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誘拐(2)

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 そして翌日、アイラたちはまた街へと繰り出してケビンたちを探した。セイジもまだ捜索を続けている。夜のうちに三人は見つからなかったらしい。
 ルルは宿の主人に借りたこの街の地図を指でさし示しながら、アイラに言う。

「セイジの家はこの辺りにあるようですが、周辺ではケビンたちは見つかっていません。ですから今日は捜索の手をもう少し広げて、この辺りを探してみましょう」
「うん、よし。行こう」
「王都の騎士たちには気をつけてくださいね。グレイストーン伯爵にも」
「ああ」

 アイラは外套のフードを被って歩き出した。
 そうして時折見かける王都の騎士や伯爵家の騎士を避けながら一日中ケビンたちを探したものの、今日も彼らの事は見つけられなかった。
 けれど一つ、気になる情報は得る事ができた。
 それは家の前の階段に座って日向ぼっこをしているお爺さんにアイラが話しかけ、聞き出した情報だ。
 ケビンたちの特徴を伝えてもその老人は「見ていない」と緩く首を振ったが、続けてこう尋ねてきたのだ。

「子どもがいなくなったのかい? 三人も?」
「ああ、そうだ」
「……ふむ」
「どうかしたのか?」

 老人は半分ボケていてもおかしくなさそうな雰囲気だったが、アイラは一応訊いた。
 老人は言う。

「実は私は、十年ほど前まで伯爵家で働いていてね」
「伯爵家で? グレイストーン伯爵ですか?」

 アイラの隣りにいたルルが驚いて言う。

「ああ、もちろんそうだよ。私は庭師だったんだ」
「それで、それと子ども三人が行方不明なのとどういう関係が?」

 ルルが尋ねると、老人はもったいぶって言った。

「それがね……ううーん……言うべきか言わざるべきか」
「いいから、気になる事があるならさっさと言え」

 そう急かしたのはもちろんアイラだ。
 老人は引き続きもったいぶり、迷いながら口を開いた。

「……伯爵様の城を探ってみるといい。行方不明の子どもは、もしかしたらそこにいるかもしれない」

 不穏なその発言に、アイラは表情を引き締めた。

「どうしてヘクターのところに? お前は何を知ってるんだ?」
「何も知らないよ。ただの庭師だった私は何も知らない。けれど伯爵様と、伯爵様に近しい使用人たちが、何か秘密を共有しているような雰囲気を私は感じていた。そして私は伯爵様の事を少し恐ろしく思っていた。具体的に何か見たわけでも、何かされたわけでもない。伯爵様はいつも穏やかで優しかった。まだ若い時から、すでに今のように落ち着いていて頼りになる方だった」

 老人は続ける。

「私は伯爵様を尊敬している。一介の庭師である私にも随分良くしてくださったから。そして他の使用人たちも、ほとんどの者はそう思っているはず。けれど、だからこそ、あの古い城の中で何か起こっても表沙汰にはならない。使用人たちはみんな伯爵様の味方だから」
「……具体的に何か見たわけじゃないんだろ? 子どもを攫って殺していたとかさ」
「そうさ。私は何も見ていない。けれど伯爵様には裏の顔があると感じる。あの方はきっと恐ろしい方なのだ。けれど尊敬すべき方でもある。あれほど領民の事を想って、誠実に領地を治めてくれる方はなかなかいないよ」

 伯爵を疑えと言う一方、信頼できる人だとも言う老人の発言は矛盾している。けれどアイラにはその気持ちが少し分かった。

「お前の言ってる事は分からないでもない。私もヘクターは恐ろしい。けれど仕事はできるし、良い領主なのだろう」

 アイラはそう言って、ルルと共にまた歩き出した。そして老人から離れてから言う。

「あの年寄りの言ってた事、どう思う? ヘクターの城を探してみろって」
「うーん……肝心の理由があやふやでしたからね。ボケている可能性もありますし、あの人の言葉を信じるのは危険です。第一、伯爵の城なんて探ろうとしても探れませんし」
「そうだよなぁ。ヘクターには会いたくないし」

 もう少しちゃんとした理由があって伯爵が怪しいと言っているなら、アイラは勇気を振り絞って伯爵と相対したかもしれないが。

「とりあえずケビンたちを探しながら、ヘクターの事も訊いて回ってみるか。あの老人みたいに元使用人とかに話を聞けたら……」

 アイラはそこでハッと気づく。

「あ、そういえばあの女もヘクターの屋敷で働いてるって言ってなかったか? あいつ、ほら、栗色の髪の……名前何だっけ?」
「イディナさんですね」

 ルルはそう答えて続ける。

「また不快な思いをするに違いないので彼女とは顔を合わせたくないのですが、仕方がないですね。次に見かけたら声をかけて、伯爵の事を訊いてみましょう。けれど今日はもう日が暮れましたし、セイジの家に寄って経過を報告したらもう宿に戻りましょうか」

 早く子どもたちを見つけたいが、明日の為にまた体を休めなければならないのがもどかしい。
 そして二人でセイジの家――宿からはそれほど遠くない古いアパートに向かって歩いていた時だった。

「あそこにいるの、イディナさんですね」

 イディナが青年と歩いているのを見つけてルルが言う。

「本当だ。男は恋人か?」
「そうかもしれませんが、でも恋人という雰囲気ではないような……。声をかけてみましょう」

 イディナも青年も楽しそうな顔はしていない。特に青年の方は無表情だ。

「イディナさん」
「……あ! ちょうどいいところに!」

 ルルが声をかけると、イディナは振り向いてそう言った。前回会った時に「馬鹿女」などと言ってしまったので、次に顔を合わせたらその倍は罵られるだろうと覚悟していたのだが、どうやら向こうもルルたちを探していたようだった。

「会えてよかったわ。ちょっとこっちへ来て。弟さんも」

 イディナはルルの手を引いて歩き出す。青年の方はイディナの行動を黙って見ていた。
 彼の黒い髪は前髪が目にかかるほど長く、表情が読みにくい。年齢はまだ十代後半と思われた。
 
「彼は?」
「私の同僚よ。愛想がないけど伯爵家の使用人。将来の執事候補よ」

 イディナは早口で説明する。そして大通りを少し進んだところに停まっていた伯爵家の馬車にルルを乗せようとする。

「渡したい物があるの。ちょっと馬車に乗って」
「待ってください」

 ルルは馬車の中に伯爵がいるのではないかと警戒した。
 しかしイディナが扉を開けると、中は空っぽだった。革張りのソファーには誰も座っていない。

「早く入って」

 伯爵がいなかった事には安堵しつつも、とにかく馬車に乗せようとするイディナを不審に思ってルルは動かなかった。そして後ろをついて来ているはずのアイラに声をかける。

「ライア」

 しかしルルが振り返った瞬間、アイラは眠るように静かに倒れ込んだ。早くてはっきりとは見えなかったが、アイラのすぐ後ろを歩いていた黒髪の青年が、アイラの首の辺りに向かって手刀を切ったようだった。
 そして青年は、他の通行人に気づかれないよう、倒れ込むアイラを自然に支える。

「お前……」

 ルルは目を見開いた。この青年は只者ではない。
 そしてイディナは自分の髪を払いながら刺々しく言う。
 
「さぁ、さっさと馬車に乗ってよ」

 青年は気を失っているアイラの脇腹に左手を当てていたが、袖口からはちらりとナイフの刃が覗いていた。
 ルルはそれに気づくと、ぐっと奥歯を噛んで馬車に乗り込む。イディナとルルの後には青年とアイラも乗り込んできて、馬車の扉を閉めた。

「返してください」

 馬車に乗った後、ルルがアイラに手を伸ばすと、青年はあっさりとアイラを離した。
 けれどアイラを抱くルルに今度は青年が手を伸ばしてきて、ルルの首を片手で掴んでくる。

「……っ」

 息は少し苦しいものの、完全に気道を塞がれているわけじゃない。なのにルルはあっという間に気が遠くなった。
 動脈を押さえられているのかもしれない。頭に血が回らない。

「おやすみー」

 ルルが気を失う前、イディナが愉快そうに笑って手を振っているのが見えた。
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