【完結】おっさん、初めて猫を飼う。~ナル物語~

水瀬 とろん

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第二章

第23話 マラカ1

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 ボクはここに来て、人間というものがだんだん分かってきた。人間はボクにご飯と水を与えてくれて、狭いけどこの檻の中で守ってくれているみたいだ。

 そんな人間たちを観察し、ボクは生き抜くために何をするべきか考える。母親は動く大きな黒い箱にぶつかって死んでしまった。その母親に近づいて行った兄弟や姉妹たちも別の大きな箱にかれてしまった。
 後で知ったけど、その黒い大きな箱は人間が乗る自動車という乗り物だった。

 ボクともう一匹の兄弟だけが残ったけど、その兄弟もいつの間にか動かなくなった。いくら呼び掛けても足で突っついてもピクリともしない。これが死と言うものだと感じ取った。
 そんなボクを見つけてこの部屋に連れて来てくれたのが、今ここにいる人間たちだ。子供の頃の事でどんな顔をした人間かは忘れたけど、ここに居る誰かだろう。

 ボクも成長した。ここでどういう事をすればご飯が沢山もらえるか、どうすれば死なずにいれるのかを学んできた。この前ここに連れて来られた犬と言う動物。ボクよりも年上だろうに、人を恐れるあまりキャンキャンと煩く吠えまくり、人間に対して敵意をむき出しにしていた。
 それ程ここの人間が恐いの? よく観察すれば恐ろしい者でない事が分かると思うんだけど。その犬はいつの間にかここからいなくなった。バカな奴だな。

 隣りの檻にいた歳を取った猫に聞いた事がある。この家には一時的にボクたちのような動物が集められて、外にある他の家にもらわれていくらしい。

「ワシは人間の世話になるよりも、自由に外の世界で暮らしたい」
「そんな事ができるの?」
「次の家が見つからない猫は外に出られるんじゃよ」

 この歳を取った猫のお仲間が、耳に印を入れられて外に出たらしい。時々窓の外でその猫を見かけるという。

「それなら、この前吠えていた犬も外に出られたんですか?」
「いや、あれは違うな。人に害を成す者はこの世界から排除される」

 その言葉に息を呑んだ。

「お前はまだ子供だ。どちらの道も選べるだろう。ワシはあんな我がままな人間に付き合って暮らすのはもう懲り懲りだ」

 この歳を取った猫も若い頃は外で生活していたらしい。その後、人に捕まえられて人の家で暮らすようになったという。しばらくは人間と付き合っていたそうだけど、その人間に捨てられてここに来たらしい。
 人に危害を加えず、好かれるようにすれば、次の家が見つかるだろうと言われた。

 自動車は、今もこの家の外を走り回っている。母や兄弟を殺したあの大きな箱が走り回る外の世界は怖い。まだこの狭い檻の中の方がましだけど、こんな狭い世界でいつまでも生きるのは窮屈だ。

 前に別の檻に入れられて沢山の人の前に出されたことがある。初めての事で檻の中で小さくなっていたけど、あれが次の家を探すと言う事らしい。
 それならボクはそこで愛想よくして人に好かれればいい訳だ。今も他の先輩猫たちの様子を見ながら、人に好かれるにはどうすればいいかを観察している。
  檻から手を出して引っ掻くような事をした猫は、人間に怒られていた。大きな声で鳴き声をあげ続けると嫌われてしまうようだ。

 何日も経ったある日。また檻に入れられて人の前に出る機会が訪れた。これまで学んできたように人が来れば「ミャ~」と鳴いて近寄り、抱き上げられて手足が痛くても我慢した。でもボクと目を合わせると顔を逸らして、この家にいつもいる人間たちと話して、その後また檻に入れられた。何度も同じことが繰り返される。
 今回はダメだったようだ。ボクはまだ若い、この後まだまだチャンスはあるさ。でも次もダメだった。
 何が悪いのか分からないけど、次の家はなかなか決まらない。

 そんなある日。ボクはまた人の前に出されて抱き上げられた。今度の人間は少し変わっていた。ボクを見る瞳はキラキラと輝いて見つめ続けている。こんなにも見つめてくる人間は初めてだ。一人で来た女の人間。大概、ここに来る人間は二人連れや子供を連れた人たちばかりだったけど、こんな人間もいるんだな。
 少し甲高い声で、キャッキャッと嬉しそうにここに居る人間としゃべっている。なんだか子供のようなこの人間をボクは忘れられなかった。

 その数日後、いつもの檻に入っているボクの元にその女の人がまたやって来た。扉を開けて、ボクを抱きかかえて頬ずりしてくる。何なんだと驚いたけど、この女の人に抱き上げられるのは、痛くもないし嫌じゃない。
 ここにいる人間と何か話して帰っていった。もしかするとボクを次の家に連れて行ってくれるのかな。
 幾日か経ったある日。その女の人がまた来て、ボクを小さな入れ物に入れてこの家から運び出してくれた。

 門を出た所で、前にボクの隣の檻にいて外に出られたお爺さんと出会った。小さな入れ物の窓から声を掛ける。

「お爺さん、ボクはこの人と次の家に行くよ」
「そうか、幸せになれるといいのう。元気で暮らすんじゃぞ」
「はい、お爺さんもお元気で」

 この女の人に付いて行った先に何があるか分からないけど、ボクは兄弟の分も精一杯生き抜くよ。
 頬に当たる風は涼しく、その日の空は何処までも高く真っ青な空だった。
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