのかもな……)

 それが事実であるかは知る由もないが、魔族が認識している“ラファエル”といえば幼少期の時点で頭角を現し始め、人間でいう中学生ぐらいの年齢の頃には天界軍を率いて数多の魔界軍を退けたほどの傑物。
 少なくてもラファエル本人と出会う前までそう認識していた。
 しかし、今は違う。
 たとえそれが事実であったとしても俺の中では何とも言えない違和感があった。
 「話を戻すけどね。堕天使は天力と魔力、どちらの力を使うでしょう?」
 「そりゃ、魔力だろ」
 「ハズレ。正解は両方でした」
 “どちらの”と聞いといてそれが答えかよ……。
 頼むからツッコミを入れようか入れまいかを迷わせないでくれ。
 「天力を使おうと思えば使えるし、魔力も使える」
 「つまりは俺の二重因子とはバージョン違いの二重因子ってことか?」
 「まあ、そう結論を焦らないで」
 じれったいと思う気持ちを抑えて俺は口を噤んだ。
 俺には俺のペースがあるように、ラファエルにもペースというものがある。
 それはわかってるつもりだが、勿体ぶらずに早く答えて欲しいものだ。
 
 「コホン」

 咳払いとはずいぶんと味な真似をする。
 最初の頃はもっと無感情で何考えてるかわからないイメージがあったが……。

 「結論から言うと、違うわ」

 こいつ……。
 俺には結論を焦るなとか言っておいて自分が結論を言うのかよ……。
 まあ、抗議は後でしてやるとしよう。
 「堕天使が使えるのは天力という先天的な力と魔力という後天的な二つの力。あなたが使えるのは無力と魔力という二つの先天的な力」
 「結局のところどうゆうことだ?」
 「理解力が乏しいわね」
 「単に言い方が悪いだけじゃないのか?」
 売り言葉に買い言葉。場の空気は文字通り最悪な状態だった。
 ここでヒートアップしようものなら争いの火種になりかねない。
 ……とりあえずは我慢するとしよう。
 でないと話が脱線して不毛な言い争いをする羽目になる。

 「二つの力を単発でしか使えないのと、合わせて使えるのとじゃその意味合いが大きく違ってくるでしょ?」

 ラファエルのその説明で容易く理解できた。
 なぜ始めからそう言わなかったのかと詰問したくもなるが、まあ我慢しよう。
 なんせ時間というものは有限だからな。
 「堕天使が目指したのは本来、あなたのような二重因子よ」
 ラファエルはそう言って、手を銃の形にして“バン”と撃ってきた。 
 当然ながら俺はスルーした。大人の対応ってやつだ。
 「すると二重因子である事がバレるとヤバいってわけか……」
 「まあ、実験体にされるのは確定じゃない? 魔界の事情なんて知らないけど」
 「すでに気付かれてるって可能性もあるよな……」
 「それはないわ。私ですらここまでしないと分からなかったというのに」
 本来は敵である者にそう言われるのは少々複雑だったが、かなり心強い。
 天界でも最強クラスであるラファエルのお墨付き。
 それが実験モルモットにされるのではないかと内心震え上がる俺の心の唯一の拠り所となった。
 「二択ね」
 「へっ……?」
 「あなたの能力は眠ったままの状態よ。起こせば最悪、天界と魔界の軍事勢力図(ミリタリーバランス)の均衡が崩れて最終戦争(アルマゲドン)になるかもしれない」
 神話時代の大戦争の再来など大袈裟なことを……。
 そうなり兼ねないのはラファエル、今のお前の行動ではないのか?
 俺程度の代わりならいくらでも利くだろうが、熾天使クラスの代わりなどはまずいない。それが現実ってやつだ。
 「さすがにそれは過大評価し過ぎだろ」
 「……天界は昔から定期的に“悪魔狩り”や“魔女狩り”をやってきたけど、実際のところ、主なターゲットはあなたみたいな超越者狙いよ」
 「魔女狩り……言葉ぐらいは知ってるが、何を根拠に言ってる?」
 「だって、私は異端審問官の元最高責任者だもの」
 「マジかよ!?」
 「現役時代の私なら今この場であなたの首を刎ねてたかもね」
 何それ超怖いんですけど……。
 俺を魔族だと看破できたのはそういった過去の経験則からって事か?
 やはり天魔両陣営で名を轟かせるような奴は違う。改めてそう思った。

 (てか、この女……何歳だよ……)

 単に見た目だけなら中学生ぐらいに見えるとか詐欺もいいところだろ。
 実年齢で比較すれば、おそらく俺など赤子に等しい。
 まあ、俺にそれを確かめる勇気なんてものはないわけだが……。
 「……今でもいきなり俺の首が刎ねられたりします?」
 「今は大丈夫じゃない? 数百年ぐらい前から天界も魔界同様に二重因子保持者を保護しようと躍起になってるみたいだし」
 「そりゃよかった」
 「まあ、実験モルモットとしてだろうけど」
 ……その情報は不要だ。他人事じゃない分、余計に怖い。
 下手すれば研究所みたいなところで全身をバラバラにされたりする可能性が無きにしも非ずってことなのだろう。そんな最後は絶対に嫌だ。
 「それなら俺は二重因子を覚醒させること無く寿命を全うしたいわけだが、目覚めさせないにはどうしたらいい?」
 「さあ……?」
 「俺は今のままで全然かまわないのだが……」
 「そもそも二重因子保持者なんて存在そのものが稀だし、それにまず私自身がそうでないから的確なアドバイスなんてできるわけないじゃない」
 ――それじゃ、何か? 
 俺はいつ爆発するかもわからないニトログリセリンのようなものを体内に抱えているってことかよ……。そんなものはノーサンキューだ。

 (だが、これで疑問は解決したな……)

 今思えば、昔から何かおかしいとは思ってたんだよ。
 周りの奴は才能がないと鼻で笑いやがったが、その理由がようやくわかった。
 魔力“だけ”の修業なんて俺には無駄だったのだ。
 俺は断じて劣等生などではなかった。
 まあ、それが分かっただけでも良しとしよう。
 「じゃあ次は体育だし、着替えがあるから私はそろそろ行くわね」
 「おっ、そうか。いろいろ教えてくれてサンキューな」
 「友達だから……。じゃあ、またね」
 「おう、じゃあな」
 うーん。友達ってのにこだわるなあ……。
 別にそこまで義務感を持つようなものでもないと俺は思うがね。
 それにどう考えても“対等”じゃねぇーよな。
 なぜなら俺はほぼすべての面においてラファエルに及ばない。
 なんだか、あいつが孤立してる理由が少しだけ分かった気がする……。

 「ん……?」

 気のせいか、変わった雲の流れ。
 なぜかは分からないが、悪い予感がしてならない。
 これが杞憂ならそれでいい。
 しかし、悪い予感というものはよく当たるものだ。
 (まあ、なるようになるだろ……)
 ほどほどに雲の流れを見届けた俺は着替えの為、急ぎ教室を目指した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...