文字の大きさ
大
中
小
27 / 41
東夷の巻
親魏倭王
外夷の王に爵位を授ける儀式は、儒教礼式に則るのが建前である。しかし一方でこれは在地の人々にその君長が天子より冊封された事を知らしめるものでもあるので、彼らに対して効果的であることも必要になる。張政は式次第について詰める為に、姫氏王と梯儁の間を何度か往復した。
〔漢倭奴国王〕印の返却なしに新印を引き渡す事については、張政と梯儁の間に意見の相違は無かった。〔親魏倭王〕印を授けるのは勅命であるが、旧印の回収は司馬氏からの内命に過ぎない。償いとして司馬氏に宛てて銅材を贈るという姫氏王の内意が伝えられた事も、張政と梯儁の心を軽くした。
梯儁はようやく投馬国を発って、邪馬臺国に入った。一行が投馬の邑に着いてからもう一ヶ月以上が過ぎ、季節は冬に差し掛かっている。姫氏王の命を受けて伊声耆が梯儁を邪馬臺の邑に案内し、入れ替わりに姫氏王は投馬の邑に入った。難斗米と都市牛利も同行している。難斗米は口数少なに、そして静謐に過ごしている。しかし奴王は罪人として死んだので、喪に服する事はしていない。またそれは許されないのである。
伊声耆は姫氏王の名に於いて民を動員し、南郊の広閑な地に土を盛って壇を築く。壇は夏至の日の出から冬至の日の入りを向いた長方形である。両側の短辺を削って階段を付け、そこから上り下りをする。壇の中央には縦に小室を掘り下げて、象徴的に奴王の首桶が安置される。壇が少し低いのではないかと張政は思ったが、これは倭人が別に高さを尊ばない為と、姫氏王が余り日子を掛けない様にと注文したからであった。
姫氏王は、対馬・一支・末廬・伊都・奴・不弥・投馬などの諸国から、その首長や土地の名士を呼び寄せ、率いて倶に邪馬臺へ向かう。邪馬臺の邑では、今度は姫氏王が賓客の立場で入り、梯儁が主宰として迎える。姫氏王は斎戒して身を清め、儀式に備える。南郊の壇上には、勅使と王の席が設らえられる。奴王の首桶を埋めた上には、王碧が縫い上げた王服を着た木の人形が立てられる。人形の前には、稲と粟の穂を俎に載せ、その米を炊いた飯は豆に盛って、神饌として供えられる。この壇上の場は、やはり幕で囲われて、外からは僅かに消息を窺えるばかりになる。西側が壇の前面で、ここには賜り物の金、絹や錦、刀、百枚の銅鏡が並べられる。これに臨んで、参席者は序列に従って着座する。
梯儁も禊ぎをして、控えの間で勅使の正装を纏う。張政も輔佐をする為に礼装に着替える。
「なんだか恐ろしいようだ。このおれがあの女王に対して上座を占めるとはなあ」
と梯儁は言ったが、天子の命令を伝えるという大役を果たす準備は十分に出来ていると、張政には見えた。
壇の周囲や会場の要所には矛を持った兵士が立ち並んでいる。青銅の矛は太陽を受けてきらきらと輝く。姫氏王は倭人の正装で、賓客の席の中を通り、壇の西側の階段を上る。難斗米と都市牛利が介添え役として付き従う。張政と梯儁は、壇の東から階段を登る。壇の上では、王服を纏った人形から見て、左前に梯儁、右前に姫氏王が座る。壇の下では、この日の為に遼東郡から貸し出されて遙々やって来た楽団が雅楽を奏でる。その調べは、倭人たちには全く耳慣れない神妙な旋律であるに違いない。
「咨爾卑弥呼」
詔書と印綬を手にし、策命を伝えるのは、張政の役割である。姫氏王は平身低頭して叡慮に接する態度を示す。こんな役割は張政にしても身分不相応なのだ。今更ながらに緊張が手足を強ばらせる。それでも滞らせてはならない。
「天子は、爾が所在の遙か遠きにも関わらず、遣使して参り来たるをお哀れみになり、爾を親魏倭王に封じると仰せになられた。その勅命により、今詔書と金印紫綬を授ける。よって爾の国人に知らしめ、その民庶を綏撫し、封土を平らけく治め、以て皇沢に応えよ」
姫氏王は身を起こして答える。
「予が身は微小なりといえども、それ勉めて国を治め、以て天威に敬しんで事えるでありましょう」
ようやく女王は印綬と詔書を受け取り、再拝する。難斗米は杯に神酒を注いで姫氏王に渡し、王は杯を捧げて神に進めるしぐさを三度する。張政がその杯を受けて梯儁に渡し、梯儁もそれを三度神に進め、自ら口を付ける。梯儁は別の杯に神酒を酌み、難斗米の手から伝えて姫氏王に取らせる。王は再拝して杯を受け、酒を啜る。互いに口を付けた杯を、再び張政と難斗米の手を介して交換し、三度繰り返して酒を飲み干す。事が済むと、梯儁と張政は先に下がり、姫氏王は王服を人形から外してその身に纏う。王服を着た女王は壇上で西に向いて座り、周囲の幕が取り払われる。新しい倭王の登場を、一同は感嘆の声と拍手で迎える。
張政と梯儁は、今度は西側の階段から登り、膝を突いて姫氏王に拝し、賓客の席に着く。一同に杯を回して神酒を分け与え、ひとまず乾杯が済むと、改めて酒と料理が運ばれて祝宴となる。招かれた人々が酒に酔い肉を食うのを、姫氏王はむしろ冷めた目で視界に捉えている。難斗米は、何を想ってか、何処を見るとも付かない顔をしてずっと座っている。
宴も酣を過ぎた頃、侍女の一人が上がって来て姫氏王に耳打ちをする。何かの知らせが届いたらしい。頭巾の中で眉間に皺を寄せているのが判る。
「老体を押して来ずともよいものを」
と女王は呟いた。
〔漢倭奴国王〕印の返却なしに新印を引き渡す事については、張政と梯儁の間に意見の相違は無かった。〔親魏倭王〕印を授けるのは勅命であるが、旧印の回収は司馬氏からの内命に過ぎない。償いとして司馬氏に宛てて銅材を贈るという姫氏王の内意が伝えられた事も、張政と梯儁の心を軽くした。
梯儁はようやく投馬国を発って、邪馬臺国に入った。一行が投馬の邑に着いてからもう一ヶ月以上が過ぎ、季節は冬に差し掛かっている。姫氏王の命を受けて伊声耆が梯儁を邪馬臺の邑に案内し、入れ替わりに姫氏王は投馬の邑に入った。難斗米と都市牛利も同行している。難斗米は口数少なに、そして静謐に過ごしている。しかし奴王は罪人として死んだので、喪に服する事はしていない。またそれは許されないのである。
伊声耆は姫氏王の名に於いて民を動員し、南郊の広閑な地に土を盛って壇を築く。壇は夏至の日の出から冬至の日の入りを向いた長方形である。両側の短辺を削って階段を付け、そこから上り下りをする。壇の中央には縦に小室を掘り下げて、象徴的に奴王の首桶が安置される。壇が少し低いのではないかと張政は思ったが、これは倭人が別に高さを尊ばない為と、姫氏王が余り日子を掛けない様にと注文したからであった。
姫氏王は、対馬・一支・末廬・伊都・奴・不弥・投馬などの諸国から、その首長や土地の名士を呼び寄せ、率いて倶に邪馬臺へ向かう。邪馬臺の邑では、今度は姫氏王が賓客の立場で入り、梯儁が主宰として迎える。姫氏王は斎戒して身を清め、儀式に備える。南郊の壇上には、勅使と王の席が設らえられる。奴王の首桶を埋めた上には、王碧が縫い上げた王服を着た木の人形が立てられる。人形の前には、稲と粟の穂を俎に載せ、その米を炊いた飯は豆に盛って、神饌として供えられる。この壇上の場は、やはり幕で囲われて、外からは僅かに消息を窺えるばかりになる。西側が壇の前面で、ここには賜り物の金、絹や錦、刀、百枚の銅鏡が並べられる。これに臨んで、参席者は序列に従って着座する。
梯儁も禊ぎをして、控えの間で勅使の正装を纏う。張政も輔佐をする為に礼装に着替える。
「なんだか恐ろしいようだ。このおれがあの女王に対して上座を占めるとはなあ」
と梯儁は言ったが、天子の命令を伝えるという大役を果たす準備は十分に出来ていると、張政には見えた。
壇の周囲や会場の要所には矛を持った兵士が立ち並んでいる。青銅の矛は太陽を受けてきらきらと輝く。姫氏王は倭人の正装で、賓客の席の中を通り、壇の西側の階段を上る。難斗米と都市牛利が介添え役として付き従う。張政と梯儁は、壇の東から階段を登る。壇の上では、王服を纏った人形から見て、左前に梯儁、右前に姫氏王が座る。壇の下では、この日の為に遼東郡から貸し出されて遙々やって来た楽団が雅楽を奏でる。その調べは、倭人たちには全く耳慣れない神妙な旋律であるに違いない。
「咨爾卑弥呼」
詔書と印綬を手にし、策命を伝えるのは、張政の役割である。姫氏王は平身低頭して叡慮に接する態度を示す。こんな役割は張政にしても身分不相応なのだ。今更ながらに緊張が手足を強ばらせる。それでも滞らせてはならない。
「天子は、爾が所在の遙か遠きにも関わらず、遣使して参り来たるをお哀れみになり、爾を親魏倭王に封じると仰せになられた。その勅命により、今詔書と金印紫綬を授ける。よって爾の国人に知らしめ、その民庶を綏撫し、封土を平らけく治め、以て皇沢に応えよ」
姫氏王は身を起こして答える。
「予が身は微小なりといえども、それ勉めて国を治め、以て天威に敬しんで事えるでありましょう」
ようやく女王は印綬と詔書を受け取り、再拝する。難斗米は杯に神酒を注いで姫氏王に渡し、王は杯を捧げて神に進めるしぐさを三度する。張政がその杯を受けて梯儁に渡し、梯儁もそれを三度神に進め、自ら口を付ける。梯儁は別の杯に神酒を酌み、難斗米の手から伝えて姫氏王に取らせる。王は再拝して杯を受け、酒を啜る。互いに口を付けた杯を、再び張政と難斗米の手を介して交換し、三度繰り返して酒を飲み干す。事が済むと、梯儁と張政は先に下がり、姫氏王は王服を人形から外してその身に纏う。王服を着た女王は壇上で西に向いて座り、周囲の幕が取り払われる。新しい倭王の登場を、一同は感嘆の声と拍手で迎える。
張政と梯儁は、今度は西側の階段から登り、膝を突いて姫氏王に拝し、賓客の席に着く。一同に杯を回して神酒を分け与え、ひとまず乾杯が済むと、改めて酒と料理が運ばれて祝宴となる。招かれた人々が酒に酔い肉を食うのを、姫氏王はむしろ冷めた目で視界に捉えている。難斗米は、何を想ってか、何処を見るとも付かない顔をしてずっと座っている。
宴も酣を過ぎた頃、侍女の一人が上がって来て姫氏王に耳打ちをする。何かの知らせが届いたらしい。頭巾の中で眉間に皺を寄せているのが判る。
「老体を押して来ずともよいものを」
と女王は呟いた。
感想 0
あなたにおすすめの小説
【完結】上海新選組 原田左之助 山崎烝 明治冒険譚 ──Shanghai samurai dad&son──
小海倫明治。死んだはずの新選組十番隊長・原田左之助は、大陸の租界・上海にいた。
その傍らには、京都新選組時代の諜報に利用し、奇怪な家伝の秘薬の副作用で幼い子供の姿となってしまった元新選組監察・山崎烝。
二人は偽りの「実業家 松山誠親子」として暮らしながら、大陸の租界を彷徨い、謎を追う──
洋装で槍を振るいつつ【坂本龍馬殺害】の濡れ衣に追われる原田。
大人の意識を保ち、手には武器の毒針、推理に鋭い頭脳を働かながら、肉体が少しずつ幼くなっていく恐怖に怯える山崎。
租界都市・上海からサイゴン、漢口。
そして天津での「ラスボス対決」へ。
果たして彼等2人を追うラスボスとはいったい誰なのか?
過去の史実エピソードやアクション、ミステリー要素を含めた新選組の生き残りたちが辿る、歴史伝奇冒険譚!
永倉新八、土方歳三も登場。
完結済。
黄金の艦隊 マネー・パワーで歴史を変える男
俊也「平和を金で買えるなら、それに越したことはない。
戦争が避けられないなら、せめて日本が負けない力を金で買おう」
1930年代より世界経済の混乱に乗じて自らの海運会社を急成長、新興財閥を立ち上げた男の、重課金架空戦記!??
姉妹作
「零戦戦記」
「総統戦記」
も、よろしくお願いします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
日露戦争の真実
蔵屋 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この小説は第12回歴史・時代小説大賞のエントリー作品です。
どうか皆様のご支援をお願い申し上げます。
また、この作品を最後までお読み頂き、皆様のお役に立てれば幸いです。
蔵屋日唱