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二章 神のいた町
二、偽妖狐退治 上
しおりを挟む「偽妖狐退治? ――報酬三十金!?」
酒呑み処の掲示札を見ながら朔が首を傾げる。吊るされたその札には、他の依頼とは一線を画す金額が書かれていた。湯治で有名な町とは言え、たかが妖怪一匹にそうそう出る額ではない。三十金など一家四人、三月は暮らせる額だ。
依頼日を見れば半年前だった。依頼が残って報酬が上げられていったのか、よほどその妖狐が強く困らされているのか。何よりもまず、偽って何だ。
朔はとりあえず話を訊いてみようと、店の者に声を掛けた。
応対したのは少しばかり薹が立った女中だ。
「あぁ、偽妖狐退治ね。あれは妖狐だとはっきり確認はされてないの。姿形から妖狐じゃないかって言われてるだけでさ」
「だから"偽"なのか? ならば付けるのは"仮"じゃないのか。
そもそもそんなものどうやって達成判定する? 適当な化け狐の死体を持ち込んでもわからんと思うが」
「毛があるんだよ。町に出た時、居合わせて応戦した荒萬が一房切り落としてね」
「町なかにまで出るのか」
女勤人は溜息を吐くとやさぐれた感が出た。討伐依頼が出たのは半年前だが、異変が起き始めたのは数年も前かららしい。
「"偽"が付いた訳だけどね、この曼朱の町にはね、土地神様がいらっしゃるのさ。齢数百と言われる御狐様がね」
遥かな昔からこの土地を悪鬼から護り、霊験あらたかな水を豊富に湧かせてくれる神が居られると女は言った。
この土地をいつから守っているのかは定かではないが、祖母の祖母の代まで遡っても、悪鬼が出たなどという話は終ぞ聞いた事が無い。だからこの町はお偉方の湯治場として選ばれているのだと。
それが、数年前から妖怪や、小さいながらも闇引きまでもがこの町に現れる様になったと言う。
町に破魔隊は居らず、赫巫は槍が一本あるのみ。年始に皆がこぞって買い求める赫巫塩や赫巫札も、この町の住民は一家に一つを、店先に見かければ買っておこうか程度の心持ちしかない。
大きな町の差配屋なら、荒萬を大量に抱えて討伐依頼もばんばん出るが、ここでは採取依頼が主である。差配屋なぞなく、ここの様に酒呑み処が仲介できる程度で、口利き屋とも呼ばれる。採取場である付近の山は、熊や狼などの獣はいるが強い妖怪の類いはいないし、希少な薬草や珍味が多い。
たまに長期湯治から帰る人が道中の用心棒依頼を出すくらいで、荒事依頼は殆どない。
「頼みの湯治も、今や効果は昔事って噂が出るし、薬草類も今年は少ないみたいで商売あがったりよ」
そんな頃に現れたのが妖狐だ。
闇引きや妖怪が現れるとその妖狐も現れ、人が来ると途端に逃げてしまうという。
だから人々は噂した。
偽妖狐が闇引きや妖怪を大量に引き連れこの地を荒らし、土地神様である本物の御狐様を苦しめているのだと。
真偽は確かめられるものではないが、実際に妖狐は闇引きや妖怪を伴い現れている。妖狐から直接の被害は無いが、元来狐とは狡賢いものであるし、ましてや悪さをする妖怪など討伐されて然るべきである。
「闇引きに噛まれる者がとみに増えてる。噂は拡大して討伐依頼が出されたってワケ」
依頼は、用心棒依頼などの個人発注の依頼は口利き屋が受けてきっちりと手続きをするが、他は達成できた時に証明の品を持ち込むだけでいい。採取や駆除などは常時依頼が出ているし、一点物は早い者勝ちだ。
ただ、店の者にこれこれの依頼を狙うつもりだと伝えると、他に同じ依頼を狙っている者があったら教えてくれたり、店の方から忠告や調整があったりするので、大体は皆、店に伝えてから行く。
「偽妖狐退治、みんなこっちに言ってかないだけで、あわよくば狙ってるんじゃないかしら。如何せん素早さが桁違いらしいわよ」
影はちょくちょく見るらしいのだが、刃が届いたのは初めの一度きり。あとは下っ端を捨て置いて、あっという間に姿をくらましてしまうらしい。ただ、隙を突けば矢や術は通る事もあるという。
「裏で手を引いてる偽妖狐の退治ももちろんだけど、闇引きや妖怪の数が尋常じゃないわ。町は赫巫の確保に躍起になっているし、破魔隊や陰陽師の派遣もお上に打診しているけど返事は未だ無しみたい。
他の町でも闇引きの出没が増えているんでしょう? 色々芳しくないわね」
闇引き相手じゃ口利き屋に出来る事なんて大したことないわよ、と女中は朔に愚痴る。色々と情報を漏らし過ぎな気がするが、この女中が迂闊なのか、出してもいい情報なのか朔には判らなかった。
「へえ? んじゃ俺も妖怪退治に精を出しながら偽妖狐を狙ってみるかな」
「ねぇ? 今一番三十金に近いのは、強力な飛道具使いなの。――今夜、全部話してあげる」
実は朔に粉を掛けたいがために口が滑らかだったらしい。女中は朔の目を見つめながらゆっくりと囁いた。
「この町に来たばかりだからまたゆっくりな」
さっさと酒呑み処を出れば、例によってすすすと宵が寄ってくる。
絹代に貰った内の一着、濃紺に濃紅の沙華が染め抜かれた意匠の着物を纏っていて、髪もそれに合わせて遅れ毛が出るよう結われていた。昼間では目のやり場に困るほど婀娜っぽい。
幸い土地柄、そういう女人は多いので浮いてはいない。いないがその美貌で目立ってはいる。
「朔も女あしらいが板に付いてきたのぉ、未挿男のくせに」
「関係ねーだろ」
「昔はゲジでも見るような眼差しで無視するだけだったのに、いつの間にこんな芸当ができるようになったんじゃ。
嗚呼、わっちの小さく可愛かった朔が、女こましになっていく~」
「抜かせ。
さて、しばらくは好きに過ごすか。宵の宿は要るのか?」
「わっちは良いわ。早速変態のとこへ参る」
あの後、宵は金女へ依頼に行き、朔は周辺の掃除に勤しんだ。泥塗れの少女はあの場に捨て置いた訳だが、宵も金にならない鬼熊を焼却処分して行ったし、朔の掃除があったのだ、よほど運が悪くない限り生きているだろう。
案の定、宵が戻って来た時には、そこに少女の姿はなかった。連れ去れたのでないならばだが。
結局宵は、金女の住処までは行かなかった。段々と糸が増え、燃やさなければ面倒な域にまで張り巡らされていた為、これならば余程の大物が出ない限り邪魔されることもないだろう、もう暫くは打ち込めさせてやるかと考えた次第である。
他にも気になることができたし、金女の住処から常人の徒歩で五日ばかり北上した先に棲まう、宵の昔馴染みである妖狐の元へ寄る事にしたのだ。別に金女に会うのを少しでも後にしたかったわけではない。たぶん。
「それにしても妙な気配だの」
「あぁ? 偽妖狐か?」
「妖怪の気配はわらわらあるが、偽変態の気配は感じんなァ。そんなことより変態の気配が薄い」
宵に言わすと妖狐というものはすべからく変態らしい。
「偽妖狐の方は確と見定められた訳じゃないらしいから、妖狐ではないのかもしれないな。縄張りにも煩いはずだ。
昔馴染みの気配が薄いとは?」
「さぁな。まぁ会えばわかるじゃろ。じゃぁちっと行ってくる」
背中に大風呂敷を担ぎ、手には酒の大がめを持って、宵は足取りを乱すことなく歩いて行った。波の様に人が道を開けたのは傾国だけが理由ではなさそうだ。
朔は既に宿の選定にかかっている。折角の有名な湯治場なのだから、風光明媚な露天風呂と旨い酒へと洒落込もうではないか。
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