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幼女は禁句

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 町の中心部にある大きな木造の建物。入口の扉には、手をつなぐ人の絵が描かれている。

「ここが……なんだっけ……」

「旅人共同組合だ」

「むぅ……長い。そして疲れた」

「あんなにあちこち見てまわるからだ。最低限の身分証が無ければ働くことさえできんぞ」

 レイが呆れたようにため息をつきながら扉を開ける。夜更けにも関わらず、中は大勢の人で賑わっていた。酒を片手に談笑するひげ面の男や、近くの男を捕まえては酒を無理やり飲ませて高笑いする女。テーブルの上でいびきをかく人もいる。

 そんな人込みを避けながら、二人は建物の奥にあるカウンターへ向かった。ここの従業員らしき若い女性が数人いるが、業務が忙しのか、あちこち走り回っている。

「あの従業員ならきっとヒマ」

 どうしたものか、と考えるレイの服を引っ張るルナ。その指差す方向には、カウンターの一番端で頬杖をつく従業員の姿が。

 特に注意されることもなくのんびり座っているその姿は、とても忙しそうには見えなかった。もはや本当に従業員かも怪しい。

「はぁぁ~眠い。もっと静かに騒げや」

 二人が見ているとも知らずに、女はあくびをしながら呟いた。

「……やっぱり従業員じゃないかも」

「いや目を背けるな。とりあえず行ってみるぞ」

 床で眠ってしまっている人を何人か飛び越えながら、女の目の前に向かう。

「おい、お前は従業員か?」

「ん、やっぱりレイも疑ってる……」

「……へ? あ……あー……」

 突然話しかけられた女が驚いた表情で顔を上げた。なんとか言葉を発しようと考えたらしいが、その結果は――

「こりゃまた美男美女……?」

 むさ苦しいムキムキの男達に比べれば、二人は剣の持ち方さえ知らなそうな子供っぽい見た目だ。

 だから仕方がない……仕方がないのだ。

「やっぱり美幼女?」

「……もう16歳。バカにしないで」

 ルナは頬を膨らませ、静かに怒った。後日、当時のことを本人に聞くと「殴りかからなかったことを褒めてほしい」だそうだ。

「ふん、俺からしたら16でも赤子だけどな」

 余計な一言を漏らすレイは無視し、ルナは本題を切り出した。

「30代半ばのお姉さん。私達二人の身分証が欲しい」

「さっきのは謝るから。仕返しとばかりに毒を吐くのやめて!」

 適当に放った精神的攻撃はクリティカルヒットだったらしい。耳をふさいで首を振り、聞こえないアピールで自分の心を回復させた。

「ごっほん、それでは気を取り直して……身分証の再発行ですか?」

「いや、作るのは初めてだ。今まで実家で農家をしていたんだが、どうも性に合わなくてな……一度きりの人生だからあちこちを見て回ろうと考えたんだ。ちなみにこの小さい奴がルナ、俺がレイ。まぁコイツの保護者みたいなものだ」

「小さい言うな」

 あらかじめ決めていた設定をスラスラと口に出すレイ。最後の一文は余計だったが、ここまでは二人の予定通りだ。

「なるほど……それでは発行の手続きに入ります。色々お聞きすることになるのでかなり時間がかかりますがよろしいですか?」

「ん、大丈夫」

「まあいいだろう」

 その後、二人はそれぞれ別の部屋に案内され、今までの生活や犯罪歴、趣味や好きなものに至るまで細かく質問を受けた。

 手続きが終わる頃には、空はぼんやりと明るくなり始めていた。
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