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病弱なお姫様(1)

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 朝目覚めてしばらくのんびりしていると、突然魔法で召喚された。呼び出したのはハロルドだ。

「おはよう、三日月」
「ミャア」

 私はしっぽをブンと振り、眉間にしわを寄せて鳴く。せっかくのんびりしてたのに、ハロルド私のこと呼び出し過ぎじゃない? 
 と思ったが、よく考えれば前回一緒にエルフのところに行ってから二ヵ月近く経過しているので、呼び出し過ぎってほどではない。
 それにその二ヵ月の間にも私とハロルドは何度か顔を合わせているが、全て私からハロルドのところに訪ねて行ってヤギミルクを貰っただけなのだ。何も働いていないのにミルクだけ何度もねだっていたので、今日、私がハロルドに文句を言う道理はないのである。

「ミゥ~」
「どうした? 急にしおらしく甘えて」

 ハロルドを倒さないように気をつけながら、耳の辺りをスリ~と擦り付けてさっきちょっと怒ったことを誤魔化しておく。
 ハロルド~、何か困ったことがあったらいつでも呼び出してよ~。

「何だかよく分からないが、今日も森を案内してもらえるか? 命星を集めに行きたいのだ」
「ミャン」

 対価のヤギミルクをしっかり貰ってから、準備を整えたハロルドを連れて森を案内する。

「森の中心部に向かってゆっくり歩いてくれるか。目的地はないから、同じところを通らないよう適当に進んでくれ」
(命星だけ集めるの?)

 心の中で話しかけたがハロルドには伝わらなかったので、何事もなかったように歩みを進める。
 私はこの前、木に括りつけられてたジーズゥのおじさんたちに命星をあげたし、遭難して凍死しかかってた王子のエミリオや騎士のカイルのためにも命星を探したことがある。魔物の木のおじさんにも、そのおじさんに捕まってたケンタウロスの子供――アデスにもあげたことがあるな。
 なので私は魔力星より命星を探す機会の方が多いんだけど、健康なハロルドがどうして命星を欲しがるのか分からない。ハロルドなら魔力星の方が有効活用できそうだけど。
 
(何で命星が欲しいの?)

 気になってもう一度視線で尋ねる。心の声は届いていないはずだけど、私の視線で気づいたのかただの偶然か、ハロルドは地面や木の上などを注意深く見回しながら話し始める。

「私には妻がいないので子もいないが、甥と姪はいてね。甥は今年……確か二十三歳、姪は十七歳になるはずだ」
(甥と姪か。ハロルドって兄弟いたんだね)
「私は三人兄弟の長男で、三つ下の次男は幼い頃に流行り病で死んだ。甥と姪の母親は、私とは年の離れた末の妹だ」
(へー)

 初めて知るハロルドの家庭事情に、私は少し興味を持った。

「本当は死んだ弟のためにも長男の私が真っ当に生きて両親を安心させなければならなかったのだが、どうしても探究心を抑えきれなくてね。世界を旅するために家を出た。代わりに妹には色々な責任を押し付けてしまい、申し訳なく思っている。妹は別に構わないといってくれているがね」

 人間はどうやって生きるかも自由に決められないなんて大変だね。みんな猫になればいいのに。

「妹は私などより強い人間だ。だからめったに私に助けを求めてこない。だが、娘――私にとっては姪だね、彼女のことに関しては相談を受けることがある」

 ハロルドは草が密集している場所を木の棒でガサガサと探りながら話す。

「姪は生まれた時から不治の病を患っているのだ。同じ病気の人間は世界的に見ても少なく、今の医学で完治は難しい。それで妹は、医者も匙を投げる姪の病気について、私に何か治す方法はないかと相談をしてくる。だが、私が何十年と世界を回って得た知識も、数多と知っている民間療法も、全く何の役にも立たなかった。賢者が聞いて呆れる。本当に無力だよ」

 話を聞きながら、私は星の気配を感じた木の枝の上を覗き込む。気配からして魔力星かなぁと思ったけどやはりそうだったので、前足で雑に叩いて地面に落とし、鳴いてハロルドに伝える。

「ミャン」

 命星ではなかったけど、いる?

「おや、魔力星か。よく見つけたな。三日月はいらないのか?」
「ミー」

 私が首を横に振ると、ハロルドは半透明の紫色の石を上着のポケットに仕舞った。そしてまたゆっくり歩きながら話を続ける。

「姪の病気の症状は子供の頃より悪化している。今ではお喋りをしたり食事を取る元気さえなく、ほとんどずっとベッドで横になっているらしい。頭ははっきりしていて、ベッドで休んでいても本人は色々なことを考えているらしいが、体がついていかないようだ。だが、命星を食べると一時的に元気になるので、その間に食事をしたり散歩をしたり、勉強をしたりしていると言っていた」

 じゃあ命星がなければ食事も取れず、どんどん衰弱しちゃうかもしれないのか。

「だから姪には命星が必要だ。命星の効果は何日も持たないから、なるべくたくさん探して持っていってやらねば」

 それは結構深刻な理由だね、と私も神妙な顔をした。
 
(ハロルドの姪の命がかかってるなら、私も本気で星を探すか)

 前足を前に出してぐいーっと伸びをすると、私はハロルドに「ミャン」と鳴いて駆け足でその場を去った。

「三日月? どこへ行く」

 私に置いて行かれると遭難してしまうハロルドは少々焦った声を出したが、私に何か考えがあると予想したのか慌てて追いかけてくることはなかった。まぁ、ハロルドが走ったところで四つ足の私には追いつけないしね。

(本気で星をたくさん集めようと思ったことはないからなぁ。日が暮れるまで、頑張ればどれくらい見つけられるかやってみよう)

 するとさっそく命星の気配を感じ、一つ見つけることができたので、前足で転がしながらハロルドのところに持っていく。ハロルドとの距離は近かったけど、やっぱり転がして運ぶのは面倒くさかった。森の地面って平坦じゃないし、木の根とか草とか障害物も多いしさ。

「命星を見つけてきてくれたのか?」
「ミャーン」

 ハロルドは私が転がして持っていった半透明の金色の星を見ると、喜んで拾い上げた。

「さっきも魔力星を見つけていたし、よくそんなに次々に見つけられるものだ」

 星を二つ見つけただけなのに感心して言うハロルド。そういえばハロルドは、私が星を見つけるのが得意だってこと知らないのか。
 私は星の気配を感じられるから、ハロルドたちみたいに「どこにあるかな?」ってそこら中の茂みをちまちま探る必要はないんだよね。

 あと、星は木の枝に引っかかってる割合もかなり多いんだけど、人間はそれをあまり知らなくて地面ばかり探している。いや、木の上にあるかもって思ってても一本一本登って確かめられないから地面に落ちてるやつだけを拾おうとしてるのかもしれないけどね。
 その点、私は気配を探れば星がどの木にあるか分かる上、体が大きいので前足でガザガザすれば枝や葉に引っかかっていた星は簡単に落ちてくる。

(フフーン!)

 改めて私って素晴らしい猫だなと思ったので、ハロルドに向かって胸を張ってニヤリと笑う。
 しかしハロルドは私のその得意顔を見ておらず、星を入れるために持ってきたと思われる空の鞄を持って言う。

「三日月の方が私より多く星を見つけてくれそうだし、見つけたらこの鞄に入れてくれると助かるのだが……。星をいちいち私の元に持って戻ってくるのは、三日月も手間だろう」
「ミャー」

 ハロルド、分かってるじゃん。私は星を見つけるのは得意だけど、手がないから星を運ぶのは面倒だし嫌いなんだよね。小さな星を口に入れて溶かさないよう、咥えて運ぶのも大変だし。
 さっき見つけた魔力星と今私が取ってきた命星を鞄に入れると、ハロルドはそれを私に差し出した。

「いや、だがお前には手がないから、鞄を持っていっても星を入れられないか」

 確かに見つけた星を鞄に入れるのも難しいんだけど、いちいち転がしたりしてハロルドのところに運んでくる方が面倒だよ。
 そう思った私はハロルドの鞄を咥えてブン取ると、そのまままた命星探しに出かけたのだった。


 それから私はかなり頑張った。犬みたいにあちこち駆け回って、星の気配がすれば止まり、星を探した。生まれてからこんなに長く動き回ったことないんじゃないかってくらい走って、働いた。
 昼寝もしなかったし、日向ぼっこも……いや日向ぼっこは誘惑に負けてちょっとだけしたしやっぱり昼寝も一時間くらいしたけど、それでもすごく頑張って星を探した。

 ハロルドも星を探して歩き回っていたので、見失わないように時々戻って位置を確認していた。星を鞄に入れるのは私の大きな前足では難しくてなかなか入らず、イライラしたけど、それを見ていた少女の妖精が手伝ってくれて事なきを得た。
 私はこの妖精を背中に乗せて、星を見つけたら彼女に手伝ってもらうというのを繰り返した。そうしているうちに別の少女の妖精たちも集まって手伝ってくれ、最終的に私の背中には二十人くらいの小さな少女たちが乗っていた。私が走ると大きく揺れるらしく、背中から小さな「キャー!」という声が上がっていたが、私の毛を掴んで振り落とされないようにして楽しんでいる様子だった。
 
「ミャーン」

 日が暮れ始める頃になると、私は少女の妖精たちにお礼を言って別れた。助かったよ、ありがとね。
 妖精たちはクスクス笑いながらこちらに手を振り、飛んでいく。みんな私という遊具を十分楽しんだらしく、満足げな顔をしていた。
 とっとこ走ってハロルドのところまで戻ると、水筒の水を飲んでひと息ついていたハロルドはこちらを見て言う。

「三日月、私も二つ命星を見つけたぞ。今日はもう日が沈むし、そろそろ帰ろう。私の家まで案内してくれるか?」
「ムー」

 口に鞄を咥えながら返事をする私。ハロルドは大きく膨らんだその鞄を見て、いぶかしげに片眉を上げる。

「そんなにたくさん何を取ってきたんだ? まさか命星がそんなに落ちているわけがないし……」
「ムー」

 そのまさかだよ。星は時期や場所によってたくさん落ちているけど、人間は見つけるのが下手なだけで、私にかかればこんなもんよ。
 ハロルドは鞄を受け取ると、中を確認して驚きの声を上げた。

「……何ということだ! 本当に全て命星なのか?」

 鞄の中には金色に光る星がたくさん詰め込まれている。今日は朝から一日探し回ってたから、五十個くらい取れたかな。

「すごい、すごいぞ、三日月! こんなに集めてくるなんて信じられん! 数を集めるには、何日もかけて探すことになると思っていたのに」

 ハロルドはひたすら驚いて喜んでいる。そうでしょ? すごいでしょ?
 フフーン! と尊大に顎を上げて笑っている私を、ハロルドは両手でわしゃわしゃと撫で回す。

「三日月! お前はすごい猫だ!」

 まぁね、自分でも分かってたけどね。でもこうやって人から称えられるのは格別だよね。
 
(さすが私だなぁ)

 良い気分になってしっぽを揺らし、目を細める。
 
「ありがとう。これだけあればしばらくは姪の体調も安心だ」

 ハロルドも安堵してほほ笑んだのだった。
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