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虚実
しおりを挟む「私は未来から来ました」
男は一言目にそう言い放った。冗談だろうと笑うところだったのかもしれないが、男の真剣な表情に気押され、「は、はぁ」とうなずくことしか出来なかった。
「この先、あなたは後悔をすることになる。何度も、何度も。……死にたくなるほどに」
つらそうに顔を歪ませながら話す男に、僕は何も言うことができない。
「既にあなたは後悔していることがあるでしょう」
自分の心臓が大きく鼓動するのが分かった。なぜそんなことが分かる? この男は誰だ? 僕が話す間もなく、男は言葉を続ける。
「……とにかく、帰ったらすぐにこれを飲んでください」
そう言うと、僕の手に薬のような小さなカプセルを握らせた。
「期限は高校卒業まで。無事過去に戻れたら、普通に生活してもらって大丈夫です。だけど、今度こそ彼女を大切にしてください。……絶対に
……あの頃の私には、そんな簡単なことが出来なかったから」
絞り出すように発せられた言葉。もし今までの話が全て本当なら、目の前の人物が誰なのか想像がついた。
「そろそろ時間です」
いつの間にか、男の膝から下が消えていた。
「同じ時間に同一人物は存在できない。そのルールだけは変えられなかった」
慌てる様子もなく男は話し続ける。
「ま、待ってください!」
やっと状況を理解した僕は、慌てて彼を掴もうと手を伸ばすが、なんの手応えもなく空を掴むだけだった。
「私の役目はこれでおしまいです」
段々と彼の声に震えが混ざる。
「今日まで長かった。苦しかった。つらかった」
ゆっくり、着実に男の身体が透けていく。
「幸せに――」
それが、男の最後の言葉だった。
「彼は……」
いつの間にか太陽は沈みきっていた。静まり返った夜道に、近くの街灯がチカチカと明滅する音を立てている。
僕は無言で、その場に立ち尽くした。
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